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引き寄せる勢いを利用して、渾身の一撃を叩き込む。今まで経験したことのないような感触が左手から全身に伝わった。
毛羽毛現は溺れるような息づかいと、くぐもった声を漏らすと全身が白く偏食していき、とうとう灰になって崩れ落ちてしまう。それはビル風に煽られて何処かへと消えていった。
通りにいた人達は、正体や家庭はどうであれ自分達に危害を加えることはなく、妖怪を退治してくれたということを理解したようで、徐々に拍手や喝采で裕也を讃えてくれ始めた。だが、それも束の間。人だかりを押し退けるように黒装束の集団が列挙して押し寄せてきた。神邊の一門だ。
「Are you serious?」
裕也はそんな気さくなあいさつをした。妖怪退治を見事に達成した自分の中では、すでに神邊一門は同輩のつもりになっていたのだ。だが、当然ながら相手から返ってきたのは、嫌疑の眼差しと態度だった。
「てめえ、何者だ?」
「さっきも聞かれたけど、Mr.Facelessって名前があるから、そう呼んでくれると嬉しいな」
飄々とした様子に、門徒たちはざわめいた。
「何だコイツ?」
「のっぺらぼう…じゃないのか?」
「こいつからは妖気が全く出ていない。妖怪じゃない」
「人間でもないだろ」
そういうと一人の門徒が前に歩みだした。
この男は本家で見たことがある。言ってしまえば一門の師範代的存在で、操が不在の時は彼がまとめ約にされることが多い。とは言っても裕也は彼の名前を知らない。お互いに面識はあるくせに、あらゆる方面からないがしろにされていた裕也はあいさつをする機会すら与えられていなかったのだから。
「お前を拘束する。動くな」
男は持っていた錫杖を構えた。
乱暴な申し出に裕也は慌てた。少なくとも拘束されるような謂れはない。
「ちょっと待ってくれ。今の戦いは見ていただろう?」
「ああ、遠巻きにな」
「僕は妖怪を退治した。敵対するつもりはないんだ、言ってしまえば君たちの味方だ」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。けどそれを判断するのは俺達じゃない」
「なるほどね」
そう言われてしまうとそうなのかもしれないと思ってしまった。
だが捕まるのはごめんだ。恐らくは操のもとに引き渡すつもりだろうが、そんな惨めな出会い方はしたくない。こんな素晴らしい力を手に入れたのだ。劇的な演出は望まないにしても、今までの自分のイメージを払拭してみんなに認めてもらいたい。
思うが早いか、裕也は真上に垂直跳びをした。二、三階の高さまで飛び上がると腕を伸ばして、隣のビルの壁に張り付く。
まさかの行動に、一門の連中は驚く以外の反応が見せられなかった。
「なっ!?」
「待て!」
そんな声を背中に受けたが、当然止まることもなく裕也の姿は瞬く間にビルの向こうへと消えていった。




