拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。
「マーシャ、君との婚約を破棄させてもらおう」
突然呼び出された王太子さまの私室。一体何の話があるかと思いきや、一方的な宣言に私は頭が痛くなります。おバカだ、おバカだと思っていたけれど、ここまでおバカだったのかしら。
婚約破棄の理由は王太子さまの隣にいる少女かとも思いましたが、すぐに違うことに気がつきました。目をらんらんと輝かせながら、一体どんな修羅場が訪れるのだろうと楽しんでいる少女からは、王妃の座を奪おうという欲望など一切感じられません。完全に「野次馬」のノリなのです。
ということは、目の前のおバカさんが私の気を引くために婚約破棄を思いつき、その片棒を担がされたのでしょう。いや、彼女の表情を見るに、「担がされた」のではなく「嬉々として担いだ」のかもしれませんが。
そもそも婚約破棄にありがちな大衆の面前ではなく、王太子さまの私室。しかも人払いまでちゃんとしているだなんて、おバカにしては準備が良すぎます。彼女の監修が入ったのでしょう。
たぶん、私が「やめてください」だとか、「あなたの婚約者のままでいさせて」と一言でも言えばこの茶番は終わるはずです。ただ、正直に言ってたったそれだけのことがひたすらに面倒くさいのです。
王太子さまのお守りを、少しの間くらい返上してもバチは当たらないのではないかしら。そういうわけで、私が返す言葉はただひとつ。
「承知いたしました」
「婚約破棄の理由を知りたいか? なぜなら……え?」
「ご用件はそれだけでしょうか。ならば、本日は下がらせていただきます」
「いや、マーシャ。他に言うことは?」
想定していた事態と異なっていたためか、王太子さまの目が左右にさまよっています。おかわいそうに。おバカだから気がつかなかったのですね。物語や歌劇では、もともと燃え上がるような恋のお相手だったからこそ婚約破棄に対して相手の女性がすがりつくのです。
私のように、「バカな息子だが、これでも大切な跡取り。申し訳ないが面倒を見てやってくれ」と保護者経由で頭を下げられたような状況では、面倒ごとが消えたラッキー以外の感想は出てこないのですよ。
「はあ、そうですね。あの、すみません。王太子さまはこういう方なのでご面倒をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい、任せてくださいませ!」
とりあえず、しばらくの間お世話係を交代してくださるお隣の少女に頭を下げました。たくさんの面倒ごとが湧き上がりそうですが、あの様子をみる限り、彼女なら解決できなくてもその面倒ごとを心から楽しんでくれるでしょう。
にこにこと少女が元気よく返事をしてきました。それを見た王太子さまが目を白黒させていますが、本当におバカ丸出しです。
「それでは」
頭を下げて部屋を出れば、閉まった扉の向こう側からとんでもない悲鳴が聞こえてきました。
***
「お嬢さま、よろしかったのですか?」
「いいのよ、どうせまたいつもの『かまって攻撃』でしょう。会話もおぼつかない幼児やもふもふ動物たちならともかく、大の男にやられても可愛くないもの。放っておけば良いわ」
「さようでございますね」
我に返った王太子さまに追いつかれないように、急いで帰宅しなければ。あえて王城の庭をつっきり、変則的に城の出口を目指すことにしました。
私を気遣ってくれたのは、私付きの侍女。彼女もまた幼少期から王太子さまの様子を見続けてきたので、彼のひととなりはよく知っています。つまり「悪人ではないが、大変おバカである」という実態を。
「これである程度陛下に絞られたなら、もう少し慎重になるでしょう。まあおバカのままでも、しばらくの間お世話をしなくて済むと思ったら、随分気が楽になったわ」
「そうですね。お茶会でも夜会でも、王太子さまをフォローしなければなりませんしね」
「見た目だけは完璧なのだけれど、中身は本当におバカだから……」
