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「!?」
慌てて距離を取ると、元興寺が必死に抵抗してその光を振り払おうとしている姿が目に入ってきた。そして次の瞬間、光球は元興寺ごと花火のように炸裂し、あとにはまるで蛍が飛行しているかのような光の破片が散らばったのだった。
裕也は自分のはるか後ろに気配を感じた。そこには神妙な面持ちで立つ、妻の神邊操がいたのである。
「見つけましたよ」
元興寺などはまるでいなかったかのように、操は淡々とした口調で語りかけてきた。その瞳は氷で作ったと言っても得心がいくほどに冷ややかな気配を醸し出している。
待ち望んだ状況に裕也は心臓が跳ねるのがわかった。元興寺との戦いよりもよっぽど緊張感があったのだ。
「ええと?」
頭の中のスイッチを切り替えて、裕也はMr.Facelessとして振る舞う。Mr.Facelessは当然ながら操が誰で、どういう人物なのか知らないのだからこうして無知を装った。
「お初にお目にかかります。神邊家当主の妻で、神邊操と申します」
「ご丁寧にどうも。フェイスレスです」
「失礼ながら今の妖怪との戦いを見物させて頂きました。からくりは分かりませんが、生身で妖怪と戦うとは感嘆です」
アシクレイファ粘菌に覆われていた裕也の顔はこれ以上ない程に恍惚とした表情になっていた。それほどの多幸感を味わう機会は二度とないだろう確信する。虐げられ、押し込まれ鬱屈としていた反動で喜びが溢れ出くる感覚に酔いそうだった。
他ならぬ、操に褒められたことがそうさせたのだ。
裕也はいっそ正体を明かしてしまいたい衝動と興奮とを抑えて、もう少し悦に浸ることに決めて言った。
「神邊家の方にそう言ってもらえるとは嬉しい。あなたたちに認められたくて僕はこうして妖怪退治をしてるんですから」
「認められたくて?」
「僕には神邊一門に入るような霊能力の才能はありません。けどこうやって妖怪と戦う術を身に着けた。それからは及ばずながらこうしてお手伝いをさせてもらっています。あなたたちと一緒に戦いたいから」
「…なるほど。薄々は感じていましたが、やはりそうですか」
「当主の奥様だと言うのなら頼んでくれませんか? 僕の実力はそろそろ理解してもらえたでしょう。神邊一門と一緒に戦わせてください。そうすれば僕の正体もお教えしますよ」
少々思っていた状況とは違うものの、裕也はこの一月の間寝ても覚めても伝えたいと思っていた事を伝えられた。家で子供たちの反応を見ていたがMr.Facelessへの印象は決して悪いモノではない。義母にどう説明するかが恐らく最大の難所になるだろうが、操が共に説得してくれるのならもう怖い事は何もない。
神邊家の、本当の意味での家族の一員になれる。裕也はそう思った。
だが。
「お断りいたします」
帰ってきた言葉はどんな不協和音よりも嫌厭たる響きだった。




