12‐1
時は少し戻る。
Mr.Facelessと別れた悠たちは陣形を立て直し、鵺退治に余念を無くしていた。元よりこの先はMr.Facelessなしで戦う算段だったので彼の安否の心配はあれど、戦力的な不安はなかった。
「夏臣、キョロキョロし過ぎ」
ほぼ殿を担当していた夏臣は悠にそう叱責されてバツの悪そうな顔になった。
「だってさ…フェイスレスさん、大丈夫かな」
「今は鵺に集中しな」
やがて一呼吸を置き、全員が再集中をした。それを見届けると操はいつものように静かに指示を出す。
三人が先陣を切って屋上への扉を開けて突入する。彼らが安全を確認すると残りの全員が軽やかになだれ込む。屋上は月と星とに照らされて昼と見間違えるほどの明るさとなっていた。
屋上に出た一門はすぐさまに操を中心に円陣を組み、警戒の色を濃くする。唯一の手掛かりと言っていい鵺のヒョウヒョウという鳴き声はいつの間にか止み、風のそよぐ音しか聞こえない。
このホテルの屋上はそこそこの広さがある上に元々人が立ち入ることを前提としない造りだったようで、空調機器や給水タンク、電気系統の制御設備などが多く設置されていた。それはつまり、操たちにとっては余計な死角になるということだ。
にじり寄るような動き方しかできない状況だったが、その問題は焦りを生む前に解決することになる。
神邊家の敵たる鵺が操が見据える正面の機械室の上に、例の不気味な鳴き声と共に現れたからだった。
反対に神秘性にたじろぐほどに禍々しい姿をした鵺を前にすると、一同は不覚にも見惚れてしまい動きが目に見えて固まるのが分かった。するとその隙をついて、先刻にエントランスでMr.Facelessが退治し損ねた妖怪たちが四方八方から攻撃を繰り出してきた。全員の意識は一間遅れており、数名は反応すらできていない。
そんな中、器用に術を使い見事に守備に徹していた二人がいた。千昭と冬千佳である。
彼女らはその幼さが幸いして、鵺の放つ蠱惑的な禍々しさに捕らわれていなかったのだ。
「サンキュー、冬千佳」
「うん!」
次いで夏臣と悠が我を取り戻すと、順繰りに神邊一門は正気に返っていった。鵺の妖力は年輪によって及ぶ効果が異なるのかも知れない。
将を射んとする者はまず馬を射よ、という言葉を知っていたのかどうかはさておき、悠は一先ず取り巻きの妖怪たちを退けるために術を唱えた。それを見届けた夏臣は双子の妹二人にアイコンタクトを送る。
慣れた動きで悠、夏臣、千昭と冬千佳の三組で小規模な陣形を作り妖怪たちに応戦する。
『汝、悪しきを喜ぶ神にあらずんば、悪人は汝の賓客たるを得ざるなり』
『汝の手善を為す力、之を為すべきものに為さざる事勿れ』
『彼は義人の為に聡明蓄え、直く行む者の盾となる』
それぞれが三様の呪文を唱える。繰り出される呪文は当然ながら違う様相を見せた。
悠が攻め、夏臣がその術の効果を高め、二人が集中できるために千昭と冬千佳が防御に徹する。オーソドックスだが、だからこそ隙のない布陣であり彼女らが信頼を置く戦い方だった。
子供らの術は単に妖怪を四体滅ぼしたに過ぎなかったが、それは神邊一門を鼓舞するという副次的な効果も生み出している。
いつも通りの冷静沈着な戦い。
鵺を取り巻く妖怪たちは一体ずつ着実に消えていき、ものの数分で鵺を残すばかりとなってしまった。




