機甲歩兵旅団(後半)
捕虜となったジャン・ロック准尉は、皇国陸軍第ゼロ分隊の分隊長だった。
彼は協力的で、彼が率いていた分隊のことを話してくれた。彼の話によると、彼が率いる第ゼロ分隊は、ガトー島の防衛の任にあたっていたのではなかった。彼が捕まった時、俺の小隊が、203高地に進軍しているとの情報が入り、彼は、203高地に駐屯する分隊を応援すべく、分隊の精鋭のスナイパーと二人で奇襲を仕掛けたという。信号弾に応じた攻撃は、203高地に駐屯していた分隊が試験運用していた対機甲歩兵用の特殊砲弾によるものであった。しかし、それ以上の話を俺の前で語ることはなかった。
「ロレンツ大佐、いらっしゃいますか?」
俺は、旅団長の専用テントの幕を開ける。
「おお、待っていたよ。ウェンスキー少尉。まぁ、かけたまえ」
ユウキ・ロレンツ大佐は、テントの中央のアルミ製の簡易テーブルに向かい、パイプ椅子に座り、コーヒーをすすっていた。
俺は、テーブル越しに彼女と向かうようにして置いてあるパイプ椅子に腰を下ろす。
「この間はとんだ災難だったね。君の小隊には新たに人員と機甲歩兵を補充しておく。さて、君を呼んだのは他でもない、捕虜の分隊長の処遇のことだ」
彼女は、コーヒーの入ったマグカップを置くと、両手を組み、その手をテーブルの上にそっと置いた。
彼女は、相変わらずの笑顔を崩さない。
「いつものやつですか…?」
「今回のは私の趣味じゃない。彼は、知ってはいけないことを知っている。本部からの命令で、彼を殺さなければならないことになった」
「その、知ってはいけないこととは……?」
俺は、状況がうまく呑み込めず、困惑する。
「連邦政府の計画のことだよ。それ以上知ると、連邦政府の軍人といえど、死が待ち受けているが、それでも知りたいかね?」
彼女の笑顔が消えた気がした。彼女が笑わない時など今までに一度たりともなかった。それが物語るのは、それがただの脅しではなく、真実であるということだった。
「いえ……」
「それでいい。今の君には知る必要のないものだ。それで、捕虜の分隊長だが、この資料の通りに処遇してくれ。いいね?」
彼女はいつもの笑顔に戻り、俺にプリント数枚からなる資料を手渡した。
俺は、彼女から渡された資料に目を通した途端、思わず手で口を押えた。俺は、腹の底から湧き上がってくる吐き気を堪えた。
「わかりました……その通りに処遇します……」
俺は、息を切らせながらようやく吐き気を堪えきると、そう返事をし、パイプ椅子から立ち上がると、テントを後にした。
捕虜のロック准尉は、簡易的な独房に入れられており、まるで死期を悟っているかのように格子越しに静かに俺の方を見つめていた。
「一つ、頼まれてくれないか?これを、君の旅団長に渡して欲しい」
彼は、そういうと、懐から小さく折りたたまれた紙を取り出すと、格子に手を伸ばし、俺に差し出した。恐らく手紙だろう。
彼の瞳は、まっすぐに光っており、差し出したそれは怪しいものではないことを語っている。まるで、ロレンツ大佐に何かを託すようだった。
「わかった。引き受けよう」
俺は、手を伸ばし、彼から手紙を受けとった。
俺は、ロック准尉を木に吊るし、彼の上半身の皮膚を削ぎ、内臓をえぐり出した張本人だ。
俺は、渡された資料に書いてある通りに、ロレンツ大佐と同行し、俺の機甲歩兵小隊を、彼を吊るした木の周囲に光学迷彩を使い潜伏させ、第ゼロ分隊を待ち構えた。
そして、思惑通り、ロック准尉の部下が彼の救出を試みた所を、機甲歩兵の30ミリバルカンの一斉射撃によって蜂の巣にしたのだ。
その後、信じられないことに、ロレンツ大佐は、ロック准尉の腹に手を突っ込むと、彼の心臓を抉り取り、彼の息の根を止めた。その時のロレンツ大佐は、いつもの笑顔を浮かべていた。
「ウェンスキー少尉。彼の縄を解いてくれ」
「はっ!」
俺は、ロレンツ大佐の命令通り、縄を解くと、ロック准尉の遺体を抱きかかえ、その場に横たえた。
その時、向こうの茂みが物音を立て、動いた気がした。
「何かいるのでしょうか?」
私は、ロレンツ大佐の顔を窺った。
「さぁ?私には何も見えなかったが。さしずめ、小動物か何かだろう。気にすることはない。それより、汚れ仕事だったが、よく引き受けてくれた。感謝する。ウェンスキー少尉」
彼女は、ロック准尉の遺体のそばに屈むと、遺体の眼をそっと掌で覆い、遺体の瞼を閉じさせ、彼の認識票を回収した。
「大佐。彼が、これをあなたに渡すようにと……」
俺は、彼から預かった手紙を彼女に差し出した。
「中身は、読んでなかろうな?」
彼女は、手紙を広げ、目を通すと、再び折りたたみ、懐にしまった。いつものように笑顔を浮かべている。
「いえ……」
「ならよろしい!全員、機甲歩兵から降りろ!認識票を回収し、分隊を丁重に葬れ」
彼女は、俺の小隊にそう命じると、踵を返し、駐屯地へと戻っていった。
ロレンツ中将によるナギ・ブラウンの尋問を、巨大な白い扉にある小さい覗き窓から覗きながら、俺は、思い出した。
俺は、彼女の上司であり、婚約者でもあったロック准尉と面識があったのだ。彼の最後を見たと彼女は言った。俺は、彼女とは面識がなかった。恐らく、あの時の茂みの物音は、光学迷彩で姿を消していた彼女が逃げた時のものだろう。
それよりも、第ゼロ分隊の任務、ロック准尉が知っていた連邦政府の計画、ロレンツ中将に渡された手紙、そして、第ゼロ分隊の生き残りであるナギとロレンツ中将の接触……
何か大きなことが起ころうとし、それに巻き込まれようとしている。俺は、そんな予感に駆られていた。いずれにしても、ロレンツ中将とナギのどちらか、はたまたお互いが、何か重要なことを知っているに違いない。