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澄好団地は十三棟の集合住宅が斜めに折り重なりながら、敷地内にある広場を取り囲むように建てられている。その広場は子供たちが遊べるような広場、花壇、散歩コースなどがあり、ここが団地として機能して頃は住民たちの憩いの場になっていた事だろう。しかし今となっては雑草の楽園というべき有様だ。
裕也が気配に導かれるままに下の階に降りると、元興寺はいとも容易く見つかった。
十三棟の住宅は七棟と六棟に別れており、それぞれは奇数階にある連絡橋で繋がっていた。元興寺は三階の三号棟と四号棟の連絡通路をのそのそと移動していたのである。
てっきり隠れているのもだと思っていた裕也は、端的に言って油断していた。何の捻りもなく階段を降りて角を曲がったところ出合い頭で元興寺と鉢合わせたのだった。けれども元興寺の方は裕也の存在に気が付いていたようで、咆哮と共に襲い掛かって来た。
元興寺は鬼の一種である。ボロ布で全身を覆っていたが赤黒く鋭い歯と爪が異様な殺気を孕んでいた。
「Wait,Wait,Wait」
そんな制止などは聞く耳持たず、元興寺は裕也への歯と爪の猛攻を繰り出してくる。先手を取られタイミングも体勢も悪かったが、一つだけ裕也の味方になってくれるものがあった。
通路の狭さだ。
ざっと見積もっても元興寺は人間の体格の倍はある。団地の通路は元興寺にとっては手狭な空間であり、今一つ動きが本調子ではない。それは向こうも感じていた事の様で、向かって右側にある転落防止用の欄干を壊しながら襲い掛かってくる。
それを見た裕也はこれ幸いと思い、欄干を乗り越えて下にある中央の広場に向かって飛び降りた。そのタイミングに合わせて裕也は腕を伸ばし、元興寺の羽織を掴むと思いきり力を入れた。
元興寺からしてみれば理外の攻撃だったようで、重さ以外のほとんどの抵抗を見せずに投げられる結果となった。落下の速度を上乗せした投げ飛ばしは鮮やかに決まり、二、三本の木々をへし折るほどの威力となる。とは言え相手も妖怪であるので、それほどの攻撃でも多少のダメージにはなっても致命傷には至っていなかった。
それどころか逆上した元興寺は形振り構わず裕也に殺意を当ててくる。しかし、広々とした広場にあっては避けたり防いだりするのに何の障害も生まれなかった。
元興寺は火を吐いたり、雷を放ったりというような攻撃方法は一切見せず牙で噛みつくか、爪で切り裂くといった単純な攻撃しかしてこない。尤もそれであってもまともに喰らえば十分致命的なのだが。
(言ってしまえば怪力が特徴の妖怪か。驚異的ではあるけど得体の知れない妖術を使う妖怪に比べれば見劣りするな…少しつまらない)
そんな考えが過ぎった時、突如として元興寺が青白く光る光球に包まれてしまった。




