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 まず何も知らない顔をして受付嬢に本が欲しいことを伝えると、魔獣図鑑と呼ばれる分厚い革張りの本を持ってこられた。

 どうやら買うこともギルド外に持ち出すことも出来ず、必要に応じて複写を渡すことになっているようだ。

 知らない獲物を狩る時にハンターが利用する程度らしく、国会図書館みたいな仕組みだな、と考える。

 この世界にはまだ活版印刷のような製本技術が生まれておらず、中身を見せてもらうと絵も文字も全て手書きであった。

 ならば複写も手書きなのかと問うと、ハンターギルド職員や小金欲しさにハンターが複写したものが用意されているらしい。人力コピーというわけだ。

 魔獣図鑑とあるが、中に乗っているのは魔獣だけでない。ハンターが狩る鳥獣についても、一匹一匹絵付きで説明されていた。

 恐らく、カルロが欲しがったのはこの本であろう。


 離れたところで待っているカルロに伝えると、カルロは少しだけ残念そうな顔をして俯いた。

 うぅむ、一応俺は保護者であるから、こんな表情をされると何かしてやりたくなるな。

 しばらく図鑑を見ながらカルロらと雑談していると、受付嬢から話が伝わったのか、慌てた様子のギルドマスター、ハイドラがギルドに入ってくる。

 鍛錬をしていたらしく、急所を隠す皮鎧や剣を装備した その姿は、彼がまだ現役であることを教えてくれる。


「お、お前、ハンターになってもずっとドノバのところに持ちこんでるらしいな」


 どうやら、ドノバが予想していた通りの話になりそうだ。


「何か問題あったのか?」

「あー、いや、そうだな、普通はある。ここに持ち込むことでハンターランクが上がって、買取価格は上がるし、依頼を受けやすくもなるからな。ただお前の場合はハンターになる前から狩人として自立してたから……」

「別に興味ないな」

「……だよな。だが、まぁ買取所とハンターギルドは提携してて、お前の買取所に持ち込んだ素材がこっちに納品されることもある。で、たまにお前が持ち込んだ素材をギルド経由で買い取ってくお得意様に、これを持ち込んだ奴と話がしたいって前から言われててな、面倒だと思うが、時間取れるか?」

「いや、本当に面倒だから嫌だ」


 正直にそう答えた。円滑なコミュニケーションのため受けた方が良いというのは分かるが、興味ない話を長々とするつもりはないのだ。

 それなら鍛冶屋に行って調理器具を発注をしたり仕上がりを確認する方を優先したい。

 エルテに乗ればすぐに森まで戻れるとはいえ、片道2時間程度はかかるのだ。あまり遅い時間まで町に居座るつもりはなかった。魔憑きだと宿は使えないし。


「あー……うん、まぁ、そうだよな、そう言うと思ってた。じゃあ、えーと……」


 俺の気を引くための物が何かあるのか頭を抱えて考え出したハイドラに、先程の受付嬢が耳打ちをした。


「ん? 魔獣図鑑が欲しいのか?」

「あぁ、うちで預かってる子が欲しがってな。俺は感覚で覚えてたけど説明出来ないし」

「ふぅん……?」


 良いことを聞いた、と言いたげなハイドラの目が、カルロをじっと見つめる。

 その目が手首に移ったのを見逃さなかった。だが、残念ながら魔憑きはカルロでなくベルタの方だ。彼女は手首が隠れていても違和感がない服を着ていたので、ハイドラは気付かなかった。


「欲しい、です」


 自分に意識を向けられたことに気付いたカルロは、ハイドラの目を見てはっきりとそう言った。

 かなり顔が怖く巨漢のハイドラに向かってよく言えたのだと褒めてやりたいところだが、交渉において弱みを見せるのはあまり好ましいことではない。


「これは原本じゃなくて、複写したものの中で出来の良いものを纏める形で作ってる。それに同じものがギルドには三冊ある。普段は絶対に売らないが――」

「さっきの話を受けるから、その本を売ってくれ。売らないなら断る」

「…………そう来たか」


 ハイドラは口元に手を当て、俯いた。

 売り物でないなら値付けなど出来ないが、お得意様の要望に応えるのと複写を売る権利が釣り合うか考えているのだろう。


「分かった。ただ、当然タダでは渡せない。そうだな、普通のハンターなら複写代が納品依頼の報酬に含まれてるから直接回収はしてないが、お前の場合は納品依頼を受けないし買取で持ち込みもしないからな。正規料金を全ページ分払うならこれを渡そう」

