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「よしエルテ、狩りだ!」
「かりだー」
エルテの背中に乗り、周囲を子狼らに囲まれながら森の中を爆走する。
16万ドゥラムという見たことのない大金はあっという間に使い切ってしまったが、まだまだ作らなければならないものは多い。調理器具が揃ったところで、食材がなければ話にならないし、いつまでも素人が石を積んで作っただけのかまどで調理するのも限界だ。
そのためには、金が要る。膨大な金だ。
最初は町の近くに家でも作ろうかと思ったのだが、人が住まないこの森の中ならともかく、外に建物を作ると領主に目を付けられる可能性もある。
土地代を請求されることもあるかもしれないし、不法占拠と言われれば反論出来なくなる。故に、居住地として使っているこの小屋の周りを整備するためにも、まずは金が必要だ。
そのためには、狩りである。
エルテらに手伝ってもらえる以上、いつもみたいに弓と矢で巨大な獲物を追い詰めて狩る必要なんてない。彼らに指示をし、目的の獲物を狩って貰えば良いのだ。
騎射の経験はなかったが、手が空いたら自ら弓を持つことで更に狩りの効率を上げている。
報酬についてエルテに相談したところ、四足歩行する彼らには絶対出来ない料理を振舞うだけで良いと言われたので、もうそこは割り切った。
自分で狩って自分で解体し自分で調理するのには限界があるのだ。出来ることなら、調理以外の全てを人に任せたいところである。
「うお!? それがツチブタか!」
子狼らが突然地面を掘りだした。
1mほど掘り進めていくと、豚のような尻が見えた。引っ張り出されたのは、先日と同じツチブタだ。
ツチブタの素材は買取所に持っていかなかったが、皮から内臓まで余すことなく食べられるので今後も自家消費がメインになることだろう。
「次はバララドリが住んでるとこに案内してもらえるか?」
ツチブタを咥えた子狼らが小屋に戻っていくが、代わりの子狼がどこかから補充されてきた。
森に一体どれだけの子狼が住んでおり、どれだけエルテの支配下にあるのだろう。
エルテは「ちょっととおいよ」と言うと、森の中とは思えない速度で走り続ける。この巨体ならば木々をなぎ倒しながら進んでもおかしくないのに、何故か当たらないのだ。
速すぎてよく見えないが、むしろ、木が避けてるんじゃないかというくらいに当たらない。
理屈は分からないが、この世界は京三に分からないことが多すぎる。ニルスがそういうものと認識しているものについては、もう深く考えないことにした。
家ほどに巨大な狼は人型になるし、木だって自分の意思で動いて避けるのだ。そういうものだ。
森がどこまで広いかはこれまでよく知らなかったが、昨日森の上を走って行ったことで少しだけ全景を知ることは出来た。
森におけるニルスの行動範囲は、基本的に一日で小屋まで往復できる距離である。
しかし、それは森全体で言うと一割にも満たない範囲だった。この森は、信じられないほどに広いのだ。
昔は見たが最近見なくなった獣や、たまにしか見ない獣は、縄張りが変わっただけなのだろう。これほどまでに広い森なら、いくつものコロニーが出来ていて当然だ。
しばらくすると、バララドリの住処に辿り着く。そこは、想像していたのと違う光景が広がっていた。
「……湖か」
「みずうみ?」
「あぁ。こんなに広い湖があったんだな」
対岸が見えないほどではないが、琵琶湖ほどに広い湖がそこにはあった。
水辺には、様々な生物が暮らしている。そこは森の中とは思えない光景で、水を求めて近づいてきた小さな鳥獣や、豊富な水源によってしっかりと成長した草木が生えている。
ふと気になる香りを感じたので、エルテから降りて湖に近づく。
「磯の香りか?」
森の中から突然現れたから湖に見えたが、一瞬だけ磯臭さを感じたのでしゃがみ込む。湖にちょんと指先を付け、ぺろりと舐めた。
「塩味が……ほんの少しあるか?」
海水ほどの濃度ではないが、僅かに塩を含んでいるように感じる。
「汽水域って言うんだっけな、海に近い湖は塩を含むとかいう」
とはいえ、煮詰めて塩を作るのにここまで薄い塩分濃度では効率が悪いだろう。
だが、この湖の続く先に海がある可能性が出てきた。余裕が出てきたらそちらも探索してみたいと考え、再びエルテに乗って湖の周りを歩き出す。
しばらくすると、鼻が独特な香りを感じ取った。間違いない、ハーブの類だ。
エルテから飛び降り、匂いのする方向に近づく。そこには、雑草のように鬱蒼と生い茂るハーブの群生地があった。
「レモングラスにラベンダー、これは……オレガノか? なんだここ、ハーブの宝庫かよ」
「そのくさいのも、おいしい?」
「これだけ食べても美味しくはない。ちょっと刈ってくから待っててくれ」
鼻の良い狼にとってはあまり居心地の良い空間ではないからか、エルテは残ったが子狼らはだいぶ離れたところに待機している。
「……あとはコショウでもあればな」
スパイスの王様とも言われるコショウは、あるとないとでは出来ることが相当変わってくる。この世界に料理を広めたいのなら、絶対に手に入れておきたいところだ。
