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「ねえ、父さん」
「え? どうしたの」
その言葉に裕也のみならず、操も姉妹たちも含めた家人全員が驚いた。子供らが裕也に声をかけるというのはそれほどまでに稀有なことになっていたのだ。
「そのMr.Faceleesが俺達一門を見かけると軽い挨拶してからブレイカレグって言ってから去るんだけど、意味分かる?」
「ああ、”Break a leg”だね。『御武運を』とか『幸運を祈る』みたいな意味の言葉で、演劇とかコンサートの本番を迎える人に使ったりするんだけど」
「演劇やコンサート、ね」
ぼそり、と操が呟く。その顔は先程に輪をかけて陰鬱としたものになっていた。
「かっこいい。俺、あの人に英語教えてもらおっかな」
「馬鹿を言うんじゃありません。むやみにあの『のっぺらぼう』に近づかないこと」
そこまで声を張ることか、と言いたくなるくらい操は声を荒げて夏臣を叱咤した。あまりの事に夏臣は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして目を泳がせている。そして操は返事のない様子を今度は優しく諌めるように言った。
「いいわね、夏臣」
「…うん」
「あなたたちもよ」
「わかってるよ」
そうして神邊家の今日が終わった。
自室に戻った裕也はMr.Facelessに変じると、姿見を見つつ自問自答した。
「何だか溝が深まるばかりだなぁ」
仮の姿であっても大衆や子供たちからMr.Facelessが認められているというのは本当に嬉しい。しかし一番に認めてもらいたいのは・・・。
「こうなったら操さんに直接打ち明けるべきか?」
しかし、それは今さらというものだ。敵対、とまではいかなくても操は誰の目に見ても明らかにMr.Facelessを拒絶している。そして拒絶をする理由が裕也にはまるで検討がついていない。このまま正体を明かしたところで、事態が好転する未来が見えない。
怒られるか、貶されるか、もう辞めるように諭されるか。
いや。それだけならまだしもMr.Facelessに対する拒絶を裕也本人にまで波及されでもしたら・・・?
それだけは何としても避けたい。
そうなると打ち明ける前に、ワンクッション挟ませてみるしかない。裕也は数日前から思い付いていた計画を実行するべく、もう一度策を練り直すことにした。




