7‐1
翌日。
他家にとっては夕食、神邊家にとっては朝食の時間となった。例によって子供たちは別の部屋へ入り、裕也は操と義母との三人で慎ましやかな食事をする。普段はほとんど無駄口を聞かず食器のこすれる音だけが空しく響くだけなのだが、この日に限って珍しく義母が喋りかけてきたのだった。
「最近の調子はどうですか?」
裕也と操はぎょっとして顔を見合わせた。どちらに聞いてきた質問かは分からなかったが、まさか裕也にしたとも思えず操が丁寧に答えた。
「私は勿論調子がいいし、子供たちだってかなり術の扱いが上達してきてますよ」
「近頃、よくない噂ばかり耳にします。十二分に気を付けなさい」
「ええ。分かってます」
よくない噂、という言葉が裕也の耳に残った。とは言え、それはどういうことですか、などと尋ねる訳にも行かず、目配せで操に聞いたのだった。
「最近になって絆魂する人たちが増えてきているの」
「え? 絆魂者が?」
退治屋家業の事情に精通していない裕也が、それに関することで驚くのは稀だ。それほどまでに意外な情報だったのである。
絆魂とは、書いて字の如く魂同士が強い絆で結ばれるという意味を持つ。字面だけならば素晴らしいものに聞こえるがその言葉が示す実情は大きく異なる。何故ならば魂同士が強く結束するのは、人間と妖怪の間で起こるからだ。
未だに原理や条件、要因などの多くが謎に包まれたままであるが、絆魂した人間と妖怪は人智を遥かに凌駕し、理屈では推し量れない強い何かで繋がる。そして絆魂が与える影響はそれだけにとどまらない。
妖怪の場合は往々にして、個々の妖力が強まり更に驚異的な存在へと変貌する。人間にしても、妖怪と言葉によらない意思疎通が可能になり、繋がった妖怪の妖力を自分の元として扱えるようになるという。妖怪は、どれだけ残虐非道なそれであっても、絆魂した人間だけには決して危害を加えることはなく、人間も絆魂した妖怪に対しては一切の恐怖感、嫌悪感、不快感を払拭されるという。
それだけであればいいのだが、絆魂した妖怪と人間は大抵の場合、突発的に得た力を持て余し、悪事に手を染める。
特に神邊家のような祓い屋稼業にとって絆魂することは最大の禁忌であり恥辱と捉えられ、どの一族であっても絆魂者には厳罰を持って対処を計るのが通例となっている。
しかし、絆魂者というのは滅多な事では現れず、数十年に一人出たら多いと言われるほど希少な存在でもある。それが最近になって増えてきていると言われれば、驚くのは妖怪退治稼業に携わる者として当然の反応だった。
「十数年前に名門の神山家のお嬢さんが、どこぞの鬼と絆魂して姿を暗ました事件がありました。それから久しく聞いていませんでしたが、この間の会合で各地で絆魂した者が度々目撃されているそうです。真鈴ではまだ聞きませんが、くれぐれも油断のないように」
「わかりました。子供たちにも言い聞かせておきます」
それで奇妙な合間の会話は終わった。それからは、またいつも通りの静寂に耳が痛くなる食事の時間へと戻って行った。