この世界における唯一無二の食料である芋には、強い香りがない。料理を広めるのなら口だけでなく鼻で楽しませるのも重要だ。
揚げた芋に塩をハーブをまぶすだけで、それなりの料理にはなる。鳥獣の肉より、まずは芋料理を広めた方が効率が良いとの判断だ。
「こしょうってなに?」
「……なんて言えば良いかな、齧ると辛い、熟すと赤くなる小さい身だ」
「からいって?」
「えっと、舌がぴりぴりする感じだ。分かるか?」
「ぴりぴり……あれかも? ちょっととってくるね」
エルテはそう言って立ち上がると、走り出さずにその場で吠えた。近くに居た子狼は反応しなかったので、もう少し離れたところに居る個体に伝えたのだろうか。
30分ほど採取を続けていると、数匹の子狼が息を切らして近づいてきた。
ハーブの群生地に入ろうとしたが、鼻をしかめて立ち止まるので、自分で受け取りに行く。
「……コショウじゃないな。けどこれも欲しかった」
「それは、なに?」
「これは、トウガラシっていうんだ」
唐から来た辛子で唐辛子。当然、この世界でこの植物に名が付いているとしたら、そんな名前ではないだろう。とはいえトウガラシを食品以外に使う用途は限られるので、ただの草花と認識されているかもしれない。
熟したトウガラシは、真っ赤に染まり、この赤さが視覚的にも辛みを感じさせる。トウガラシの辛み成分であるカプサイシンは油に溶ける性質があるので、オリーブオイルのように常温で固まらない植物油が手に入れば、油にトウガラシを漬けておくだけでも辛み油が作れる。
トウガラシは刺激的な辛みではあるが、あると確実に料理のバリエーションが増えるので、何がこの世界の人間に受けるのか調べるにはちょうどいい。好き嫌いが分かれる激辛料理だって、その味付けが当然の国では誰しもが食べる国民食になったりするのだ。
「辛さならショウガにワサビもあるが……難しいな」
「それはおいしいなの?」
「どれも単体では美味しくない」
「さっきから、おいしくないばっかだね」
「……それもそうだな。とっとと美味しいを狩りに行くか」
「いく!」
エルテらに協力して貰えるのは、報酬としての料理を振舞うことを約束しているからだ。
それなのに彼らが食べない香辛料ばかりを追い求めるのは問題だった。
確かに香辛料があればあるほど良いのには違いないが、今あるもので作れる料理はそれなりにある。あとは野菜があれば欲しいが、自生している植物はあまり詳しくない。
農耕や栽培管理されないまま自生してそうなのは、野草やキノコ類、それにタケノコくらいのものだ。
森の中で竹を見たことはないが、キノコはいくらでも生えている。まぁ、どれが有毒か分からないので未だに手を出してはいないのだが。
「そうだエルテ、トリデムシを一匹だけで良いから狩ってこれるか?」
「いっぴきでいいの?」
「……解体するのが大変だからな。とりあえず一匹で良い」
新しい解体用ナイフはオーダーメイドでなく既製品を購入したので手元にあるが、他の調理器具が揃っていない状態であまり大量のトリデムシを解体したくはない。
生体が地球に居た何かしらの鳥獣に似ている他の獣と違って、トリデムシに関してはその、虫なのだ。あまり好き好んで解体したいわけでもないし、味も珍味寄りなので常食はしたくない。
現状は甲羅のまま加熱することしか出来ないが、エルテ達に振舞おうとすると甲羅ごと食べてもらうことになる。
そうすると、一体につき折角30枚以上の甲羅があるのに、手元に残るのは数枚。
子狼らが食べるには甲羅が固すぎるようなので丸ごとかみ砕いて食べるのはエルテだけだが、エルテの食事量は身体が巨大なだけあって相当多い。どうやらエルテはトリデムシの食感も楽しんでるようなので、甲羅だけ回収するのも悪い気がするし。
「あんまり大量に狩っても腐るだけだから、しばらくは俺一人で解体出来る量だけにしとくよ。エルテが満腹になるほどは作れないだろうけど、そこは許してくれ」
「べつにいいよ」
エルテはそう言うと、顔をべろりと舐めてきた。ニルスの顔より巨大な舌と、それ一本で身体を貫通するほどに巨大な牙が見えて一瞬だけ怯むが、大人しく舐められる。
採取しているハーブが気になったのかさっきこっそり齧っていたからか、やけにフローラルな香りがした。
本日の採取を終え小屋に向かって戻っている最中、エルテが森の中で突然立ち止まる。
「だれかきてる」
「誰かって?」
「わかんない」
となると、エルテが見たことない人間ということだろうか。
あの小屋の場所を知っているのは近くの村の住人くらいだろうが、尋ねに来るほど交流がある人物は一人も居ない。
町のハンターでも来たのかと一瞬警戒したが、エルテに乗らなければ移動に難がある距離だ。仮に何か用があったとしても、こんな速く来ることなど出来ないだろう。
一応用心していつでも矢を放てるように弓を構え、エルテに乗ったまま静かに小屋に近づいていく。
――そこに居たのは、ニルスより少しも随分と若い、少年と少女であった。