ため息をついたそのとき、みゅーというか細い声が聞こえました。
「あら、今猫の声がしたような……?」
「みゅー、みゅー、みゅあああああああ」
「な、なんですか。この押しの強すぎる鳴き声は……?」
「たぶん猫だと思うけれど……あっ、あそこ!」
そこには、昨夜の雨でできたのであろう水たまりにへたり込んだ、泥まみれの小汚い仔猫が1匹。
「まあ、かわいそうに」
「んみゃあああああ」
声をかければ、子猫は猛ダッシュでこちらに近づいてきました。今すぐ自分を拾え!という意気込みが伝わってきてよろしいです。
「お、お嬢さま。お召し物が!」
「大丈夫よ、まかせて!」
そのまま肩にかけていたショールで仔猫をキャッチします。ふにゃふにゃ言っていますが、爪を立てることもありませんし、ショールから逃げ出そうともがくこともありません。大変お利口です。
「あなた、うちの子になりたいの?」
「みゅあああああ」
「これからお家に連れて行ってあげるわ。でもすごく汚いからまずはお風呂よ。そしたら、しっかりご飯をあげる。いい? 言うことは聞けるかしら?」
「ふみゃああああ!」
「まあ、良い子ね」
嘘告白ならぬ嘘婚約破棄をされた私は、軽やかな気持ちのままいきのいい仔猫を連れて、自宅へ帰ることになりました。
***
帰宅後、汚れきった仔猫をさっそくお風呂に入れてあげることにしました。
「まあ、お嬢様が直々にお風呂に入れて差し上げるのですか」
「ええ、そうよ。だってこの仔猫ちゃん、私に一番懐いているんだもの」
ショールから出してあげても、ちょこんとお風呂の準備が整うのを待っていられるなんて何と賢い猫ちゃんでしょう!
「さようでございますか。でもこの仔猫、妙にお嬢さまにべっとりまとわりついていて、どことなくあの王太子さまみたいで嫌なんですよねえ」
「あらまあ。王太子さまとこの子は全然似てないわよ。王太子さまはツンデレのデレがどこかにすっ飛び、ツンもひねくれ過ぎてただの面倒くさいひとだけれど、この子はデレデレでしょう。はあ、可愛いわ〜」
「みゅわああああああああ」
「ど、どうしたの。いきなりそんなブレイクダンスなんて始めて。背中が痒いのかしら。待っててね。すぐに綺麗にしてあげるから」
「それより蚤取り粉が必要なのでは?」
慌てて温かいお湯がたっぷりの洗面器に入れてあげれば、にゃごにゃご言いながら仔猫は静かになりました。お湯がひどい茶色になっているので、泥汚れ以外にもやはりいろいろあったのでしょう。馬のお世話をしているお抱えの獣医を呼んでいるので、しっかり検査もしてもらう予定です。
「まあ、おとなしくお風呂に入れるなんて人間みたいね」
「みゅわーん」
「あら、お返事してくれるの」
「みゃーん」
専用の石鹸で洗いしっかり乾かせば、ふかふかもふもふの可愛らしい仔猫が出来上がりました。ふさふさの長いしっぽが小刻みに震えているのが可愛くてたまりません。
「……お嬢さま、この子ブサイクですね……」
「あら、ブサイクだなんて。味のある顔をしているでしょう」
「物は言い様とはこのことでしょうか。一体どうしたら、こんなに顔面を壁か何かに激突させたようなべっちゃんこの顔になるのでしょうか」
「そこが可愛いのよね〜」
私の言葉に同意するかのように、仔猫がゴロゴロと喉を鳴らします。はあ、本当に癒されますね。
「さあ、すっかり綺麗になったのだから次はお待ちかねのご飯にしましょう」
そう私が言えば、仔猫はとっても喜んでくれたのですが、実際のご飯を前に固まってしまいました。猫好きでもある我が家のシェフが、張り切って作ってくれた猫の体に優しい栄養満点の食事なのですが、仔猫は不満そうにお尻を向けています。
「あら、見たことないのかしら」
「もうお乳だけではなく、ある程度柔らかいものも食べている時期だと思ったんですけどねえ」
残念です。「うまうまうまうま」と言いながら仔猫は食事をするという話も聞いたことがあったので、実際に見てみたかったのですが……。
