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全身に微弱ながらも悪寒が走ったことに裕也は気がついた。より正確に言うのならば、全身をくまなく覆っているアシクレイファ粘菌が違和感を覚えている。右半身の粘菌が波打ち、腕のそれに至っては動物の毛が逆立つように細かく突起していた。
すると裕也の脳裏にはタンスの引き出しを開けたかのように、その反応についての知識が脳内に湧出してきた。
先日に事故を起こした際に宇宙人たちのドローンが原因を簡易分析した結果、アシクレイファ粘菌にデータを移行し、妖怪に近づくと危険察知するように自己学習させていたと言うのだ。
(つまり、近くに妖怪がいるってことか・・・)
裕也は粘菌の反応に導かれるように、ビルとビルの合間の路地へと壁を伝って入っていった。ネオンや街灯の光が遠いせいで、奥に行けば行くほどに暗闇の支配が濃くなっていた。
裕也がその路地を覗き込むと、ちょうどよく裏口とおぼしきドアを開け如何にも仕事終わりのような若い女が一人出てくるところだった。女は本能的に何かを感じ取ったのか、一度身震いをすると、すぐに大通りの方に向かって歩き始める。背中には永遠に続くかのような闇を背負っていた。
その闇の中。
蠢きながら潜む不穏な影があった。
闇と同じ色の体毛を全身から生やしており、大きさは進むごとに少しずつ大きくなっていた。その進み方を見て、かろうじてどちらが前であるかが分かるような得たいの知れない不気味さがある。
毛むくじゃらのそれは大通りから差し込む光に徐々に照らされて風貌を露にする。それでも全身が真っ黒い毛に包まれていることと、頭と思える部分から鈍く光る二つの目があること以外の一切がわからなかった。
・・・『毛羽毛現』かっ!?
曲がりなりにも裕也は妖怪退治一家である神邊家に籍を置く身である。直接仕事に関わることは少なくとも妖怪に対する知識は持ち合わせていた。
その名の通り、全身を毛に覆われた謎の多い妖怪である。毛羽毛現は稀有怪訝を捩ってつけられた名前といわれ、現れることそのものが稀な妖怪だ。しかし一度現れると人間に災いをなし、多くの場合は病をつれてくると言われている。
毛羽毛現は誰の目にも明らかに前を歩く女を背後から襲うつもりでいた。けれども焦りが出たのか、それとも恐怖を煽りたかったのか、毛羽毛現は路地の端にあったゴミの固まりにぶつかると盛大な物音を立てた。
女は猫のような機敏さで後ろを振り返った。そして後ろにいた妖怪を目視すると甲高い悲鳴を上げて逃げ出した。命の危機が迫った逃走は驚くべき早さであったが、毛羽毛現の黒い体毛はそれよりも素早く延びてきた。
「誰かっ! 助けてっ!!」




