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数時間後。
神邊の家では、当然ながら上を下への大騒ぎとなっていた。門弟から分家に至るまでが何十人と屋敷を訪れ、神邊操が鵺と絆魂をしたという事実の真偽を確かめ、今後の動向についての指示をもらっては落胆と不安の念を微塵も隠すことなく去っていく。
裕也もダメージの残る体に鞭を羽って、突然の来客達の対応をしていた。
その上やってくるのは神邊の筋のものばかりではない。同業の他家や個人規模で妖怪退治を担っている名うての祓い人も列となって押し寄せてきている。操という人間の持つ影響力はこれほどだったのかと、裕也は改めて実感をした。
義母は特に有力な者たちだけを大広間に通すと厳重な人払いを指示した。
祓い人の協定の中で、今後の神邊の立ち位置とするべき対処を検討協議しているのだろう。
やがて明け方近くになり、来訪する人間も落ち着くとようやく義母が皆を同情へ呼ぶようにと指示を出した。やがて顔を出した義母だったが、只でさえ厳格な顔つきが重々しく眉を歪めている。この人の立場を思えば当たり前の面持ちなのだが、裕也はその内側に実の娘がいなくなったことに対する不安や焦りがまるでないことに気味の悪さを感じていた。
義母ほどになれば、感情に鍵をかけ私情を挟まないようにするくらいは朝飯前かもしれないが、裕也は冷酷さしか汲み取ることができない。
こちらに歩み寄りながら、控えさせていた門弟や家族たちを見回すと、悠の姿がないことに唯一感情の動きを見せた。
「悠は?」
「帰ってきてから、すぐどこかに」
「…全員で探しなさい。操の代わりにあの子に神邊を率いさせます」
裕也が予想していた中で最も聞きたくない言葉を義母は躊躇なく吐き出した。
「ちょっと待ってください、お義母さん」
普段であれば口を挟むことなどはもっての他だ。そもそも操を除いて義母に意見できる人間などこの家には存在しない。そんな義母の命令に口を挟んだこと、しかもそれが他ならぬ裕也だった事で周りには違う意味の緊張が生まれた。
義母も義母でまさか裕也が何か言ってくるとは思っていなかったようで、言葉を出すのに少しの間があった。
「・・・何事ですか?」
「悠が当主を引き継ぐと?」
「当然です。年功も能力も最も適しているのはあの子です」
「能力の事は分かりませんが、あの子はまだ十七歳の子供ですよ」
あの操でさえ当主代行として職務についたのは二十代の終わりからだった。能力の事はてんで門外漢だが、十代の女の子が務めるには重すぎる責任だ。
「時期尚早だというのは認めます。が、事態が事態です。誰かがやらねば神邊が滅ぶ。神邊が滅べばこの街が危うくなります」
「しかし…」
裕也は食い下がりたかった。しかし義母の正論に対して、自分は感情論しか持ち合わせていない事で言葉が詰まってしまった。
感情論でもいい。今の悠にこれ以上の責任を押し付けようものならきっと潰されてしまう。
頭の中で思考は渦巻くのに、裕也はそれを声に出すことができない。この期に及んで一体何をためらうのかと自問したが、答えが返ってくることはなかった。
「あなたが口出しできる問題ではありません」
まごついている間に、話は切り上げられてしまう。義母はきっと全員を睨み付けるとその眼光に違わぬ鋭さの声で命令を出す。
「さあ、早く悠を探しなさい!」
普段ならきびきびと動き出す者ですら、足の根を引っこ抜くような重苦しい足取りとなっており、その目線の先には歯を食い縛って立ちすくむ裕也の姿があった。それでも一人が動き出すとソレに釣られるようにぞろぞろと全員が悠を探すために散っていった。




