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ある畦道の話

作者: 燃えない薪
掲載日:2020/02/22

 道である。あたり一帯には墨汁を注がれたような暗い夜が広がっていて、周りの光景を覆い隠している。私の前には街灯に照らされた畦道が伸びているのみでそれ以外の様はようとして知れない。僅かに小さな水の音が聞こえるが水の場所もわからない。それでも、前に進まねばいけないという事だけは分かった。


 一つ目の街灯の下では子供にあった。まだ五、六歳の幼児だろうか。私はその子に話しかけた。

「こんな所で何をしているの?」

その子は答えた。

「向こう側へ行くんだよ。お母さんに会いに行くの。」

私はその子に尋ねた。

「だったら一緒に行ってあげよう。お母さんに会えるまで送っていくよ。」

その子はにっこり笑って

「だめだよ。お兄さんはまだあっちまで歩かなきゃいけないんだからね。」

そう言って私とすれ違ったその子は直ぐに後ろの夜へ溶けて消えてしまった。


 二つ目の街灯の下では疲れ切った女に会った。私は女に聞いた。

「こんな所で何をしておいでですか?」

女は答えた。

「息子を追っているのです。私はあの子にひどいことをしてしまいました。きっと私より先に向こう側はついているはずです。急いで追いつきたいのです。」

私はまた同じことを尋ねた。

「でしたら一緒に着いていきましょう。息子さんに出会えるように私がお手伝いをいたします。」

女はふるふると首を振って

「いけません。貴方はまだ彼方へと歩かなくてはいけないのです。私はもう歩く事はできませんが、貴方はまだできるのですから。」

そう言うと女は私とすれ違ってまた後ろの夜へと消えた。


 三つ目の街灯の下では老人に会った。腰を曲げて杖をついている白髪の男。私は老人に縋り付いて言った。

「どうぞ、私を一緒に連れて行って下さい。もう一人で道を歩きたくはないのです。さっき小さな子供に会いました。疲れ切った女にも会いました。私はあの二人の後を追いたかった!でも出来ないのです。まだ歩かなくてはいけないと、皆言うのです。どうかお願い致します。私を共に連れて行って下さい。」

老人は答えた。

「それはいけないよ。お若い方。あんたはまだ引き返す訳にはいけない。世の中には、歩きたくても歩けない人もあるのさ。一度引き返すともう二度と前は歩む事は叶わんのじゃ。ゆめゆめその道を選んではならんぞ。あんたは私よりもずうっと後からついてくると良い。いつかはあんたも引き返す。でもそいつは今じゃないのだ。」

老人はそのまま夜へと消えた。


 四つ目の街灯の下にはベンチがあった。私はそこに座り込んだ。最早動く事は叶わない。腰はひどく重くベンチに吸い付けられ、立ち上がる力もなかった。しばらく座り込んでいると目の前に人の気配があった。帽子を目深に被ったコートの紳士、コートの色が後ろの夜に溶け込んで街灯がなければそこに人がいる事すらわからなかっただろう。紳士は私に問いかけた。

「君はまだあちら側は歩く身だろう。何故このような所に座り込んでいるのかね?」

私はかすれた声で答えた。

「もう一人で歩くことには耐えられません。また出会った人々の後を追うことも叶わず、たった一人終わりの見えぬ道を歩き続けるのは嫌です。もし貴方が私を哀れんでくださるのなら一緒に連れて行って下さい。さもなくば私と一緒にあちら側へと歩いて下さい。」

紳士は私に言った。

「君はよく頑張った。私は君がここまで歩いてこれることさえ予想していなかった。一人で歩き続けることなど、並みの人間にできることじゃないからね。」

彼の言葉はどこか懐かしく、水のように私の心に染み込んできた。

「もし君がこれ以上歩けないと言うのなら引き返したって構わない。でも、私はその道を選んで欲しくはない。自分の意思で道を引き返す事はして欲しくないのだ。」

私は粛然と彼の話に聞き入った。そして、

「でも辛くて堪らないのです。どうにかしていただけませんか?」

やっと言葉を捻り出した。すると紳士はクスリと笑い、

「わかった。本来教えてはいけないのだが特別に教えてあげよう。この次の街灯、その下で君は同行者を得る。君と一緒に歩いてくれる人に出会える。だから、後もう少し歩いてみてはいかがかな?」

そう言うと、紳士は私の前を通り過ぎて夜の中へ消えた。私は決然と立ち上がり、前へ向けて歩き出した。微かに見える街灯の光を目指して。迷いはとっくになくなっていた。変わりに進むべき道が見えたように思えた。ふと空を見上げると少しずつ空が白んできた。明けの時が来たのだろう。

 五つ目の街灯は直ぐそこだった。

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