銃と花(前半)
「-人間は、約37兆個の細胞によって構成されていて、その細胞の核はXやYの形をした染色体から成り、その染色体は、紐状に伸ばすことができる。
その紐を拡大して見ていくと、二本の紐が螺旋状に組み合わさって一本の紐になっている。いわゆる二重螺旋構造となっていて、それがDNAの正体である。
二本の紐は、塩基というものでお互いが繋がっていて、A、T、G、Cの四種類の塩基が対になって組み合わさり、DNAを成り立たせている-」
私は、プリントの上を走らせていたペンを机の上に置くと、ママの方を見上げた。
「その通り。よくできました」
ママは、いつものように優しく微笑むと、私の頭をそっと撫でてくれた。
その後、ママは、私の目を見て、私の肩に優しく手を置いた。私は、ママの目をじっと観察してみた。
窓から差し込む陽の光を反射し、輝いているママの青い瞳は、深い海の色をしていて、まるで吸い込まれるようだ。
「あなたは特別な子よ。あなたは、戦争の後のこのぼろぼろの世界を、復興させることができる特別な存在よ」
「特別な存在……?」
私には、なにがそんなに特別なのかなんだかぱっとしないのだ。
「あなたのDNAの塩基には、通常存在しない塩基、X塩基があるの。その塩基が、この世界を救うのよ」
それはママがいつも私に話すお話だ。よくわからない。私は黙って、真剣に話すママの目をじっと見続ける。
「ただね、あなたの塩基は、この世界を救うことができるのと同時に、滅ぼすことができる。だから、あなたは絶対に銃を取っちゃだめ。レイナ、手を出してごらん」
私は、ママの言う通り、ママに掌を差し出す。
ママは、羽織っている白衣のポケットに手を入れ、何かを取り出すと、それを私の掌に握らせた。
ママが握らせた掌を開いてみると、掌の中には、小さな丸いものが数個あった。それは茶色をしていて、どこかいびつな形の丸だった。
「種……?」
「そう。あなたと同じ、Xの塩基をもっている種よ。あなたと同じように、私が創った植物。遅咲きで花を咲かせるには根気が必要だけど、とてもきれいな花を咲かせるのよ。それをあなたに育てて欲しいの」
私は、ママのお願いを聞き入れ、こくりと頷くと、その種をポケットにしまった。
それが、ママと最後に交わした会話だった。
ママは、銃をもった人たちに連れていかれてしまったのだ。私を逃がすためにママは、逃げることも戦うこともせず、自身の身を差し出したのだった。