仇討ち
私は、パイプ椅子に座らせられ、目の前に立っているカーキ色のトレンチコートに赤いベレー帽を被ったヤツを睨みつける。
「さて、と」
ヤツは、ベレー帽に片手を触れると、深くかぶりなおし、見えるのは笑顔で緩んだ口元のみだ。
「君には、聞きたいことが山ほどあるんだがね、どうやら君は、明日殺されるようだよ」
不穏なことを口にしているにも関わらず、ヤツの口元は緩んだままだ。ベレー帽の陰で顔ははっきりと見えなかったが、あの時のままの顔を私は重ねた。
「お前は精神異常者だ」
私は、婚約者であった分隊長を殺したヤツを睨んで言い放った。
「まぁ、あながち間違いではないがね。ところで、どうして皇帝を殺したのかね?元軍人、それも第ゼロ分隊の生き残りともあろう君が、テロリストのようなことをするのは、似つかわしくないね」
「お前に会うためだ。大戦での功績で、二階級特進し、SMP、特殊軍事警察の最高総司令官に就任したということを聞いて、皇帝を殺して、こうして会いに来たのさ」
「で、会ってどうするのかね?」
ヤツは緩んだ口元を引き締めようとはしなかった。
「決まってるだろ。ジャン・ロック准尉の仇を取るためだ。あんたを殺す」
「彼は君の分隊の隊長だったね。どうして、その隊長さんにこだわるのかね?」
「彼は私の婚約者だ。私は、彼の最後を見た。それだけ言えば後は分かるだろ」
「なるほど、ね……」
そう呟くと、ヤツは笑顔を変えず、トレンチコートから鍵を取り出すと、私の腕を取り、私の腕にはめられていた手錠の鍵穴に鍵を差し込むと、手錠が外れた。
私があっけにとられていると、ヤツは、腰にぶら下げていた拳銃タイプのブラスターを取り出し、スライドを引き、私の手を取ると、それを私に握らせた。
「私を殺したいのなら、好きにするといい。皇帝が殺害されたことで、今皇国では非常事態宣言が発令されていて、この国の権限はSMP最高総司令官の私にある。私は、君を生かすことだってできる。しかし、今私の命を握っているのは君だ。復讐のために命なんざほしくないと、私を殺したとしても、君の婚約者は戻ってこない。引き金を引けば、私は死に、もちろん明日には君の頭に穴がぽっかりと開くことだろう。婚約者のための復讐というちっぽけな目的の犠牲としては、あまりに多すぎると思わないか?果たしてロック准尉はそれを望んでいるのかな?彼は、立派な隊長だったよ」
私は、一体何をしたいのだろうか?どうすればいいのだろうか?頭の中でそんな問いがぐるぐると目まぐるしくまわり、ブラスターを握る手が震える。
ヤツは、私のブラスターを握る手を握り、自身の心臓、左胸の辺りにブラスターの銃口を押し付けた。
「私を殺したいのだろう?さぁ、引き金を引きたまえ」
ヤツは、自分の命を懸けているというのに、笑顔のままだ。
私は、ジャンが果たして復讐を喜んでくれるのかを考えた。
私は、訓練でも感情で動くことがよくあり、分隊長のジャンはよくそれを諫めた。
「いいか、ナギ。感情に支配されるな。自分を支配するべきなのは感情じゃない。自分自身だ。冷静に自分をコントロールし、最善の方法を選ぶんだ。それが生き延びる方法だ」
ジャンがよく私にそう言っていたのを思い出した。
私は、ブラスターを下ろし、ヤツに返した。
「そう、それでいいんだ。君の命を保証するよ。そして、今日から君には、私の右腕として働いてもらう。君にも関わってくることで、力になってもらいたいことがあるんだ」
彼女の笑顔は、自然で、とても美しいものだった。