「……いくらだ?」

「ざっと800万。どうだ? 払えるか?」

「…………今は無理だな」

「そうか。別に購入権利を持ったまま購入を保留しても構わんぞ」


 得意げにそう言われたので、考える。別に本の形で貰わなくとも、全ページ分複写を購入するという手段もあるのだ。

 だが、本の装丁を整える技術もなければ方法も知らないし、魔憑きであることが災いして人に頼むのも難しいだろう。

 小屋に紙束のまま置いておくと隙間風で大変なことになりそうだし、出来ることなら本の形で入手しておきたい。

 だが、貯金は100万ちょっとしかない。

 納品ペースを上げれば達成出来なくもない額だが、ほとんどの収入を調理器具のオーダーメイドに使ってしまっているので、あまりまとまった金額が貯まりづらいのだ。まだ作って貰いたいものが無数にあるしな。


「とりあえず、そのお得意様と会って話はする。いつだ?」

「今朝も素材を買いに来たからな、町の中には居るはずだ。探させるからちょっと待ってろ」


 ハイドラはそう言うと、受付嬢に声を掛けて人を集めるように指示をした。

 棒立ちして待つのも何なので、ギルドの二階にあった待合所に移動する。


 こう時間が空いた時は軽食でもつまめれば、と考えてしまうのだが、残念ながらこの世界に軽食という概念はない。カフェもなければ飲食店だって存在しないのだ。

 町中には芋売りは居るが、特別な芋を売っているわけではなく、庭を持たない者が日々の芋を購入するだけである。

 芋自体相当に日持ちのする食材だが、年中いつでも同じように育つ芋を大量に買い込むという感覚はないらしい。

 不作にもならず連作障害も起こさない芋は、食の概念そのものを崩壊させてしまっているのだ。


「ニルス兄ちゃん、本当に良いのか? 800万だろ?」

「だって大金あっても、森の中じゃ何も買えないだろ。まぁ簡単には貯まらないから買えるまでしばらくかかるが……それよか、本があればエルテにも伝えやすくなるだろうしな」

