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「お怪我は?」
「いえ、僕は大丈夫です」
「流石ですね」
「これが絆魂した人間なのですか?」
裕也は拘束していたアシクレイファ粘菌を身体に戻しながら尋ねてみた。話にしか聞いていなかった絆魂した人間。確かに普通の人間よりも凶暴で脅威的だ。しかし対処ができないわけではないと甘い考えが過ぎった。
だが操はすぐに裕也の言葉を打ち消すように言った。
「いえ、この人達は違います。単純に術か何かで操られていたのでしょう」
「そうなのですか?」
「ええ。本物の絆魂者であれば妖怪と離れて戦う事はないはずです。ある意味で妖怪よりも恐るべき相手になるはずです」
「しかしこのまま進むのは考え直した方がいいのでは? こんな末端の連中がピストルまで持って武装してましたよ」
「そのくらいは日常茶飯事ですよ」
「え?」
妖怪と戦っていた事は重々承知していたが、こんなアメリカのアクション映画ばりの危険が隣り合わせだとは思ってもいなかった。とはいえ、妖怪の妖術と銃弾の危険度の差などはあってないようなものだが。
このまま自分一人に任せてはくれないだろうか。自分が危険な目に遭うのはいくらでも容認できるのに、妻や子たちが危ないことをするのは如何とも堪えがたい。
いっそのこと、今ここで正体を明かしてしまえば操は自分の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。
「操さん」
そう声を掛けようとした瞬間。
ホテルの中に名状しがたい不可思議な声が響き渡った。
ヒョウヒョウ、と空高くから聞こえてくるようでもあり、地から湧き出でてくるようにも聞こえる不気味な声だ。
「この声は…鵺?」
「上みたいね」
「僕が先行します」
一行は一路、最上階を目指して登って行った。
ホテルの最上階はワンフロアがパーティ会場として利用できるような設計となっていた。会場は隅にテーブルと椅子が並べられていた。ホテルとして使われていた時代には結婚披露宴や式典を行っていたのであろうことは安易に想像できる。
しかし会場には鵺の姿はなく、気配もしない。予め調べていた情報によると会場の奥には従業員用の通路があり、その更に奥には屋上へ通じる階段があるらしい。依然として鵺のヒョウヒョウという声が上から聞こえてくる。ともすれば屋上を陣取っていると考えるのが普通だろう。
これまでと同様にMr.Facelessを先頭に前進を続ける。そしてMr.Facelessが通路に出るための扉に手を掛けた時。
「やっと来やがったなぁ」
という、あからさまに怨嗟の込められた声が向こう側から聞こえたのだ。
すると扉がもの凄い力で吹き飛ばされた。正面にいた裕也はまともにそれを喰らってしまった。
「ぐっ」
アシクレイファ粘菌の衝撃吸収性能を持ってしても、まだインパクトの余韻が残っている。むしろこれが後ろに控える神邊一門に直撃しなくてよかったと、裕也は真っ先にそう思った。




