11-1
やがて神邊家の一行は、とある廃ホテルの前に辿り着いた。ビジネス街の一等地にありながらもそのホテルは取り壊される様子はなく、ただただ無情に目張りをされ立入禁止と書かれた看板を門番に携えていた。
この廃ホテルの噂話は裕也も聞いた事がある。それはありふれた話であるが、解体処理をしようとすると決まって事故が起こったりするというもの。今にして思えばここに巣くっているという鵺の仕業なのだろう。
神邊一門は手慣れた差配と動きでホテルの周りに散らばっていった。たたりもっけの時のように、精鋭が攻め入り他が補助を行うというのが神邊流のスタイルらしい。
やがて下準備が全て終わったのを見計らった操は、再度Mr.Facelessを見て力強く言った。
「フェイスレスさん。お願いします」
「Yes,mam. 終わったら合図をしますから」
神邊家を始め、妖怪退治を請け負う家々はそれらが掲げる看板通り妖怪に対しては無類の強さを誇る。しかし人間が相手となると簡単な話ではない。術をかければ耐性のない人間はひとたまりもないし、かと言って肉弾戦で圧倒するには別の訓練が必要になる。
妖怪に脅されたり、無理矢理操られたり、はたまた様々な理由で「妖怪と共闘する人間」にどう対処するのかは、どの退治人にもついて周る厄介な課題の一つだった。
大抵の場合は対人間用に戦闘訓練を重ねた人員を育てるか、外部に委託するかで解決するが前者は手間暇、後者は金銭と連携、安全性など問題点が多い。
そう言った意味で、Mr.Facelessはかなり貴重な人材であった。
妖怪を相手にしても素手で戦えるほどの身体能力は人間相手でも有効だろうし、単独で行動を任せられるほどの安定感がある。加えて先のたたりもっけとの戦いで操は彼の心持の変化を垣間見ていた。
自分の言葉が届いてくれたのだという確信がある。妖怪退治をやめさせようとしていたのは紛れもない事実であり本心だが、あの問答で腐ることなく真摯に自分と向き合ってくれた相手には誠意を示したいという感情も生まれていた。
そんな思いが視線に乗ったのか、裕也は何となく操を振り返りハンドサインを飛ばした。
ホテルのドアの前で一つ深呼吸をすると、錆びて埃をかぶったガラス戸を押して中の闇に消えていった。
一階のエントランスは吹き抜けになっており、とても広々とした印象を持った。だからこそ、人気のない空間の抱える物悲しさが幾重にも折り重なっている様な気になった。月明かりが微妙に差し込んでいるものの、アシクレイファ粘菌の効力がなければまともに動く事すらままならなかっただろう。
裕也の革靴の下からはアシクレイファ粘菌が抽出されており、足音はなく猫よりも静かなものだ。
それでも堂々と正面からやってきた侵入者が気付かれないはずもなく、すぐにあちらこちらの物陰から妖怪や人間が出てきた。