「ん? エルテ? お前ら、まだ他に居るのか? ソイツも狩人なら紹介してくれ」


 ちょうど装備を脱いで待合所に入ってきたハイドラは話を聞いていたのか、そう言ってきた。


「あー、狩人ではあるが、紹介は無理だ。町に入れねえし」

「……罪人か。それならまぁ、仕方ないな」


 勝手に勘違いしてくれたので、会わせる必要もなさそうだ。

 いや、ハイドラのことだからずっと合わせないで居たら森まで突っ込んでくるかもしれん。

 森の地図があっても小屋の場所は分からないはずだが、後をつけられる可能性は、いや、無理か。エルテの速度に着いては来れまい。

 けどまぁ、町の外までついてくるだけでエルテの姿は見られるのだ。


 待ち時間が無駄だと感じたので鍛冶屋に行ってようかとも思ったが、ハイドラにしばらくここで待っててくれと懇願されたので待つことにする。

 結局お得意様がやってきたのは、30分ほど経ってからであった。


「あなたがニルスさんですね、私、ドゥイチ薬学会のラウラと申します」


 現れたのは、片眼鏡を掛けた30歳前後の女性であった。

 美人だが身だしなみに気を遣うタイプではないのか、髪は雑に後ろで乱雑にまとめられ、汚れた白衣を羽織っている。


「ニルスです。薬学会?」

「はい。ここラライア領を含めた国内全域に薬品店を展開しております。このようなマークのある店をご利用になったことはありませんか?」


 彼女はそう言うと、首から下げていたペンダントをこちらに向ける。

 鷲のような絵柄が彫られたそれを見ても、特に思い当たる節はない。雰囲気からすると、チェーン展開しているドラッグストアのようなものだろうか。

 幸いこれまで重い病気にかかったことのないニルスは、薬とは無縁の生活をしてきた。


「俺は魔憑きなので、用があっても売って貰えなかったんじゃないですかね」


 そう伝え手首を見せる。ラウラは目を見開き、片眼鏡を押さえてまじまじと手首を見てくる。


「……天の紋様ですね。魔憑きと呼ばれる方の中でも、身体能力がまんべんなく高くなる傾向にあると聞きます」

「え、そんなのあるんですか」

「はい。脳機能が向上する地の紋様、筋力が向上する石の紋様が有名ですね。魔憑き、別名魔力憑きと呼ばれる方は、総じて常人を超える力を得るとされています」

「……へぇ?」


 そんな話、ヨーアンから教えられていなかった。

 もしかしたら常識なのかもしれないと思ったが、ラウラの隣に座るハイドラも「はぁー」と声を漏らしたので、そうではなさそうだ。

 当然、もう一人の当事者であるベルタも同じような表情であった。


「ちなみに、二重螺旋の紋様はどんな効果があるんですか?」

「二重螺旋――恐らく、石の紋様ですね」

「石、ってことは筋力向上ですか」


 ベルタに目線を向けないよう頷いた。

 確かに10歳そこらで100kg以上のものを持ち上げられるようになったのは凄いなと思っていたが、筋力に特化している魔憑きなら当然なのかもしれない。

 自分だって重いものを持てるようになったのは身体が大きくなってからだし、ベルタくらいの年の頃は大して力も強くなかったはずだ。


「で、要件は?」

「あぁ、そうでした。珍しくて、すみません。ニルスさんの納品物、いつも購入させて頂いております。ただ、解体の仕方が気になったのです」

「解体?」

「はい。たとえば、トリデムシを納品されるハンターさんは、大抵節ごとに切り落としたものをそのまま納品されます。ですが、ニルスさんが納品する甲羅は、中身を抜いて脚も切り離していますよね。それに、32の節を持つトリデムシですが、ニルスさんは一度に甲羅を数枚しか納品していないにも関わらず脚は64本ほぼ揃っていると聞きます。つまりは討伐はしているのに納品していない部位がいくつもあるということですね。どうしてでしょう?」

「え? あー……」

「あぁ、私は別に、全部納品しろと言っているわけではありませんよ。ただ、単純な興味本位で聞いているだけです。他のハンターさんが手間や解体ナイフの損傷を考え細かい解体をされないのにも関わらず、ニルスさんだけはずっと丁寧な解体をされていたもので」


 まさか、そんなことを考える人間が居るとは思っていなかったので、言葉に詰まる。

 当然消えた部位の行方を知っているカルロとベルタは、顔を見合わせると小さな声で囁きあっている。


「……実は、食べてるんですよね」

「……………………はい?」


 ゆっくりと時間を掛け、ラウラは首を傾げる。

 ちなみにトリデムシは珍味に近い味がするので人が食べているわけではない。余った内臓を使って醤作りに励んでいるところではあるが、内臓も甲羅も、食べてるのはほとんどエルテだ。

 それに、内臓を抜いてから納品するのにも理由がある。毎日町に来ているわけでもないため、解体して適切な処理をしないと腐って臭うのだ。

 他の素材に臭いが移っても困るということもあり、処理しているだけである。

 32節全て解体するのは流石に面倒だが、好物というエルテが毎日狩ってくるので数枚を納品用に解体し、残りを節で切って丸焼きにしてエルテが食べている、というのが実態であった。


「えぇと……変わった趣味をお持ちのようで……?」

「何だ、そんなもの食べてるって、お前実は魔獣か何かなのか……?」


 気を遣ってくれたラウラと、気を遣わず直球で投げてくるハイドラの対極な反応に思わず笑ってしまった。


「一応聞いておくんですが、芋以外を食べたことってあります?」

「……そうですね、ありますよ」


 ラウラの反応に驚いたのは俺だけでない。ハイドラもだ。


「魔獣は薬の材料になりますので、薬師をやっていると他の方よりは口に含んだ回数が多いと思います」

「えーと、薬にする前に食べたことは?」

「……一応、そうですね。例えばトリデムシの甲羅を砕いて粉末状にしたものをそのまま吸うのを食事に数えて良いのなら、ありますが」


 それは流石にどうなんだろう。食事……ではないよな。感覚としては漢方みたいなものかな?

