029 あーん・焼き肉・アホじゃない
「おぉー!!」
「……肉!」
ジュゥゥっという音と香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、遥と雪季は感動に打ち震えた。
「こちらカルビ、ロース、豚トロでございます」
ウェイトレスの女性がテーブルに注文した肉を並べていく。
網の上で先に焼けていた肉の横に置くと、またジュゥゥっという音がした。
今日はゴールデンウィーク一日目。
遥と雪季は焼肉屋にて、『改めて同居生活頑張りましょう会』を開催していた。
一人で暮らしていた頃は、焼肉など食べたことがなかった。
どうやらそれは雪季も同じだったらしく、遥はこの日のために、ゴールデンウィーク中のバイトのシフトを一日増やしたのである。
「それでは……」
「ん。いただきます」
「いただきます!」
テーブルに向かい合って座り、同時に肉を口に入れた。
タレと肉の味が絶妙に絡み合い、口の中が幸せで満たされる。
「うめぇぇぇえ!」
「……絶品」
普段は遥の手料理かインスタント食品、学校の学食で食事を済ませているため、2時間食べ放題4千円の焼肉はあまりにも美味しかった。
今日のうちに出来るだけ食べておこう。
遥は心に強く誓った。
「あ、雪季! それ俺が育ててた肉だぞ!」
「ん。ご苦労様」
「こらー!」
「ん、美味しい」
「雪季めぇぇ!!」
二人でわーわーと騒ぎながら、肉を焼いては口に運ぶ。
この食べ放題のために、二人は朝から何も食べていなかった。
だが、二人で食べるには2時間は十分過ぎる。
結局遥は一時間ほどで満足し、あとはデザートやサイドメニューを少しずつ頼む方向に切り替えていた。
雪季も既に大きなパフェを小さなスプーンでつついている。
パフェを前にした雪季は、幸せそうに頬を紅潮させていた。
いつもの無表情とは違い、目がイキイキしている。
(なんか、見覚えのある目だなぁ)
パフェと格闘する雪季の姿を眺めながら、遥は記憶を辿った。
そしてすぐに思いつく。
ああ、あれは。
(……俺に抱きついてくるときの目だ……)
何度も見たことがあった。
「……なに?」
「あ、あぁ。いや、美味そうに食うなぁ、と思って」
「……ん、あげる」
「えっ?」
雪季はおもむろにアイスの部分をすくうと、こちらにゆっくりスプーンを伸ばしてきた。
「……あーん」
「……」
「……あーん」
「……やらないからな」
「なんで」
「恥ずかしいだろ! そして、おかしいだろ!」
「ん、おかしくないし、誰も見てない」
「見られてなくても恥ずかしいの!」
「……とける」
雪季はさっきと同じ目で、じっとこちらを見つめてきた。
どうやら、引き下がるつもりはないらしい。
遥はキョロキョロと辺りを見回した。
店の奥に位置するテーブルだったため、たしかに周囲からの視線はない。
意を決して、遥は素早く顔をスプーンに近づけた。
「なーにやってんだ、お前ら」
スプーンの上のアイスを口に入れると同時に、隣から呆れたような声がした。
「……んぁ?」
「……愛佳」
見ると、さっぱりとした短髪と八重歯が特徴的な、都波愛佳がテーブルの横に立っていた。
いつもの学生服ではなく、学校指定の緑のジャージを着ている。
スラッと伸びる細い足が眩しい。
例の猫のような目が、今はジトッと細くなっている。
「と、都波! お前、なんでここに……!」
「部活の大会の帰りだよ。んなことより、お前ら今……」
「と、都波さん! 今のは見なかったことに……どうか……!」
「いやぁ、見たぞ」
「ん、見た」
「こら雪季!」
「遥、可愛かった」
「マヌケだったな」
「おい!」
遥はまた頭を抱えた。
もはや毎日のように頭を抱えている。
幸い、都波はすぐに大方の事情を察してくれたらしかった。
バカにしたようなニヤニヤ笑いのまま、なぜか遥たちのテーブルに参加する。
都波の手には、メロンソーダの入ったグラスが握られていた。
「おい都波、戻らなくていいのか? 部活の打ち上げだろ?」
「打ち上げってほどのもんでもねぇよ、二年だけだ。やかましくてやってられねぇから、ちょっと匿え」
「それはまぁ、いいけどさ」
「よーし。んじゃ、アタシはチョコケーキな」
「自分で注文しろ」
「へいへい」
なんとも自由なやつだ。
遥はやれやれというように首を振った。
都波は少しだけスマホをいじり、雪季のパフェを横取りしていた。
「んで? なにしてんだ、お前らこそ」
「『改めて同居生活頑張りましょう会』だ」
「相変わらずアホだな」
「アホじゃない! いいだろ、頑張りましょう会」
「ん、いいだろ」
雪季の援護射撃も受けて、遥は余計に得意げになった。
「いいよなぁ、帰宅部はゴールデンウィークも休みで」
「失礼な。俺はバイトもあるんだぞ。雪季は暇だろうけど」
「ん、暇」
「あぁそうだ。ゴールデンウィークに時間潰せるもの、なんか買いに行かないとな」
「……いいの?」
「ああ。まあ、あんまり高いものじゃなければいいよ」
「……ありがとう」
「いいって。その代わり、俺がいない間の家事は任せたからな」
「ん、ラジャー」
そんな二人のやり取りを、都波は頬杖を突きながら眺めていた。
また、時折スマホを触る。
もしかすると、部活仲間に連絡を入れているのかもしれない。
都波がなかなか戻ってこないことに、部活仲間たちもさすがに気がついている頃だろう。
「おい都波、ケーキ来たぞ」
「んー」
「愛佳、ちょうだい」
「やだね」
「ん、パフェとったくせに」
「油断したお前が悪い」
「いじわる」
そうこうしているうちに遥の注文していたシャーベットも届けられ、3人はのんびりとデザートを食べた。
少し前はあんなに満足していたのに、終わりが近づくともったいなく感じるのが食べ放題というものだ。
名残惜しさを感じながら、遥は30分前のラストオーダーに頼むものを選んでいた。
「あ、あれ~? 遥と雪季、こ、こんなところでなにしてるの~?」
なんとなく芝居がかった棒読みのセリフに、遥はメニューから顔を上げた。
聞き覚えのある声だった。
「ん、絢音」
「おー。そうか、都波がいるんだし、そりゃ絢音もいるか」
都波と同じ緑のジャージを着た幼馴染、望月絢音が飲み物を片手に立っていた。




