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ところが、そうなっても肝心の鵺は微動だにしなかった。狛犬のように現れた場所にじっと居座っているばかりである。事情を知らなければ置物か石像とでも錯覚してしまいそうなほどだ。
そして。
この屋上にあってもう一人、微動だにしていない人間がいた。彼女は門弟や我が子たちが懸命に戦っている最中も眼光鋭く鵺を睨みつけているだけだった。
全員が操の異変に気が付くのと、鵺が動いたのは正しく同時の事だ。皆の意識が操に向いてしまったせいで、鵺の行く手を阻むことができた者はいない。その上、操が動かなかったせいで一門が今いる場所と大きく離れてしまっていた。
猛虎の如く飛び掛かった鵺は口を大きく開け、鋭い牙を覗かせた。その様子を目の当たりにしても尚、操は動くことはなかった。
「操さま!」
「お母さん!」
叫びながら悠だけが鵺と母親に向かって攻撃の術を放った。鵺に当たればよし、仮に操に向かったとしても母親の実力なれば容易く打ち消すことができるはず。操の退治人としての能力はそれほどまでに高い。
そして、悠の万が一の予想通り、操は容易く悠の放った術を掻き消した。
ただ一つ予想外であったのは、操が鵺を守るため術を消したという点だった。
◇
『操が鵺を守った』。
今起こった現実を誰もが素直に飲み込めなかった。当の操本人であっても、一体何をしているのかすぐさま理解することができないでいたのだから、他の者はひとしおだ。
「駄目。鵺を傷つけちゃ…」
まるで高熱を出した病人のように胡乱な面持ちで操がつぶやく。それでも操が口にしたその一言は十二分すぎる程の波紋を呼んだ。
そして誰しもが頭に過ぎり、それでも否定したい一つの仮説を悠が吐露した。
「まさか……絆魂したの?」
操は答えなかった。
けれども踵を返し、鵺と共にどこかに立ち去ろうとする一連の行動が何よりも陰惨な回答として神邊一門に届いた。
「ちょっと待てよ!」
気品や品格などはまるで無視した雄々しく猛々しい物言いで、悠は母と鵺を呼び止めた。もしかしたら母が口の利き方を叱責するために足を止めてくれるかもしれないと淡い期待も抱いていた。だが悠の様子に反応したのは実弟だけだった。近くにいた夏臣がビクリと身体を振るわせて、青ざめた顔を姉へと向ける。
そして悠は自らの激昂を微塵も抑えることなく叫んだ。
「みんな、何ボサッとしてるの!? お母さんを止めて!!」




