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裕也の計画の発端は偶然に知り得た情報からだった。神邊の一門の誰かが操が直々に対処を試みている妖怪がいると噂しているのを耳にしたのだ。
その妖怪は名を「元興寺」と言った。
それを知ってからいくつかの目論見が生まれていた。
操が直々に狙うということは相当な力を持った妖怪であることが伺い知れる。ともすれば実力の伴わない者を遠ざけるから二人きりになれる可能性が増す。うまく助力することができればMr.Facelessに対しての認識や考え方を改めるかもしれない。いや、この際他の門徒に邪魔されずに話ができる状況を作れるだけでもいい。操にさえ自分のやっていることを打ち明けられさえすれば、彼女にだけ認められればそれは神邊家に認められたのと同義になるはずだ。
裕也はその一念で、最近は大胆な行動をするようになっていた。
今までは操たちが日々の見廻りに出た後、しばらく間をあけたり、一日ごとに間隔を設けたりしてから町へ繰り出していた。操たちの留守中に呼び出されたり、誰かが部屋を訪ねてくることなど数年に一度あるかないかの珍事であるのに、いざ自分がこっそり抜け出すようになると、妙な不安に苛まれていたからである。
しかし案の定というべきか、裕也のことを気に止める者は操を除いて誰もいない。悲観的な事実であったが、こうやって忍んで動かなければならない状況と事情があるならば逆にありがたいと、裕也は自虐的な笑みをこぼして神邊家の塀を越えていった。
神邊の屋敷は近隣の住宅の中でも取り分け高い地区にあったので、町に向かうにはどの道を使おうとも下っていくことになる。その上、神邊家の移動用の車は黒塗りの高級車、それが複数台が連なって走行していくので見間違えることもない。家を出るタイミングさえ違えなければ追跡は全く困難ではない。
屋根から屋根への忍者気分をしばらくは堪能していたが、次第に街灯や電飾が多くなってくると神邊家以外の目も気になってくる。
「町に入ってからならビルに紛れられるけど、そこに行くまでが少し厄介だな」
思わず自分の心情を吐露する。しかし裕也の心配は杞憂に終わる。神邊家の一団は街に最短で向かう道を使わずに大きく迂回するように進んでいく。道すがらビルまではいかずともマンションや人家が密集してくれているお陰で尾行に手間取ることはなかった。
そして推察するに今日の見回りはどうやらオフィス街や繁華街ではなく、この町のベッドタウンの方へと向かっているようだ。
やがて数台の車が停まると、神邊の一門たちがぞろぞろと降り始めた。その到着した場所を見て裕也は呟く。