「私たちが見ているから、食べにくいのかしら?」
「そうかもしれませんね。でしたら、もう良い頃合いですし、お嬢さまも夕食ということで移動されたらいかがでしょうか。今夜は良い肉が手に入ったそうなので、料理長が腕によりをかけた逸品をお出しすると張り切っておりましたよ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
その時です。
「みゃうみゃうみゃうみゃう」
「どうしたの?」
「みゃうみゃうみゃうみゃう」
「もしかしてお肉が食べたいのかしら?」
「みゃうみゃうみゃうみゃう!!!」
足元から仔猫が登ってきました。こんなに必死にアピールされれば嫌でもわかります。仔猫は仔猫専用のご飯よりも、人間用の食事が食べたいようなのです。もしかしたら、王城に住んでいたので、なかなか贅沢なご飯をもらっていたのでしょうか。それにしては、王宮のペットとは思えない酷い姿をしていましたが……。
「この自己主張の強さ、本当に王太子さまそっくりですね」
「なんだか否定できないわね。ね、王太子さま」
「……みゃーん」
「王太子さま」
「みゃーん」
「王太子さまだったら、お手をしてください」
「ちょっと、お嬢さま」
「あら、いいじゃない。あまりにもナイスタイミングで鳴いてくれるんだもの。私、あの王太子さまがこの仔猫なら喜んでお世話係を続けるわ」
「みゃーん!」
しゅたっ!!!
キリッとした顔でお手をされて、私は思わず固まってしまいました。ちょっと待ってください。嘘でしょう? 偶然って誰か言ってください。
***
「それで、あなたはどうしてこんなことになったのか、わかりますか」
ウィジャーボードを前にした仔猫が、ちょこんと「いいえ」に手を置きました。
「先ほど、『あなたは王太子さまですか?』と聞いたときには、「はい」に手を置いたわよね」
「そうですね。『今日お嬢さまに、あなたは何を告げましたか?』と聞いたときには、きちんとスペルを順々に触って『婚約破棄』と教えてくれましたし」
なんて賢い仔猫ちゃんでしょう! あ、中身は王太子さまでしたね。それならばこれくらいできて当然かもしれませんが……。
「思うのですけれど、王太子さまってこの猫のままで良いのではないかしら」
「さようでございますね。お嬢さまの負担が減るのであれば、それも良いかと存じます」
王太子さまはといえば、ドヤ顔を決めてちょこんとおすわりをしております。そのまま撫でてやれば、もっともっとと言わんばかりに体をこすりつけてくるのです。そこで私ははたと気がついてしまいました。
「待って、でもそれじゃあ本物の仔猫ちゃんはどうなったのかしら?」
「王太子さまがこの仔猫に姿を変えたわけではないとおっしゃるのですか?」
「それなら、あそこまで汚れないでしょう。あの汚れは泥汚れだけではなかったわ。そうなると、野良の仔猫に王太子さまが入り込んで、代わりに王太子さまの中に野良の仔猫が入り込んだ可能性があるわね」
王太子さまは、私の言葉に不思議そうに首を傾げました。まったく猫ちゃんというのは、どうしてここまで首をひねることができるのでしょうか。
「それって、何か困るのでしょうか?」
「あら王太子さまはともかく、あなたまでそんなことを言うの?」
「今までもずっとおバカさんだったわけですよね、王太子さまは。ならば、中身が猫になってもあまり変わらないような気がするのですが……」
「そうね、中途半端に首を突っ込んで周囲を混乱に陥れるのなら、中身が猫ちゃんの方がいっそ何も役に立たなくて安心かもしれないわ。見た目だけは完璧な王太子さまだから、何もせずに笑顔で玉座に座っていただければ、傀儡としては良いかも?」
「ふみゃあああああああああ」
王太子さまが突然ブレイクダンスを始めました。このタイミングを見る限り、先ほどのお風呂前のブレイクダンスも恥ずかしさの表れだったのかもしれませんね。
「あら、泣いているわ」
「中身が王太子さまでも、仔猫が涙目なのは心が抉られますね」
