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妖怪はともかく人間の方はあからさまに様子がおかしい。ぎらついて血走った眼球には覇気がこもっているくせに、身体や表情には生気が宿っていないような気がした。
(あれが鵺が従えてるって人達か…? サラリーマンとか学生とかその道の人みたいのもいるな)
裕也がそんな事を思うや否や、連中は問答無用に襲い掛かってきた。妖怪は自らが突進してきたり、得体の知れない術で作った何かを飛ばしてきたりと色々だったが、そこ離れたモノだった。むしろ人間の攻撃の方が度肝を抜かれた。
(妖怪の方はいいとしてピストルってマジ?)
身体能力と反射神経は常人以上かつ、360度をパノラマで認知できる裕也にとって銃弾を回避することこそ容易だったが、精神的には意外なダメージをくらった。妖怪は予想外の事をしてくることが常だが、人間が予想外のことをしてくるとそれこそ想像以上に戸惑う。
裕也は気を取り直し、一気に戦闘モードにスイッチを切り替えた。
妖怪は八体に人間は五人。人間の方を先に片付けた方が精神衛生上、大変よろしい。銃火器を取り上げれば戦闘力は格段に落ちるだろう。
助走をつけ、飛び上がる。三階くらいの高さなら一飛びで上がれる。予想外の行動に戸惑うのは相手も同じだったようで、一気に距離を詰められたことに全員が慌てふためいた。
(操られていると思ったけど、意識はあるのか? それなら…)
払うなり叩くなりして銃を使用不能にすると、やはり素手でも裕也に襲い掛かってきた。案の定、徒手での戦いは素人同然だった。ほとんど戦闘不能と言っていい。
お粗末な連携を赤子の手をひねるかの如くいなすと、裕也は五人を次々と投げ飛ばした。抵抗なく宙に舞った連中は自然の摂理で落下していく。全員が言葉にならない悲鳴を上げたのを聞いて、人間味が残っているのだなと実感した。
そして五人が地面に激突する瞬間、裕也は同じように三階から飛び出すと器用にアシクレイファ粘菌を射出して五人を絡めとった。目論見通り、バンジージャンプのように地面すれすれで止まると、全員が失神するか放心状態になるかしてくれたので作戦の第一段階が終わった。
そのまま華麗に四点着地を決めた裕也は改めて八体の妖怪に注目する。その内の一体が薄い身体をくねらせながら、こちらに突進してくるのが見えた。
ヒラヒラとした蛇のようなソレは幾重にも裕也の周りを旋回する。
(こいつは、一反木綿かな?)
そんな自問をしてみたが、それ以外に思い当たる妖怪がいない。
一反木綿は数回の旋回の後、裕也を締め付けようと身体を動かした。けれども所詮は前後左右の逃げ場を防いだだけのこと。タイミングよく飛び上がると、いとも簡単に避けることができた。
飛び上がった勢いを殺さずに裕也は身体を捻った。両手の指先からアシクレイファ粘菌を鞭のように伸ばすと鋭く硬質化させる。独楽のように回転しながらしなるアシクレイファ粘菌は一反木綿を身体ごと巻き込み、それはさながらミキサーのようにズタズタに引き裂いてしまった。
一瞬で一反木綿を退けた裕也はすぐに上を見た。すると、そこには勝ち目無しと判断したのか、七体の妖怪たちか逃げ失せる背中が見えていた。
いつもなら深追いするところだが、今日は別の目的がある。行動不能にした人間たちを切り取ったアシクレイファ粘菌で簡単に拘束すると、ホテルのエントランスをざっと見廻った。そうした後、潜伏者がいないことを確認すると外に待機していた操に向かって合図を出した。
それを見届けた操は子供たちと神邊家の精鋭を引き連れてホテルの中に入ってきた。




