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裕也に投与されたアシクレイファ粘菌とやらは、これを施して行った宇宙人たちの母星では軍事目的と医療目的の二つの用途があるらしい。より正確に言えば、その粘菌の中に組み込まれたナノマシンに秘密がある。
そのナノマシンの開発に至った経緯とは、細胞分裂の速度を細胞劣化を極端に低く保ったまま促進することにあった。ところが実験は想像以上の成果をもたらし、欠損した細胞の修復や、新陳代謝の活性化、感覚機能の強化などの効果を副産的に生み出した。更にDNAを自動で読み取ってあらゆる生体に適合する効果や、神経を介しナノマシンの制御を脳波でコントロールできる機能などが続々と付与されていった。そしてそのアシクレイファ粘菌は今も皮下に保たれて裕也の生命維持活動に大きく貢献している。
裕也は頭に過ぎったアシクレイファ粘菌の使用法を可能な限り試してみたくなった。
まず皮下にある粘菌を汗腺を通して、手の平の表皮に出すように念じた。まるで腕や足の他に動かせる四肢が一つ増えたかのような感覚だ。事実、神経を駆使して操れるのだからその感覚は決して間違いではない。
そして裕也の右の掌に光沢感のある鈍色の粘菌が現出してきた。片栗粉に加水して固めた様な、そんな感触が伝わる。
裕也は人差し指を机に押し付けて、それを上に伸ばしてみた。途端に粘菌が机に粘着したまま糸を引く。面白く感じたのは、その粘り気を見せる粘菌にも感覚があることだった。カウンターテーブルの無機質な冷たさや質感が、粘菌を通して確かに感じられた。次に粘菌に机を離すように念じてみると、すぐに剥がれて巻き尺を戻す様な勢いで指先に戻って行く。
なんだかプチプチの緩衝材を延々と潰せるような妙な楽しさというか中毒性があり、裕也は人目を忍んでしばらくの間、同じ動作を繰り返していた。
そうしているうちに、何だかもっと大胆に身体を動かしたくなってきた裕也は、気が付けば店を出てタクシーを拾っていた。
三、四十分ほどタクシーに揺られると、神邊家が保有している私的な山の麓までやってきた。こんな夜更けに山などに向かっていたので運転手には大層心配され、気味悪がられたが、神邊の名前を出すとすぐに納得のいった表情になり、感謝と激励の言葉を送ってきた。きっと霊能者か何かと勘違いされたのだろう。訂正するのも気が悪いと思ったので、裕也は適当に相槌をうって誤魔化してしまった。
タクシーを見送ると裕也は人気のない夜道を歩いて、夜の森の中に消えていった。




