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「お、お兄ちゃん、ここ領主様が住んでるらしいけど、大丈夫なのかな?」
「だ、大丈夫だろ。俺達の顔知ってるはずないし」
「そ、そうだよね!」
ラウラとの同居生活から、丸一月が経過した。
書き置き一枚で突然町を離れたから心配されているといけないとのことで一旦町に戻ることにしたが、それならついでに色々済ませてしまおうと予定を詰め込んだ結果、森から最寄りの町でなく、ラライア領領主の居城がある大都市、ラライア・ボーテに訪れた。
エルテ超特急で6時間ほどかかったので、徒歩なら一月以上、馬に乗っても数日はかかるほどの距離であろう。
カルロとベルタの二人は生まれ育った村から逃げてきたことになるので、時折心配そうな顔をして領主の居城の方を見ているが、恐らくそこまで気にしないで良いはずだ。
魔憑きというだけで犯罪者というわけではないのだし、それを言えば俺なんて戸籍があったら死人である。
買い物をしていたいという二人と分かれ、ラウラと共に向かったのは、ラウラの職場であるドゥイチ薬学会の第三製薬室。
ただし、室と名が付くが部屋でなく巨大な建物である。これまで見た一番大きな建物はハンターギルドのそれだったが、ここはそれより遥かに大きく、そして広い。
建物に近づくと、ラウラがはて、と顔をして呟く。
「人、少ないですね、どうしたんでしょう」
「……いやなんで分かるんですか」
結婚――とはいえ届け出を出していないので事実婚だが――をしたとはいえ、まだ敬語が抜けていない。
ラウラは相手が大人だろうが子供だろうが関係なく敬語を使うので、それに釣られているというのが大きい。
「あれ、そういえばそうですね。なんか見えた気がしたんですけど……」
「魔力の影響、ですかね?」
「あー……、そういえば最近異常に調子良いのも、それですかねぇ」
魔憑き――魔力憑きと呼ばれる者の中でも血の薄いラウラは、魔憑きとしての身体能力強化などの恩恵をほとんど受けていないにも関わらず、魔力制御が出来ずいつ暴走し死に至るか分からないという時限爆弾を抱えていた。
魔力制御能力を後天的に身に着けるための唯一の手段が、自分より血の濃い魔憑きと結ばれることだ。そうすれば魔力暴走の心配はなくなり、寿命も人並みに伸びるとされている。
ラウラはここ数年ずっと微熱があるような状態だったらしく、あの日から随分と調子がいいようだ。そしてその調子のよさは、これまで扱えなかった魔力の操作能力が上がった、ということにも繋がる。
門扉をくぐり製薬室の敷地に足を踏み入れたところで、建物から慌てて出てきた男性がこちらに駆け寄ってきた。
「ラウラ! どうしてたんだ!?」
「あ、室長。お疲れ様です」
「おぉ、お疲れ様……じゃなくて! いきなり居なくなったって聞いたぞ!? 無事だったんだな!?」
「無事ですが……あ、この方、ニルスさんです、だ、旦那さんです」
僅かに照れくさそうにこちらを紹介してくれたので、頭を下げる。
「旦那……そうか旦那か。…………旦那アアァッ!?」
「良いリアクションしますね」
「いや待てお前旦那って魔力の問題は――ってあぁ魔力憑きなのか!? よく見つけたなぁ偉いぞラウラ! いやそうじゃなくて!!」
一人で楽しそうな男性は、見たところ40前後だろうか。外見の割に老けて見えるのは、髪がほとんど白髪になっているからだと思われる。
「なんか人が少ない気がしますが、どうしたんですか?」
「あぁ……それか。引き抜きだよ、いつもの」
「いつもの、ですかぁ……」
二人は揃ってハァと大きな溜息を吐いた。
「ラウラも引き抜かれたんじゃないかと思ってたが、違うみたいだな」
「あ、はい、そうです。手紙残してたので伝わってたと思いましたが……」
「『ちょっと森に行ってきます』だけで伝わると思うのかお前は!?」
「あー……急いでたもので……」
呆れ顔の男性は、ラウラとは長い付き合いなのか彼女の性質もそれなりに理解しているようだ。
いつ死ぬか分からなかった彼女は、その場その場でやらなければいけないことでなく、自身がやりたいことを優先して選択するのだ。
一月ほど一緒に暮らしてみて分かったが、突然死の可能性がなくなったとはいえ、性分は変わらないようだ。
知らない間にエルテに乗って出かけ、泥だらけになって帰ってくるのがもはや日常になっていた。
