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「また現れたのですか? その『のっぺらぼう』は」
「ええ。どうも監視というか…私達をつける事で妖怪を探しているみたいです」
いつも通り、空が白んだ頃に帰ってきた妻子たちに義母が重苦しい声で質問を飛ばしている。
裕也が毛羽毛現を退治してからおよそ一月がたった頃。Mr.Facelessは神邊家は元より真鈴周辺で活動をする退治屋集団の一番の注目株となっていた。
連日連夜に裕也はMr.Facelessとして密かに活動をしていた。いくら留守にしても家では腫れ物扱いを受けている裕也を訪ねる家人は一人もいないのが幸いしていたのだ。
およそほとんどの退治屋たちがMr.Facelessの目的、正体、能力などについて調査をしていたが、尻尾すらつかめていない。
彼らの立場からすれば決して愉快な存在ではない。
けれども大衆にとって見れば、奇想天外な新進気鋭の存在であるMr.Facelessは一部でカルト的な人気を集めるほどになっていた。
退治屋は妖怪から市民を守るという大義を掲げる反面、少々横柄に対応するきらいのある者が多く、手放しで喜ばれる存在ではなかったのだ。反面、Mr.Facelessとして振る舞う裕也は長らく思い描いていたヒーロー像を投影して演じきることに徹していた。顔が見えない分、変身願望はいとも容易く満たされ、普段なら決してできないであろう言行もすることができていた。それが町の人間にはすんなりと受け入れられていたのだ。
「何か分かったことはありましたか?」
「いえ、何も。お母さまは?」
「他家の祓い人にも聞いてみましたが、やはり同じ答えでした。他の家でも手を拱いているそうです」
二人は焦りや困惑や怒りなどが詰まった陰鬱な雰囲気を纏ったのだが、それを子供たちが無邪気な声と意見で打ち消す。
「お母さんもお婆ちゃんも何を気にしてんのさ。妖怪退治してくれるんだから俺達の味方だろ?」
「かっこいいしね、『のっぺらぼう』さん」
「ミスターフェイスレスでしょ」
発想が柔軟なのか、自分達の立場を正しく理解していないのかは分からないが子供たちはMr.Faceless に対して大きな嫌悪感を持っていない。退治屋たちとの溝を埋められずにやきもきしている裕也にとっては、この事実はとても大きなものだった。
しかし、それも最愛にして尤もMr.Facelessを理解して受けいれてほしい人に一蹴されてしまう。
「敵か味方かの判断はともかく、あの『のっぺらぼう』は危険な事には変わりないわ」
「危険?」
「ええ」
危険、という言葉がやけに引っ掛かった。裕也は妖怪退治をしている上で何度も人を助けてきた。少なくとも人間相手に敵対している関係ではないことは十分に伝えられているはず・・・他の退治屋と違って裕也の集めた名声を妬んでいる訳でもない。正体が分からない不安をそう表しただけなのだろうか。
裕也がその言葉の真意を確かめようとヤキモキしていると、不意に夏臣に声をかけられた。




