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その場の全員が何事かと思い、無惨に破壊された扉の向こう側を見据える。すると奥の通路に何者かが立っているのがわかった。この会場は一辺がガラス張りになっており、景色を展望できる構造になっている。ホテルの前にはこれよりも高い建築物はなく、月の光が惜しげもなく入り込んできていた。
何者かは躊躇うことなくこちらに歩み寄ってくる。シルエットで誰しもが恐らく人間であろうと予測していたので、月光に照らされたそれを見て言葉を失った。
確かに基本的なフォルムは人間のそれである。しかし何人たりとも彼を人間だとは思わないだろう。何故ならば彼の右腕、左足、そして顔面の右半分に肉が付いていないのだ。そこにあるのは非対称でひどくバランスが悪く見える白く、そして細い人骨だった。
骨からはどす黒く見える程に怒気や殺意や怨恨のこもったオーラがまとわりついている。誰がどう見ても人間ではないはずなのに、かと言って妖怪と断定できない。不可解な雰囲気を醸し出していた。
その時、裕也の耳に娘の悠の声がか細く聞こえてきた。
「お母さん、こいつ結魂してる…」
「え? 結婚?」
どういう意味かと尋ねようとしたが、それは叶わなかった。得体の知れない男は奇声を上げるとともにこちらに襲い掛かってきたからだ。右腕の骨が元の大きさの数倍に膨れる。それを下から払い上げると、散らばった瓦礫まで飛来してくる。
飛んでくる瓦礫を一つ残らず払い落とすと、裕也は真後ろにいた操に向かって言った。
「どうやら説明を聞いている暇はないようですね。僕が引きつけますから、とにかく鵺退治を」
「わかりました…全員、早急に上を目指しなさい」
裕也は骨の男に向かって戦闘態勢を取る。それをきっかけに神邊一門は二手に別れ、骨の男と距離を空けながら迂回する形で扉を目指した。てっきりこいつは鵺の配下で、撃退に打って出てきたのだろうと思っていたが、どうも様子がおかしい。
(神邊家には目もくれていない。鵺の配下という訳じゃないのか? 狙いはあくまでも僕のようだし…)
「僕を狙っているみたいだけど、なんで? 人違いとかしてない?」
「してねえよ。顔無し野郎」
「ホントに身に覚えがないんだけど」
「身に覚えがないだと…?」
骨の男の目が、一瞬虚空に染まり物悲しいように鈍く光るのを見た。それに合わせて猛攻が凪ぐ。
そして鉛のような重苦しい声を出した。
「テメエ…一カ月前に『#骨女__ほねおんな__#』って妖怪を殺しただろ?」
「骨女?」
骨女、という妖怪の名を聞いた途端、裕也の脳内にフラッシュバックする場面があった。
操と澄好団地で話す前の裕也は、神邊一門と操に認めてもらうべく躍起になって妖怪退治を行っていた。およそ二カ月の間、真鈴に現れる妖怪は問答無用で戦ってきたのだ。実績を認めてもらうために、裕也は必死になっていた。それこそある意味で化け物だったかも知れない。
その時、確かに全身が骨になっている女の妖怪を退治した。大した驚異はなく、人間を襲っていた訳でもない。しかし妖怪だという理由で裕也は戦ってしまったのだ。操に指摘されたように自分の力を誇示するために。
「なんでだよ、なんでアイツを殺したんだ? 何か悪い事をしたのか? オレと一緒にいてくれるって約束したのに…もう人は襲わないって約束してくれたのに」
骨の男は嵐の前の静けさ、という言葉を正に体現していた。
半分だけ肉のついたその顔は正の感情も負の感情も何もない真っ新で無垢にも見える表情を束の間だけ見せると、骨の男の顔は目を逸らしたくなるほどに歪んだ。そしてその場にあるもの全てを吹き飛ばさんという勢いで叫ぶ。
「なんで殺しやがったぁぁぁぁ!?」
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