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 ニルスは、週に一度は買い物をするために町に行くようにしていた。

 一人で狩りをしていた頃に比べ、エルテや子狼らが狩ってきてる状況だとすぐに素材が貯まって保管出来ないというのもあるが、エルテの背に乗ればあっという間に往復出来るというのが大きい。


 その日は、珍しく行きたがったのでカルロとベルタの二人も連れて町に出た。

 二人は家出してきたことにはなっているが、領主が住んでいる町ではないので問題ないと判断し、エルテの背に乗せて連れてきたのである。

 二人はエルテでなく仲の良い子狼に乗って来たかったようだが、子狼はエルテほど体力がないから人を乗せて数時間かけて往復するのは無理とエルテに説得され、決死の顔でエルテの背にしがみついていた。


「二人は買いたい物でもあるのか?」

「……前までなら武器が欲しいって言ってたけど、今はおれが剣とか持っても意味なさそうだし、本かな」

「本?」


 カルロくらいの年の子は勉強を嫌がるという認識だったので、その答えには少々驚かされた。

 それに、ニルスは未だにこの世界の文字が読めないのだ。本など渡されても無意味である。


「ハンターギルドに、魔獣について書かれてる本があるって聞いたことあるんだよ。ニルス兄ちゃんもハンターだけど、読んだことある?」

「んー、いや、見たことないかなぁ」


 「読んだ」ではなく「見た」で答えたことを、恐らくカルロは気付いているだろう。小屋にはこの世界の文字が書かれたものは一切なかったので、ニルスに識字力がないと気付くのも無理はない。

 時折メモとして日本語が書かれているのだが、二人はそれを言語と認識していないのかもしれない。この世界の文字は、日本語の漢字と比べると明らかに画数が少ないのだ。


「買えるのか借りられるのかは知らないから、とりあえずそこに行ってみたい」

「分かった。じゃあベルタは?」


 ベルタに聞くと、すぐに目が先程通りがかった鍛冶屋の方に向かう。


「私は……ハサミ?」

「ハサミ?」

「髪伸びてきちゃったから……」

「あー……」


 確かにベルタは解体中に髪を紐で束ねていたことを思い出したが、あの小屋にあるハサミは金属糸や金属板を切るための大型ハサミだけだ。髪の毛を切るには適していない。


「ベルタ、お前ハサミあっても自分で自分の髪の毛切れるのか?」

「え、お兄ちゃんが切るんだよ?」

「……そうか」


 イメージトレーニングか指でちょきちょきと空を切るカルロを見て、ベルタはくすりと笑う。


「じゃ、買取が終わったらハンターギルド行って、それから鍛冶屋かな」


 二人の了承を得、買取所で暇そうに座っているドノバに声を掛け、買取を依頼する。

 数年間ずっと小銭を中抜きしていたのが嘘のように大金をぽんと渡してくれるようになったドノバは、受け持ちの狩人がハンターになり高額素材をぼんぼんと納品するようになったことで相当給料が上がったようで、ここ最近はいつも上機嫌だ。


「そっちのガキも魔憑きか。狩人に育てんのか?」

「いや、別にそのつもりはない」

「そうなのか? 勿体ねえ」

「ん? どういうことだ?」

「エトロア森で狩人やってりゃ皆お前みたいに育つんだろ? 二人ともハンターになってりゃ俺の給料がもっと上がるに違いねえって話だよ」

「はー、俗物が」

「俗物で結構」


 けらけらと笑いながらそんな雑談を出来るようになったくらいには、ドノバとの距離も近くなっている。

 彼曰くここ5年くらいはずっとニルスの買取はドノバが行っていたらしいが、まともな会話をしたこともなかったらしい。

 「いつ死ぬか分かんなかった」とまで言われたので、京三が転生してくる前のニルスは、よほど目が死んでいたのだろう。

 鍛冶屋のオヤジに会うたび「まだ生きてたのか」みたいに言われたのも、きっとそれが原因だ。


「今日はほれ、49万ドゥラムだ。なぁ、どうやったら一週間でこんな狩れるんだ? 実績あるハンターでも一人頭で月10万稼げれば多い方なんだぞ」


 ドノバにぼんと渡されたのは、以前のようないまにも破れそうな革袋に使い古された汚い銅貨が入っているのではない。

 きちんと磨かれた金貨は一枚一枚数えるように机に置かれていき、中抜きがないことを鑑別証明書でも示してくれる。


「ん? 狩ることは前から出来たが、手が二人増えたから解体が楽になってな」

「…………狩ることは前から出来たのか」

「あぁ。何が金になるか知らなかっただけだ。金があっても何に使うかも分からなかったし、教えて貰ってもなかったしな」

「そういうもんかねぇ……」


 僅かに疑いの目を向けてくるドノバに、エルテの話はしていない。いつかバレるかもしれないが、面倒ごとになるのを避けるためだ。

 町の門番や守衛らには毎度エルテの背に乗ってくることを見られているが、買取所のドノバまでその話が行くことはないようだ。


「あぁ、そうだ。ちょっと話がある」


 買取所を出ようとしたところで、ドノバに止められる。立ち止まって振り返ると、ドノバはちょいちょいと手招きをしてくる。


「ハンターギルドのハイドラが、お前を探してるらしいぞ」


 周囲をちらちらと見ながら耳打ちされたが、意味がよく分からず聞き返す。


「ん? それで?」

「あー、そうか、知ってたのか知らずにここに持ってきてたのか知らねえが、ハンターは大抵こういう町の買取屋じゃなくてハンターギルドに納品すんだよ。ランクの査定がどうこうとかでな。まぁ買取価格自体はこっちの方が高いことが多いから、ハンターランクに興味ない奴が持ち込むことはある――だがまぁ、それでもお前さんくらいのペースで持ち込む奴は稀だ」

「へぇ……?」

「俺としてもお前さんがあっちに持ち込むのは避けてもらいたいしな」


 そう言って嫌らしい表情でニヤけるドノバの顔を見たベルタが嫌悪感を露わにしたが、俺はしばらく交流しているうちに気にならなくなった。


「とりあえず、話だけ聞いてくるか」

「良いのか? ハンターならハンターギルドに持ち込めって言われるだけかもしれねえぞ?」

「それならそれだ。別に断るだけだしな」

「ちげえねえ。じゃあな、また大量に持ち込んでくれ」


 ほくほく顔になったドノバの元から離れ、後ろで待っていた兄妹のところまで戻って伝える。

 どうせこの後はギルドに顔を出すつもりだったから、ついでだ。ハイドラは確かギルドマスターだが、最初に会った感じ、実力でその地位まで上り詰めた豪傑というより、中間管理職とか雇われ店長みたいな感じがしたんだよな。

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