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「ふむ、異世界と」
「はい。あなたを見込んで頼みがあります。料理を、あなたの料理を、この世界に広めてほしいのです」
そこは、不思議な空間であった。死後の世界とはかくあるべしかという白い空間には、男が二人だけ立っている。それ以外の一切合切この世界には存在しないかのように、そこには何もなかった。地も空も、何もない。
「そんなもの、儂でなくても良かろう。どうして儂を選ぶんだ?」
「……これまで数度、あなたの作った料理を食べました。カルドホテル、トラットリア・ガティーナ。割烹ひより、小料理屋さかい――どこで食べたあなたの料理も、そこに合った、そこでしか食べられないと感じさせてくれる、素晴らしき料理でした」
「…………そうか」
男、堺京三は照れを隠すため、頭を搔いた。40年以上続けたこの角刈りともおさらばなんだなと少しだけ寂しい気持ちになりながら、現役のまま生涯を終わらせられたことを嬉しく思う。しかし、第二の人生か。それも、神様からの依頼だという。
そういえば、戦争から帰ってきた祖父は、戦時中に流れ弾を受けて死にかけた時、マリア様に出会ったことがあるなんて言ってたな。あの時は笑って流したが、まさか自分も神を名乗る男に出会うとは。しかも、異世界行きと。
異世界といえば、アレだよな。孫の勇が好きなアレだ。小さい文字は読めないからライトノベルとかいうのを読むことはなかったが、孫が夏休みに遊びに来るたび、居間のテレビで異世界だのいうアニメを見ていたからなんとなくは分かる。
うぅむ、しかしこんな、61歳のオヤジに頼むことじゃないだろう、流石に。
「そういうことでしたら、記憶はそのままに若い肉体に魂を定着させますので、順応は早いと思いますよ。身体は若くとも意識だけ61歳、ということはないと思います」
「ん? 儂の考えてることが分かるのか?」
「えぇ、神ですので」
「そうか、神か」
自称神様のこの男は、見ようによって若くも老いても見えるし、声も若く聞こえるような気もするし、年寄りのように聞こえることもある。今際の夢か、それとも、現実か。
うぅむ、まぁ、どちらでも良いな。
「あい分かった。男京三、頼み事は断れない性質でな。出来る限りやってみよう」
「宜しく、お願いします」
神の男が、光に包まれる。それは直視することも出来ない眩い光となり――――