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高台にある真鈴町からは繁華街の出す光が星空のように輝いているのが見えた。旧家や如何にも富裕層の住んでいるような住宅街の景色は、下るにつれどんどんと鉄筋とコンクリートで作られたビル街へと変貌していく。
住宅地を飛び跳ねている間は、時間帯のせいで人気は薄かったのだが町にまでで来るとそうはいかなかった。良男市須丹区は全国でも有数の歓楽街であり、地域の住民は元より観光やビジネス目的で多種多様な賑わいを見せているのだ。真鈴町からやってくると、大きな川にぶつかり、そこには自動車用の橋と鉄道用の橋が数本掛かっている。これを伝って向こう岸まで辿り着くといよいよ中心部に辿り着く。
裕也は操たちの動向を確認して、普段はどのような活動をしているのかを調べることを今日の目的としていた。正体を明かすことはやぶさかではなかったのだが、何となく劇的な演出にしたいと欲が出ていたのだ。だからなるたけ人目を避けて秘密裏に動きたかった。そうでなくともこの見た目は妖怪と言って差し支えないのだ。誰かに見られでもしたらパニックを引き起こすかも知れない。
そう思い立つと地力の跳躍だけでの移動を制限し、鉄道の高架線の下を通った。靴の底から滲み出たアシクレイファ粘菌はペタペタという感触と共に橋の裏側に張り付き、まるで古い西洋映画に出てくる吸血鬼のように逆さまになりながら進んでいける。重力は勿論感じるのだが、それをものともしない程に力強い筋肉と体組織が備わっているとひしひしと感じていた。
やがて橋を渡りきった裕也は、川沿いの端にある電気の消えたビルの屋上へと向かった。そそり立つ壁は今の裕也に取っては平坦な道と何も変わらない存在だ。
中心部に行くほど、ネオンの光は輝きを増している。それを眺めながら裕也はどうやって操たちを見つけようかと思案していた。が、しばらく考え込んでも妙案は思いつかず、結局は町を縦横無尽に飛び回って探すことにした。門下の者も含めれば百人程度の規模でパトロールしているはず。この街にして見れば誤差の範囲のような人数だが、神邊家の関係者は皆が一様に山伏を模したような黒い和装束を身にまとっているはずだから、きっと目立っていることだろう。
街を駆け回ると言っても、実際に移動するのはビルの屋上や側壁、もしくは高架道路や商店街のアーチの上だから誰かに目撃されるリスクは低くなると裕也は考えた。おまけに高いところからの方が探し物は易しくなる。
そう決めると次にアシクレイファ粘菌の性質を応用したアイデアが色々と湧いてきたので、裕也はそれを早速試してみようと試みたのだった。
どこかのビルの屋上にある転落防止用のフェンスの一番上に手を掛けると、そこに粘菌を付着させて大きく後退した。粘度の高いそれはがっちりとフェンスに張り付いたまま、腕の汗腺から溢れ出ていく。傍目には裕也の腕が伸長した風にも見えた。そして粘菌を再び身体へ物凄い速度で注入させると、その勢いを利用してビルからパチンコ玉のように飛び出した。
放物線を描き、裕也の身体は須丹の街の上を飛ぶ。
普通ならばこの時点で恐怖にかられて悲鳴を上げるだろうが、裕也は自分でも不思議な程に落ち着き払っていた。近所に散歩に出かけたのと同じような穏やかさだった。やがて重力に引かれ、落下していくと今度は足を思い切りよく前へと蹴り出した。先ほどと同じ要領で足から抽出された粘菌は伸びていき、程よい距離にあるビルの縁に足の裏がくっついた。すると、やはり先ほどと同じ要領で身体を縮小させると今度は半ばで足を離して振り子の反動を利用して飛んだ。




