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どうにか大通りに出た女は形振り構わずにそう叫んだ。
通りには繁華街の名に違わぬほど人がいたのだが、同じく悲鳴を上げて逃げ出すか、さもなくば女の声がした方を見るばかりで誰も近づこうとすらしていなかった。
「アレ、ヤバくね?」
「退治屋呼んだ方が」
「いや、間に合わねえだろ…」
妖怪が女一人をターゲットにして、自分達に害が及ばないだろうと高みの見物気分になった群衆たちは、口々にそんなことを囁いては事のなり行きを静観し、あまつさえスマートフォンで現状を撮影する者もいた。
この町の者達は、悪い意味で妖怪に慣れてしまっている。この町で妖怪に襲われることは非日常ではないのだ。
女は鬼気の形相で必死に自分に絡み付き、路地に引きずり込もうとしている毛羽毛現に抵抗している。だがそれも時間稼ぎにしかなっていない。
咄嗟の出来事に裕也は壁に張り付いたまま、石のように固まってしまっていた。その時、女がもう一度だけ「助けて」と叫んだことで我に返った。さもなくば多くの群衆と共に傍観者の一人になり下がるところだった自分に心の中で喝を入れる。そして気を取り直すと、壁を思いきり蹴り、獲物を襲う鷹のごとき勢いで女を助けにいった。
地面に着地すると、すぐさま女に絡み付く毛羽毛現の職種にも似た毛を鷲掴みにする。そして女に衝撃が伝わらないように毛を余してから踏みつけると、未だに路地の闇に隠れている本体を引きずり出すために、背負い投げの要領で毛を引いた。
アシクレイファ粘菌によって強化された筋力はいとも簡単に毛羽毛現を引きずり出す。それこそ、羽を放るかの如く容易い動きだった。
空に舞った毛羽毛現は抵抗を示す間もなく反対側のビルの壁に叩きつけられてずり落ちた。落ちたところは、近所の飲食店のゴミの収集場所になっていようで、そこだけを切り取ってみれば捨てられたカーペットのような有様だ。怯んだ毛羽毛現の体毛はスルスルと緩み、掃除機のコードよろしく本体の方へと引っ込んで行った。
女の安全が確保されたのを見届けてから、裕也は彼女に手を差しのべながら尋ねた。
「Are you OK?」
ところが返ってきたのは、裕也の意にはそぐわない甲高い悲鳴だけだった。
「きゃああああ」
再び女は必死の様相で人混みの中に駆けていった。群衆の関心は女の悲鳴を皮切りに裕也の方へと向いていた。
「なんだ!?」
「『のっぺらぼう』だ」
「妖怪と妖怪が戦ってるぞ!」
そのざわめきを聞いて、裕也はしまったと思った。
確かに傍目には自分だって妖怪と何ら変わらない。それが人を助けたりしたのなら、興味はそちらに募るに決まっている。
裕也はそれでも女を助けられたのだから良かったと結論付けた。




