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するとその時、怯みから回復した毛羽毛現が腹いせをするかのように攻撃を仕掛けてきた。無数の体毛で絡み付いたり、通りにあった自転車や看板を手当たり次第に投げつけてくる。
まさしく猛攻と言うべき応酬であったが、今の裕也にとってはまるで取るに足らない攻撃に思えて仕方がない。避けるも受けるも何の苦も感じない。その上、裕也は一足で間合いを詰め、正拳突きを一発見舞うことすらできた。
目に見えて毛羽毛現の動きが鈍る。
本来妖怪への干渉は霊力によって扱われる退魔術か、さもなくば兵器レベルの破壊力を持つ物理攻撃しか有効ではない。つまりは今の裕也は素手の状態で重火器並みの攻撃力を有していることの何よりの証明となっていた。
「お前、妖怪じゃないな・・・」
突如として毛羽毛現が口を聞いてきた。
妖怪がコンタクトを取ってくるのはこれが初めてのことだったので裕也は驚いたものの、なんとか平静を保って返事をした。
「あ、やっぱり妖怪には分かるのか?」
「妖気が感じられん。だが、人間の動きとも思えん、一体何者だ?」
「一応、Mr.Facelessって名前があるから、そう呼んでくれると嬉しいな」
「ミスターフェイスレス?」
「Yes」
「…」
数秒の沈黙の後、毛羽毛現の放つ気配が一段と濃くなった。周囲の気温が下がったような錯覚を起こし、思わず身震いをした。
毛羽毛現はぐねぐねとした気味の悪い動きを見せると、急に飛びかかってきた。体毛が前後左右上下の方向に伸び、一回り大きくなっている。問題なのは伸び代が一定でないので、微妙に毛羽毛現本体の場所が直感的につかめない点だ。先程とは違い、全身全霊を以て襲ってくる体毛にからめとられるのは得策ではない。
二手、三手は防戦に回っていた裕也だったが、妙案が浮かんだ。アシクレイファ粘菌の粘着性を利用して毛羽毛現の動きを制限できないかというものだ。
突飛な発想をすぐに実現できる行動力が今の自分には備わっていることを改めて実感すると、裕也は妖怪と戦うことに恐怖よりも楽しさを見いだしていた。
裕也は早速、それを試してみた。
大通りに面してるビルの壁を縦横無尽に飛び回り毛羽毛現を翻弄すると、指先から粘菌を抽出し、カウボーイの投げ輪の如く振ってから投げつけた。毛羽毛現は咄嗟にそれを払い除けたが、それが狙いだから問題ない。粘菌は接着剤のように体毛にこびりつき、ひとつの束にしてしまう。それを取ろうともがくうちに、とうとう毛羽毛現の体のほとんどが粘菌によってまとめられてしまった。
しかし、同時に危機感も覚えていた。
裕也の保持する粘菌も無尽蔵に湧いて出てくるわけではない。毛羽毛現を束縛する粘菌の質量が増えるほど、裕也の体の中からはそれが失われていく。生命活動の一切をアシクレイファ粘菌に頼っている以上、これ以上の無茶はできない。
思いきった裕也は毛羽毛現をからめとったまま、アシクレイファ粘菌を体の中に引き戻した。それにつれられて毛羽毛現も引き寄せられる。体毛のほとんどを封じているせいで、本体の場所が丸分かりだ。
一気に勝負をつける。裕也はそう決意した。




