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「煮物と炒め三つね、あとスープ一つちょうだい」
「はい! カルロ煮物3スープ1! ベルタは間に合いそう?」
ここ最近、毎日のように買いに来る近所のオバチャンから注文が入り、中華鍋を振りながら後ろで作業をしている二人に声を掛ける。
「はい3人前!」
「あと5分くらいです!」
甘露煮とスープの大鍋の前に立っているのはカルロだ。
隣で鍋の前に立つベルタは、減ってきた甘露煮の補充のため芋を煮込んでいる。
「お待たせしました、甘露煮と炒め、こっちはスープです。いつもありがとうございます!」
「最近はこれ食べないと元気でないのよねぇ。いつも助かるわぁ」
そう言ってオバチャンは出店から離れていくが、その後ろに並んでいた他のお客さんからも同じように注文が入る。
鍋の汚れを軽くふき取り、油を注ぎ煙が出るほど熱した中華鍋に千切りにした芋を投入し、さっと炒めて器に盛る。
中華鍋の導入により、調理効率が一気に上がった。千切りにした芋くらいなら、10秒もあれば火が入るのだ。
問題は使い慣れてない者には扱えない点だが、自分が振る分には問題ない。
「お、今日も繁盛してるな」
次のお客さんは室長だった。最近この人、忙しくても食べにくるんだよな。宣伝に協力してくれるのと仕入れを手伝ってくれているので無下には出来ないが、修羅場だろうと時間になると突然消えるから困るとラウラが話してたっけ。
「室長はいつもので大丈夫ですか?」
「あぁ」
室長の注文は、甘露煮5、炒め5とスープ2。5人前も食べるのかと驚いたが、同じ部屋で作業している部下の分も買いに来ているのだ。その中には、ラウラも含まれる。
「もう店出して一月か。そろそろ慣れてきたか?」
「そうですね、ただいっつも途中で材料切れちゃうんですが」
「うぅむ、そのあたりは手が足りないからどうしようもないか。私としても手伝えるなら手伝いたいが――」
「室長はちゃんと仕事してください」
「……お前、ラウラに似てきたな」
「まぁ一緒に暮らしてますから。はいお待たせしました、炒め5人前とスープです」
「おぉ、助かる。では、また夜にでも」
「はい、いつもありがとうございます」
雑談しながらも手は動かし続け、完成した炒め物をタッパーに詰め室長に渡す。
大都市ラライア・ボーテで屋台を始めて、一月が経った。今では常連客も増え、昼に開店しても夕方前には品切れになってしまうほどだ。
提供しているメニューは三つ。『炒め』という呼び名が定着した芋の中華炒め、炒土豆絲。
砕いた芋といくつかの香味野菜、卵を溶いた中華スープ。
それに、一番人気の甘露煮だ。
目抜き通りとも呼ばれる街の大通りに出店出来たのは、ラウラのコネであった。ラウラの父親は目抜き通りにある屋台の元締めをしているヤクザの親分のような人だったが、全然帰ってこない娘が夫を連れてきた時には泣くほど喜んでいた。
ラウラとはしばらく事実婚のままだったが、ラライア・ボーテ住民としての届けと婚姻届けを役所に提出することで書類上も夫婦となったので、今では二人で街の中に家を借りて生活している。
とはいえ屋台を出すのは毎日でなく、他にも沢山やらなければならないことがあるので、三日に一度だけだ。
時折森に帰って街の中では出来ない料理や実験、散策をし、他に作れる料理の試作であったり、外部から仕入れ出来そうな食材探しであったりをこなしているうちに、あっという間に一月が経ってしまった。
なお、カルロとベルタの二人は薬学会の寮で寝泊まりしている。近頃は薬師の引き抜きが多く寮室も余っていたので、快く貸してもらえたのだ。
近いうちに庭のある一軒家に引っ越したいと思っているが、大都市でそのような物件はあまり多くはない。人口の多い都市では、どうしても集合住宅になりがちだ。
たまに金持ちが住むような豪邸が建っているが、とても借りれそうにない家賃であったので諦めてる。
おかげさまでそれなりに繁盛しているとはいえ、屋台の収入はさほど多くない。合間に行うハンター業の方が稼げているのは、値段設定を低くしているからだ。
他人の作った料理を食べるという習慣がない人に手に取ってもらうには、高くするわけにはいかないのだ。
まだ料理は嗜好品という扱いだが、常連客の中には自分で料理を作ってみたという人も出てきたので、良い傾向だと思う。
当然営業前に仕込みをしているが、出店のスペースがあまり広いわけではないし、仕込みに掛けられる時間もあまり長くはないので、常に新しく作り続けていないとあっという間になくなってしまう。
その場で作る炒土豆絲はともかく、煮物やスープはそう簡単に増やせないのだ。
その日も材料がなくなったことで閉店し、片付けを行うとカルロとベルタを連れ、借りている家に帰ってきた。
夕食を終えると二人は寮に戻り、日を跨ぐ前後くらいに仕事を終えたラウラが帰宅する。朝から夜中まで働いていて大変そうだが、人手が足りないのでどうしても長時間労働になってしまうようだ。
料理のこと以外は何も知らないので、自分に出来るのはラウラが帰ってきた時に温かい食事を作ってあげることくらいだ。
それだけで十分だと言ってもらえるが、もう少し何かをしてあげたい気持ちがある。
ただでさえ人手不足の薬学室に調味料作りまで委託してしまっているから、代金くらいは多く払いたいということもありハンター業もやめられない。
正直、自分が三人くらいに分身しなければ手も時間も何もかもが足りない状況だ。
けれど、充実した毎日である。やはり、他人に料理を作るのは楽しいのだ。
いつかこの世界でも、ちゃんとした店を持ちたい。けれどそのためにはまず、料理というものをこの街に定着させる必要がある。まだまだ先は長そうだ。
だけど、もう一人じゃない。食べてくれる人も、一緒に居てくれる人も居る。
彼らのためにも、料理を続けよう。世界中に料理が広まる、その時まで――
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男の名は、ニルス・マイエル。
薬師ラウラ・マイエルの婿養子であり、この時代で最初に現れた料理人である。
彼の名を刻む書物は、数百年経っても世界中で読むことが出来る。
だが、それは歴史書などではなく、一冊の料理本であった。
『芋と共に暮らしていくには』
そんなタイトルが付けられた本は、百種の芋料理について事細かに記載された、世界で最初の料理本。
料理をする者が必ず一度は目にすることになる教本だ。
子に恵まれなかった夫妻だが、夫妻には養子が数名居た。
その中にはトワレ王国最初の宮廷料理人にして料理界の至宝、カルロ・マイエル、世界で初めて魔獣の家畜化に成功し、生涯酪農業界に貢献し続けたベルタ・マイエル。
新しい料理があれば、そこがたとえ世界の果てであろうと食べに行くと噂の美食家組合総帥、エルテ・マイエルなど、業界に名のある者が居たとされている。
それまでの時代、生で食べるか茹でるかしかされなかった芋という食材を、ニルス・マイエルが何故そこまでの熱意をもって研究したのか、後世には知られていない。
けれど、そこには確かに、一人の料理人が居たのだ。