 漢方で飲んだことのある食材を食事と言い切る自信は、正直ない。


「ニルスさんが言っているのは、そういう意味ではないんですね」

「えぇ、そうです。薬としてでなく、食事として――普段魔獣とかを食べてます」

「……体質的に芋が食べられないのでしょうか? 昔はそのような方も多かったと聞きますが」

「へぇ……?」


 そんな話をされた記憶はない。アレルギーのようなものだろうか?

 神の作った万能食材に適応出来ない人類は、きっと皆死んだのだろう。昔と言われたのも当然か。この時代において、芋を食べられない人間が生きていける道理はない。


「別に、食べられないわけじゃないですよ。ただ純粋に……そうですね、興味本位、です」

「……なるほど」


 どこか納得した様子のラウラと、この会話の意味が全く理解出来ていないハイドラ。

 この世界において、ハイドラの反応が普通のはずだ。

 だが、ラウラの反応を見るに、彼女のような仕事の者ならばさほど抵抗なく芋以外を食べることもあるかもしれない、と気付く。


「興味があるのなら、作りますよ。あぁ、用意がないので森に来てもらうことになりますが」


 そう伝えると、ラウラは一瞬天井を見上げ、その後森のある方角に目線が行く。


「森って、もしかしてエトロア森ですか!?」

「えぇ、まぁ、はい。そう呼ばれてるらしいですね」


 いきなり身を乗り出して来たラウラに少し気圧されつつも、「あちゃー」と言わんばかりのハイドラの様子が気になる。


「行きます」

「……どうしてですか? ぶっちゃけ食べたいわけじゃないでしょ」

「エトロア森は、ここトワレ王国に唯一残された()()()()()()()()()――納品物の傾向から森の近くに住んでいることは察していましたが、やはり森の中に住んでらっしゃるのですね」

「あ、はい。人里からは追い出されまして」

「……魔憑きの迫害ですか。まだ一部の地域ではそのような風習があるとも聞きます。一応、国を挙げて魔憑きの保護を行っていますが、周知されていないのですよね」


 保護――初耳だ。

 ベルタとカルロの方を見ても、首を横に振られた。

 自分は意識があるうちに村の中に入ったことはないのでどのくらい文明が発達しているのかは知らないが、森のすぐ傍にある村が周辺の町や村と積極的なコミュニケーションを取っているとも考えづらい。

 恐らく、昔からの風習が残ってしまっている地域なのであろう。


「保護って初めて知ったんですが、いきなり押しかけても保護して貰えるものなんですか?」

「……どうでしょう。市民権の兼ね合いもあるので、詳しくは分かりません。ただ、常人離れした能力を持つ魔憑きを迫害し続ける方がおかしいと主張している宗教団体が政権を取ってからは、国の方向性が随分変わったということは聞いています。私が子供の頃は、大都市でも魔憑きというだけで迫害されていた方を見ていますから」

「…………」


 それは、正直感じている。

 魔憑きが店の敷居を跨ぐだけで激怒する店主とか、ギルドと提携しているから来店を断れないが内心嫌だと感じている顔を散々見てきたので、それが一般的なものだと思っていた。

 だがどうやら、他所はもうすこしだけマシなようだ。

 場合によっては拠点を移すことも考えたいなと思いつつ、市民権というものが存在することを知ってしまい陰鬱な気持ちになる。

 戸籍のようなものが仮にあの村に存在したとして、自分は間違いなく死人扱いだからだ。公的な身分を証明する手段がないのである。


「うん、まぁそれは追々考えるか」


 ただ、今すぐなんとかしなければいけないわけではない。

 数は少ないが魔憑きに偏見を持たない人間が居るのは知っているし、世界全体から迫害されているとは感じていないのだ。

 魔憑きへの迫害を情報としてしか知らなかったカルロやベルタも、この町で俺がどう扱われているか見て察したようで、特にベルタは絶対に町中で手首を見られないように様々な工夫をしているようだ。