***
「仕方ないわね。可哀想な仔猫ちゃんを救出に行きましょう」
目をまん丸にして、「そんなバカな?」という顔をしている王太子さま。当然です、何をそんなに驚いているのですか。
「突然人間の体に押し込められて、訳のわからない場所に連れていかれているんだもの。パニックになって大暴れしていたら、気の毒です」
「でもその場合、はたから見たら王太子さまがヤバいひとですよね」
「それは仕方がないわ。嘘婚約破棄を含めて王太子さまが悪いんだから。しっかり反省してもらわなくっちゃ」
王太子さまが、必死で扉の外に向かう私を止めようとしてきます。
「殿下の立ち振る舞いが猫になってしまっていては、城のものも頭を抱えているでしょう。すぐに戻らねばなりません」
「みゃうみゃうみゃうみゃう」
なんでしょう、とてつもなく不満を告げられているような気がするのですが……。
「お嬢さま、王太子さまは先ほどお嬢さまが『王太子さまがこの仔猫なら喜んでお世話係りを続けるわ』とおっしゃったのを、真に受けていらっしゃるのでは?」
「にゃー!」
その通りと言わんばかりの大声に、私は肩をすくめるより他にありませんでした。まったく仕方のない王太子さまです。
「どうせこの時間から王城には出かけられません。今のうちに連絡を取り、明日できるだけ早く城に伺いましょう」
結局城に向かうことに変わりはないことに不満を抱いたのか、しっぽをぱたぱたさせる王太子さまを抱っこしながら、私たちは美味しい仔牛肉の煮込みを食べたのでした。王太子さまの分は、猫ちゃん用にうんと薄味にしてもらいましたよ。
***
翌日、大慌てで城に向かった私たちを待ち受けていたものは、にっこにこの王太子さまと笑いをこらえきれない例の少女でした。
「で、これはどういうことでしょうか」
仔猫と王太子さまに抱きつかれ、私はため息をつきました。これはあまりにも予想外過ぎます。それを解説してくれたのは、やはり王太子さまが連れていた少女――実は宮廷魔導士――でした。「もふもふか赤ちゃんになりたい!」と突然叫び、王太子さまの魔力が暴走して近くにいたぼろぼろの仔猫と入れ代わってしまったのだそうです。なんだそりゃ。
「うーん、困っちゃいましたね! でも安心してください。どっちも、マーシャさまが大好きってことで一致してますので!」
「あの、私が聞きたいことはそういうことではないのですが……」
「お嬢さま、入れ替わりの引き金は、お嬢さまの帰り際の一言だったのでは……?」
「……そんなことって、あるのかしら?」
よろめく私を尻目に、少女の解説は続きます。
「たぶんなんですけれど、仔猫と王太子さまって入れ替わっただけでなく、今も気持ちとか感覚がどこかで繋がっているんだと思うんです。だから、仔猫を保護したマーシャさまは、王太子さまにとっても安心できる相手なんですよね。中身が入れ替わったままですから、絵面が極端にヤバいんですが、はたから見ると拗らせ王子がようやく好きなひとにデレデレ甘えるようになったのかと、みんな微笑ましく見守っていますし……」
「完全にバカ王太子じゃないですか……」
「でもまあ、確かに能力は大したことはありませんが、そういうおバカなところも含めて、みんなこのひとのこと、応援したくなっちゃうんですよね。ひとたらしって言うんですか」
「そうですね、ひとに愛される才能には恵まれているのかもしれませんね」
ごろごろと喉を鳴らす仔猫とごろごろと口で言っている王太子さま。どうしたものでしょう。
「それで、王太子さまと仔猫はどうすれば元に戻るのでしょうか」
「もともと王太子さまが、『もふもふか赤ちゃんになりたい!』……ようはマーシャさまに甘えたいと願ったのが発端なので、その気持ちが満たされたならすぐに戻るはずなんですが。今のところ猫の姿が心地よすぎるみたいですね。このままだと魂がそれぞれの体に固定しちゃうので、早めにどうにかしたいんですけれどねえ」
