モズのはやにえ
ジャングルの奥地の中、生い茂る草木をかき分けながら分隊は進んでいった。ジャングルの湿気を含んだ不快な空気が私の身体を包み込み、汗とジャングルの湿気を含んだ空気のせいで下着までぐっしょりと濡れている。
とても不快であったが、私を含め、分隊の兵士は、不満を一言も口にせず黙々と声を殺しながら歩いていて、ただ辺りから聞こえるのは、得体の知れない鳥か獣の不気味な鳴き声だけだ。
先頭を歩く副隊長が歩みを止め、ハンドサインで分隊を制止させると、50メートル前方を指した。
副隊長の指の先には、木々に囲まれたひらけた場所があり、その中心に一本の木が立っていた。
その木には、敵によって連れ去られた分隊長が、足を上にした状態にして吊るされていた。
吊るされた分隊長は、上半身がはだけていて、Tシャツ状に皮膚が削がれ、まるで赤色のTシャツを着ているようであったが、裂かれた腹部から内臓がぶら下がっていることからそれがTシャツなんかではないことがはっきりとわかる。
「まだ息をしているぞ。ナギ、お前は狙撃ポイントからバックアップ。他は俺の後に続け」
副隊長は、隊員たちに指示を飛ばすと、自動小銃を構え、姿勢を低くしながら分隊長の吊るされている木へと小走りに近づいていった。
それが敵の罠であることは誰にもはっきりと分かっていたが、分隊の隊員たちにとって、自分たちの命よりも分隊長の存在の方が重要であった。
歴戦を潜り抜けた精鋭の分隊が感情を以て戦うことはまずないことであったが、分隊長の存在となると話は別だ。
私は、副隊長の命令通り、光学迷彩で姿を消すと、木の陰に隠れ、スコープ付きの自動小銃を構え、スコープを覗き、分隊長が吊るされている木の周りを警戒した。
副隊長たちが分隊長の吊るされている木まで近づき、分隊長を下ろそうとした時、静けさが破られた。
突然、木を引き裂いたような音がし、四方八方から銃弾の雨が分隊の隊員たちに集中し、隊員たちは一瞬にして赤い肉片と化してしまった。
分隊長に弾は当たっておらず、依然息をしている。
私が分隊長を救いに向かうため、スコープから目を離そうとした時だった。
分隊長の吊るされている木の後ろの茂みから、彼女が現れたのだ。
彼女は、軍服姿に赤いベレー帽を被っており、腰にぶら下げている拳銃以外武器を持っていないことから士官であることが分かる。恐らく佐官クラスだろう。
その姿に私は恐怖し、身体が動かなくなる。
彼女の噂は軍に知れ渡っていた。敵の中に捕えた敵を殺さずに無惨な姿に変え、罠に利用する女士官がいると。その戦法がモズのはやにえに似ていることから、彼女はモズと呼ばれていた。
彼女は吊るされている分隊長の前まで歩くと、こちらの方を向いた。彼女はこの場にふさわしくない満面の笑みを浮かべている。とても美しい顔立ちで、その笑顔は歪んだ笑顔ではなく、とても自然なものだった。
笑みを向けられた私は、恐怖で手にしている自動小銃の引き金を引くことはおろか、この場から逃げることもできない。ただただ彼女を見ていることしかできないのだ。
彼女は、その笑みを変えずに、分隊長の腹部の裂け目に手を突っ込んだ。
分隊長は、目をむき出しにし、今までに聞いたことがないような叫び声をあげたが、彼女が裂け目から手を引っこ抜くと、動かなくなった。
彼女の真っ赤になった手には、いびつな形の赤い石ころのようなものが握られていた。それが分隊長の心臓であることが分かるのに時間は要らなかった。