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そういえば聞いた事がある、と裕也は不意に昔にどこかで聞いた話を思い出した。
絆魂した妖怪を封印以外の方法で対処するのは愚策以上の愚策。顕現した器を無くした妖怪の力の源は人間に縋りつくように一体化する。魂の根底から妖怪と結合した人間は、妖怪でも人間でもない存在となってしまう。
そうなってしまった者はもう手の施しようがない。妖怪ではないので完全に封印することは叶わず、人間でもないため簡単に殺すことは出来なくなる。その上、妖怪の特性を色濃く受け継いだ不可思議な能力を持つ場合がほとんどだ。
骨の男は白骨化した腕を使い、裕也を追い詰める。
裕也は初めて自分に向けられる明確な殺意をたじろぐ。それは瞬く間に隙になった。
骨の男はわざと裕也を飛び退くように後退させると、肉のついた生身の腕を裕也に向かって突き出した。その瞬間、五指の先の肉が裂けて中から手の骨が射出された。銃弾と見紛うほどの威力と勢いがあると、裕也は直感で理解した。
あからさまに妖力を帯びた骨の腕には注意できていたのに、生身の左腕から繰り出される攻撃は意表突かれ反応が俄かに遅れる。手足と内臓のほとんどはアシクレイファ粘菌によるダミーだが、頭部だけはまずい。上半身を大きく逸らし、急所だけは何とか回避させる。そのまま一瞥した記憶だけを頼りに飛来する骨を躱す。結果として右の腿に一発喰らうだけのものとなった。これならダメージはあってないのようなものだ。実際の右足はほとんどがなくなっているのだから。
しかし反り返ったのは失策だった。
骨の男はここぞと言わんばかりに巨大化させた骨の腕を突き出して突進してきた。それに容易く捕らえられた裕也は、反撃を封じられたまま突き飛ばされた。背面のガラスは何の抵抗もなく割れ、破片と共に外に放り出された。
このホテルは40階建て。このまま落下すれば如何にアシクレイファ粘菌の性能があろうとも、無事では済まないだろう。そんな考えが裕也の冷静さを奪った。単に腕を伸ばせば落下は防げるはずなのに。
そんな裕也を現実に引き戻したのは、皮肉にも鵺の声だった。
(…)
(…そうだ)
(上では操さんと子供たちが戦ってるんだぞ)
(何を呆けているんだ、僕は)
正気を取り戻した裕也は飛び散るガラス片の隙間から骨の男を見据えた。渾身の力で殴り掛かるようなモーションを繰り出して腕伸ばす。意表を突かれて固まるのは何も裕也だけではない。その上巨大化させた骨の腕が、反対に裕也の攻撃の目くらましにもなってくれていた。
喉首に一切の抵抗なく裕也の右手が食らいつく。
「うぐっ」
という男の声にならない声が遠く離れた裕也の耳にも聞こえた。
アシクレイファ粘菌は裕也と骨の男を繋ぎ止めたが、所詮は粘菌だ。依然として宙に浮いている裕也の体は重力に逆らうことなく落下している。ただアシクレイファ粘菌のお陰で振り子運動のようにホテルの側壁へと向かって動き始めた。




