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「絆魂は本当の意思の疎通で、お互いの事が完全に分かり合える。自分の身に起こってみて初めて分かった」
言葉に思いと決意が滲み出ている。操自身もMr.Facelessと家族を傷つけることは本意でないのだ。
「私は今鵺のことを完璧に理解している。反対に鵺も私の事を完全に分かってくれている。だからこんなにされても尚、あなた達を本気で襲おうとはしていない。私が悲しむのを知っているから」
操は愛おしそうに鵺の体の傷を撫でると、凛とした顔で、それでいて嘆願を乞うの表情でMr.Facelessに告げる。
「お願い。二人で行かせて。じゃなきゃ…本当に殺してしまうかも知れない」
「…殺されたとしても、君を行かせる訳にはいかない」
「そう、ですか」
ふうっと、溜め息を漏らすと操は今まで纏っていた朗らかなオーラを払拭し、一切の容赦をなくす。今までの攻防はなるたけ穏便に事を済ませたいと相手を慮っていたのだと思い知らされる羽目になった。
「我、顚覆をなし、顚覆をなし、顚覆を為す。威光持つ者の来る刻まで、是は有ることなし。彼は跡さえも残すまじ」
それは操が灰塵も残さぬほどに妖怪を滅するときに使う呪文。封印も退治もできないほどに暴れる妖怪や残虐非道な妖怪に使うのも憚れる程、無慈悲に滅却するその術は操本人であっても使うのをためらうほどだった。けれども、鵺と共にこの場を去る一心の彼女には未練も執着も躊躇もない。
裕也は本能的にそれを喰らってはいけないと判断した。体はすぐにでも回避するために動こうとしたが、心がそれを許さない。なぜなら彼の背後の先には満身創痍で事の成り行きを見定める子供たちと神邊の門弟たちがいたからだ。
ともすれば取れる手段は一つしかない。
術が発動する前に妻と鵺を撃破する・・・。
その覚悟をもって飛びかかったのだ。
けれども、裕也の決断は一瞬遅かった。鵺が不気味な声を咆哮とともに浴びせると、束の間の隙ができてしまう。心身ともに遅れを見せてしまった裕也にこれ以上の成す術はなく、操の放った攻撃の盾になることが精々だった。
眩い光が彼女から放たれたかと思えば、次の瞬間には尋常ではないほどの衝撃がMr.Facelessを襲う。彼の体は羽よりも軽く吹き飛ばされてしまった。
操も子供たちも、神邊の門徒たちもその術の威力は知るところだ。全員が例外なくMr.Facelessは跡形もなく滅されたと確信した。だからこそ、腕を押さえボロボロになったスーツと体を引きずるようにしてでも操に食らいつく彼には心底驚いた。
雌雄は明らかに決している。もうMr.Facelessに戦う力は残っていないことは明確だ。
端から見ればズタボロのみすぼらしい姿ではあるが、彼に悲壮感や嘲笑の念を抱くものは誰一人としていない。神邊家から込み上げるのは感嘆と羨望と希望、鵺と操にとっては驚愕と恐怖と嫌悪だ。
しかしMr.Facelessに戦う力が残っていないことは明白だ。そう判断した操は鵺にまたがると裕也たちとは反対の方向に向かって去っていった。彼女らの目的は追っ手を巻くことであって神邊一門とMr.Facelessを殺害することではないのだから、当然の行動だった。
「待…て…」
裕也は辛うじて声を出す。その最後の足掻きが聞こえたのかどうかは分からないが、ビルから滑るように消える間際に操はこちらを一瞥してきた。
長い髪の間から微かに覗かせた操の表情は、圧倒的な喪失感だけを裕也たちに届けてきたのだった。