安全を確保出来る状態で危険な森を探索出来るというのは、研究者肌である彼女にとってよほど良い環境だったのだろう。
「あ、でもちゃんと色々収穫もありましたよ、たとえばほらこれ、エトロア森で取れた野生のウロプです。明らかに栽培したのと違って根っこが捻じれてますよね? たぶん魔獣の血から魔力を吸った植物が突然変異を起こして――」
ラウラは、鞄から取り出した細い大根のようなものを男性に見せる。
この流れだとてっきり呆れられるのかと思ったが、男性の反応は違った。まじまじと見て、「ほぅ……」なんて呟いてる。
どうやらここに居るのは皆似たり寄ったりな変わり者のようだ。
「他にも――」
やけに大荷物だなと思っていたが、そう言って鞄から無数に植物や鉱物、魔獣の素材が取り出されていくうちに二人の話が盛り上がってきたので、時間潰しで敷地内を散歩させて貰うことにした。どのような植物が栽培されているのか気になったからだ。
通常部外者は敷地内に入れず、当然栽培しているところなど見せられないらしいが、そこは旦那ということで許された。
現状は事実婚でしかないが、そのあたりは大丈夫なのだろうか。というか、両親の住む実家があるのに最初に行くのが職場って、よほど仕事人間なのだろう。
彼女の場合は仕事が趣味を兼ねているところもありそうだが、この世界に存在しない料理を趣味にしている自分がとやかく言える部分ではなかった。
「これ……ノビルか?」
温室に向かう道すがら花壇を眺めていると、そこに生えていたのは、ただの花ではなかった。
鼻を近づけると、ほのかにニラのような香りがする。ネギの仲間で、花にムカゴという球根のようなものを付ける性質がある植物だ。
山芋のムカゴとは違いノビルのムカゴは食用には適さないが、葉や地下茎を食用にされる。似たような毒草があるので素人が採取するのは少々危険と言われていたのを覚えている。
「確か漢方にも使われたんだっけ……」
戦争の影響で薬嫌いだった京三の父親が飲んでいた漢方に、ノビルを原料とするものがあったはずだ。
当然効能など覚えていないが、生薬に使われる食用植物というのは、実はそれなりに多いのである。
「玉ねぎでもあれば良かったが、流石にそれは難しいか」
記憶が定かではないが、玉ねぎは相当古くから栽培されていたはずだ。
品種改良の概念がない紀元前から栽培され、様々な用途で使われてきた食材、玉ねぎ。偶然原種が紛れ込んでいる可能性もあったが、少なくとも花壇にそれらしき葉は見当たらない。
「これはニラ……じゃなくてスイセンか。なんつーか紛らわしいな」
ニラと間違えて誤食される可能性が高いと言われている、スイセンの花が咲いていた。交雑しないよう独立した花壇に植えられているが――
「って、あぁ。そいや食わないんだっけ」
食べる前提で考えているのは、考えてみるとニルスだけである。
成分を利用して薬を作るだけならば、毒であろうと誤食の心配はない。そんなことに今更気付き、小さく笑った。
「ニルスさん、リコンなんて食べるんですか?」
スイセンを眺めていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、荷を押し付けて身軽になったラウラが居た。室長と呼ばれていた男性の姿はない。
「いや、これは毒だなって見てただけです」
「へぇー……毒草にも詳しいんですね。ちなみに、リコンは嘔吐剤に使われます。これも食べるって言われたらどうしようかなと思って慌てて声を掛けた次第です」
二人して笑いあった。お互いの見識が違っても、考えることは似たようなものだった。
「温室も見てみたいんですけど、大丈夫ですか?」
「はい、そう言われると思って鍵貰って来ました」
流石に一緒に暮らしていたから考えてることはお見通しのようで、鍵束を掲げられた。
その後は花壇の説明を受けながら温室に移動し、そこでどのような植物を栽培しているか教えて貰った。
温室は食用に使えそうな植物より花の類の方が多かったが、いくつか食用に適したものもあった。中にはグアバやパパイヤなどの果物まで育てられており、季節でないので味見は出来ないとのことで少々残念ではあったが、栽培ノウハウが農耕にも生かせると確信した。
万能食材、芋の影響で食用の農耕技術が消失してしまった世界においても、このように別の方向性から生き残った技術は存在したのだ。それは、料理を広めたいニルスにとっても大変嬉しい事実である。




