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やがて食事が終わると小一時間の小休止を挟み、小隊とも呼べるような人数で操と子供たちが夜の街へと向かって行った。車が石畳を走り門の外へと消えていくのを見届けると、使用人や義母たちがぞろぞろと活動を始めた。
裕也は最後の一人になるまで、ポツンと玄関に取り残されている。操が家を離れた以上、ここには裕也の味方は誰一人としていないのだ。操の目のある間は家人や使用人たちも多少なり気を使うのだが、留守の間はずっと孤独感と疎外感と共にいる事になる。碌な仕事もなく、おいそれと外出も許されない裕也は自室に自ら幽閉されることで時間を過ごすのが常だった。
しかし、それは彼の中で過去の話になっている。
小屋に戻った裕也は逸る気持ちを抑えながら、昨日と同じスーツを着て靴を履いた。そして自らを落ち着かせる意味で深呼吸を挟むと体表にアシクレイファ粘菌を抽出するように念じてみた。
ワイシャツやズボンの下に、いつか理科の実験で作った覚えのあるスライムのような感触が伝わると、すぐに自分の肌の感覚と同化していった。
昨日引っ張り出してきたノートに書かれた絵と、姿見に映っている自分の姿とを見比べてみた。
「What’s up? Mr-Faceless」
自然と英語が口から出てきて、裕也は思い思いのポーズを取る。
そこには心の底から憧れて止まないアメコミ風のヒーローがいる。しかもそれはかつての自分のデザインしたキャラクターなのだ。まるで小さい子供がテレビで見た特撮のヒーローに自己投影するのと同じように、裕也は年甲斐もなく舞い上がっていた。
五分、十分の間はそれだけでも満足だったのだが、次第に彼の心の中には別の欲望というか考えが芽生え始めたのだった。
この姿とアシクレイファ粘菌の能力があれば、妖怪退治の仕事の手伝いができるんじゃないか。
そんな思いが頭の中に過ぎった瞬間、彼の自己承認欲求は十数年のうちに溜まり込んでいた鬱屈した感情のタガを外してしまった。
この力があれば………。
操の役に立てるかもしれない。
子供たちから失せている威厳と尊敬を取り戻せるかもしれない。
義母に認めてもらえるかもしれない。
本当の意味で、この家の主となることができるかもしれない。
今までは夢想する事しか許されなかった、くだらない妄想だが今の自分にはそれを実現できるチャンスが与えられているのだ。一度その考えを持ってしまった裕也は居ても立っても居られなかった。
気が付けば、昨日の修行用の山の森で見せた全身がバネになったかのような身体能力を駆使して部屋どころか、神邊家を囲う塀さえも飛び出していたのだった。