私に好きになってほしい……ですか。足と腰にまとわりつく小さなもふもふと大きな美形を眺めながら、ため息をひとつつきました。
「本当に殿下というのは、おバカさんなんですから。私はもうとっくの昔から、おバカなあなたのことを好きでしたよ」
仔猫になった王太子さまの頭を撫でていると、後ろから王太子さまになった仔猫にぎゅうぎゅうと抱きつかれました。あら王太子さま、人間らしい手足の動かし方が上手になりましたね。
「マーシャ、本当か? 本当にわたしのことを好いていてくれるのか?」
あらまあ、王太子さまではありませんね? 足元の仔猫と言えば、仔猫よりもアグレッシブに私の肩までよじ登ってきました。どちらも自分の体に戻れたようです。
「あら、どうして戻ったのかしら」
「どうせ王太子さまが、お嬢さまと直接お話をしたいと思ったからに決まっていますよ。王太子さまは、基本的にお嬢さま命ですから。ああいやらしい」
「言葉が過ぎるわ。まあ確かに殿下はおバカさんではあるけれども」
「マーシャ、わたしが悪かった。どうか、嫌いにならないでくれ。せっかく好いてくれているとわかったんだ。このまま好きでいてくれ!」
王太子さまの姿に戻った王太子さまが、私の足にすがりつきながらわあわあ叫んでいます。まったく、ここまで追い込まれないと自分の気持ちをはっきり言えないのですから、本当に困った方ね。
「そもそも嫌いならば一緒に仕事はしませんし、一族ごと隣国に移住してでも、婚約を解消しております」
「マーシャ、あの婚約破棄は嘘なんだ」
「最初からそれくらいわかっています」
「どうか許してくれ!!!」
「許しません」
顔を青ざめさせた王太子さまが、よろよろと床に倒れふしました。ちょっとばかり打たれ弱すぎませんか?
「うわーん」
「だって許したら、あなたってばおバカさんだからすぐに同じことを繰り返すでしょう。一生許しませんから、生涯をかけて償ってください」
私の言葉に涙ぐみ、考え込んだあと、ぱあっと顔を輝かせました。まったく忙しいお方です。
「そ、それって、一生隣にいてくれるってことか?」
「……いちいち、聞かないでいただけますか。まったく、本当におバカさんなんですから」
「マーシャ!!!」
超がつく美形なのに、涙と鼻水ですっかりどろどろの王太子さま。黙っていればとんでもなく美しいのに、やることなすことおっちょこちょいで、いたずらばかり。しょっちゅうポカもやらかすけれど、実は私のことが大好きなあなたのことを、私だって大切に思っているんですよ。
***
「マーシャがわたしではなく、猫とばかり遊んでいる。ずるい。わたしも猫になりたい」
黙っていればうっとりするようなイケメンが、唇をとがらせてむすくれています。
「はいはい、猫に嫉妬しないでください」
「だって、昼間は子どもたちにマーシャを取られている。その上夜は猫と遊ぶのなら、わたしとの時間がないじゃないか」
「聞き分けのない大きな長男を産んだ覚えはありませんよ」
「わたしだって、マーシャの子どもとして産まれた記憶はない」
「まったく困った国王さまですね」
そう言いながら、私は膝の上の猫を抱えました。仕方がありません。今日はこの面倒くさい旦那さまのご機嫌をとることにしましょうか。
「しばらく、お外で待っていてくださいね」
「ふみゃあ」
不満げに、でも仕方がないなあと言わんばかりに鳴いて、顔をどこかにぶつけたような愛猫は、ドアの向こう側に消えて行きました。すかさず扉を閉めると、旦那さまがごろごろと私に絡みついてきます。まったく旦那さまときたら、仔猫ちゃんと入れ替わってからツンデレを卒業し、すっかりデレデレにジョブチェンジしてしまわれたのです。
「マーシャ、好きだああああ」
「はいはい」
デレデレの猫と言いますか、もうすっかり謎の生き物に成り下がった国王さまは、見えないはずのしっぽをぴんと伸ばし、小刻みに震えさせながら私に愛を囁くのです。
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