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「あ。これだ」
如何にも書きかけの絵で他のものに比べて書き込みも設定も中途半端なヒーローが描かれている。顔に関しては最早輪郭だけしかなく、スーツを着たのっぺらぼうのようだ。それを見て裕也は、スーツを着て教鞭を取る数学教師の服装をそのまま模写したことを断片的に思い出した。
具体的な事は書いていなかったが、ページの一番下に太いマジックを使い、表紙と同じ字体で名前が書いてあった。この書き方がえらく気に入っていたんだ。
「…Mr.Faceless」
顔無の男、とでもなるのだろうか。顔のデザインを思い付けない事を逆に設定に落とし込んだヒーローだ。今となっては去年に動画サイトで見たスレンダーマンに酷似した見た目となっているが、裕也は無性にこのMr.Facelessの恰好を真似したくなったのだった。
押し入れから出した荷物もそのままに、今度はクローゼットを開ける。クローゼットと言っても名ばかりで、備え付けの物置に物干し竿を括りつけて作った粗末なものだ。しかも母屋の荷物も置かれているので、スーツが二、三着とちょっとした私物をしまうくらいのスペースしかない。尤も、滅多な事で外出はせず、人と会う機会も極端少ない裕也はこれで困ることはなかった。
すぐ様スーツに着替えると、畳の上にタオルを敷き、革靴まで履いて姿見を見た。アシクレイファ粘菌を先ほどと同じように全身に這わせると、そこには正しく、Mr.Facelessの姿があったのだ。
「でも、靴を履くと足の裏に粘菌を出せないな」
アシクレイファ粘菌の粘着性や衝撃吸収性能、耐熱耐寒性を体験した後だと、足の上らとは言え粘菌を作用させられない場所を作るのは少し憚られた。かと言って靴ごと覆って裸足のようになると見た目が悪い。
思案した結果、裕也は革靴の底に錐で穴を開けて、そこから粘菌を抽出させてはどうかと考えた。
目論見はうまくいき、見た目と機能性を両取りすることが叶った。
「よし…これなら!」
声が上ずって、自分で思っているよりも高揚している事にそこで気が付いた。
その時。裕也の部屋の中に、操たちを乗せた車が戻ってきたことを知らせるベルが響いた。
慌てふためき着替えを済ませると、大急ぎで玄関を目指す。しかし、今までと違って汗をかくどころか息を切らす事すらなかった。