「どうします? 今日中には帰るつもりだったので、そちらの準備が良ければいつでも構いませんが」

「……え、えっとですね、エトロア森のどのあたりに住居があるのでしょう? それによって準備が随分と変わるのですが」

「どこ……あー、中腹あたり? そんな時間かからないので着の身着のままでも大丈夫ですよ」

「え、エトロア森ですよ!?」

「……口で説明しても納得して貰えないと思うので、来てみれば分かります」


 説明を放棄して提案すると、ラウラは口元に手を当て小さく何かを呟く。

 ハイドラが口には出さず睨むようにこちらを見ていた。大方、「狩人の基準で言うな」とでも言いたいのだろう。ただお得意様と言っていたから、行動に止めることが出来ないのか。


「……分かりました。採取キットだけ持っていきたいので、2時間ほど待ってもらえますか?」

「はい。それなら買い物とかして時間潰してます。集合は北側の門のあたりで」

「宜しくお願いします」

「こちらこそ」


 握手を求められたので、握り返す。

 自然に手を出されたから握ったが、少しだけ引っかかった。京三の記憶では日本人は事あるごとに握手していたが、この世界にもそのような風習があったとは知らなかったからだ。

 その後、「絶対に無事に帰せよ」と耳打ちしてきたハイドラを適当に流し、ギルドを出ようとしたところで、「あぁそういえば」とハイドラは思い出したかのように口を開く。


「君達二人もハンターに――」

「勝手に勧誘すんな」


 二人が何か言いそうになったのを遮り、手を引いてギルドを出た。

 カルロは賢いし、ベルタは魔憑きで力もある。

 この年でこうなのだから、もっと成長すれば自分より遥かに賢く、強くなるだろう。けれど、それは今じゃない。折角の協力者をみすみす手放すつもりはないのだ。


 だが、料理を広めるという目標を達成した後ならば、自由に好きなことをして貰おう。それまでは手伝ってもらうと決めたのだ。


 鍛冶屋へ行き最高級のハサミを購入し、追加で二人の欲しがった解体用道具を買い揃えて、魔憑きへの偏見が少ない店で買い物をしていると、カルロが「そろそろ時間じゃないかな」と空を見上げて言う。

 時計を持っていないので時間を決めて集まることが出来ないことにようやく気付いたが、鍛冶屋のオヤジ曰く個人携帯出来る時計は超高級品らしく、ここくらいの地方に流れてくるものではないらしい。なので、もっぱら腹時計や太陽に頼ることになる。

 外に出ていると、もう慣れたのであろう若い守衛の男がエルテを撫で回していた。ほとんどの守衛はまだエルテに近づくことすら出来ないが、彼だけは違うようだ。

 エルテもまんざらでもなさそうな顔でお座りの姿勢になっているので、ついでに俺も撫でておいた。


「……ノーブルウルフの王、ですか。流石に驚きました」


 しばらく待っていると、大荷物を背負ったラウラが町の外に出てきて言った。

 そういえば種族名はノーブルウルフなんだっけと考えていたが、王というのは初耳だ。

 だがまぁ、納得も出来る。通常個体がここまで大きくなるのはどう考えてもおかしいし、感覚の共有だって常識では考えられない能力だ。魔獣と呼ばれているだけはある。


 エルテの胴体に通した、荷物を落とさないよう縛っている紐に必死の形相で捕まるラウラに、慣れた様子で跨る兄妹。

 俺も含め、エルテは車のような速度を出し更に立体的に走るものだから慣れるまでは全力でしがみついていたが、いつの間にか慣れて今では何にも捕まらず跨るだけで落ちないようバランスが取れるようになっていた。

 魔憑きでないカルロもそうだから、実はそこまで乗り心地が悪いわけではないのかもしれない。


 いつも通りの時間で小屋まで戻れたが、その頃にはラウラは物言わぬ死人のようになっていた。乗り物酔いのようなものだろう。

 ベルタはそうでもないが、カルロも最初はそうだった。

 とりあえず動けなそうなのでベッドに寝かせ、外出中に狼らが狩っていた魔獣の解体を始める。俺達が居ようが居なかろうが、狼らはエルテに指示された狩りをやめないのだ。

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