第8話「廃部の危機を救え!」
〖前回のあらすじ〗
新しいクラスに馴染めるか不安を感じていた日向だったが、登校初日に遅刻をしてクラスの注目を浴びた少女 笑那と、容姿はいいのに色々と残念な少女 皐月と友達になることが出来た。
その日の放課後、過去に日向をいじめていた少年 竹田に絡まれたものの、笑那と皐月は変わらず日向に接していて、今までとは違いこれからの高校生活に希望を見出すことが出来たのだった。
「――――という訳で、本校では1年次、特別な理由がない限りは部活に所属することを推奨している。昨日配った時間割にもあるように今日の5時間目に体育館で部活動紹介があるから、昼休みが終わったら廊下に整列するように」
朝のショートホームルームが終わり担任の藤本が教室を出ると、クラスメイト達が次々に口を開き、教室内がざわめき始めた。
『なあ部活どうする?』
『ねー私茶道部気になってるんだよね!一緒に入らない?』
教室のあちこちで雑多な声が聞こえる中、日向は隣に座っている笑那の様子をちらりと伺う。
(部活……笑那さん達は、どうするんだろう……)
教室の後方を見ていた笑那は日向の視線に気づくと、にやにやと口元に笑いを浮かべながら、先程見ていた方角を指し示す。
「ね、見て日向」
「?」
日向も追って視線を向けると、頭を抱えてがっくりと項垂れた皐月が視界に入った。
「あ、あれ……大丈夫でしょうか?」
「よしっ日向、一緒にからかいに行こっか!」
「え、あの……!」
笑那は椅子から立ち上がると、有無を言わさず日向の手を引き皐月の所へ向かっていく。
「さーつきっ!おはよ!どしたの、そんなに部活入るの嫌?」
「いやおかしいでしょ今の先生の話……ほぼ強制入部みたいなものでしょ?帰宅部にしたら逆に目立つパターンじゃん……最悪、もう帰りたい……」
笑那が皐月に声をかけると皐月は顔を上げ、ため息混じりに声を漏らす。
「うちら3人同じ部活入れば良くない?文化系の部活なら続けやすいしさ!ね、日向!」
笑那はそう言うと横にいる日向に視線を送り、「何か言ってやって」と肘でつついて合図をした。
「は、はい……!えっと……皐月さん、い、一緒に頑張りませんか……?」
日向がおろおろしながら皐月に声をかける。月並みな言葉にも関わらず、皐月は意を決したような表情に変わった。
「……よし、頑張ろう。日向の決めた部活ならどこでも反対しないわ」
「あはは、皐月ほんとに日向のこと好きだね!」
「日向がっていうより、推しに似てるからなんだけど……まあ結果的に日向も同じくらい好きね」
「まー皐月もやる気になったことだし!部活動紹介終わったらさっそく体験入部見て回ろー!!」
『部活かー、俺中学はバスケ部だったなー』
「わっ」
笑那が意気揚々と拳を上げたのとほぼ同時に、日向の後ろから突然エレクの声が聞こえ日向は思わず声を上げた。
「?どしたの日向」
「あんたが大きい声出すからでしょ」
キョトンとした様子の笑那に対して皐月が呆れた様子で言う。
「い、いえ……!すみません」
特に不審に思われていないことに日向はそっと胸をなでおろした。
「ははっ驚かせてごめんな!ちょっと様子だけ見に来てさ。てか、もう友達出来てんじゃん!良かったな!」
そう言いながらエレクは日向の真横に並び、笑那と皐月のことを交互に見たあとに日向に笑いかける。
自分にしか見えないとはいえ無視をするのもなんだか忍びなく、日向は目立たないようにエレクに視線を向けて小さく頷いた。
(初めての部活……どうなるんだろう。自分に向いている場所が見つかるといいな……)
♢ ♢ ♢
「さて!どこから見に行こっか、皆の衆!」
「3人しかいないけど」
「お、お任せします……!」
放課後。日向達は体験入部をするべく学校に残り、部活の紹介が簡易的にまとめられたプリントを見ながら廊下を歩いていた。
あちこちから、体験入部の勧誘の為に上級生達が声を上げている。
「んー……紹介見てたけど、ここだ!ってなるとこなかったんだよねー。体育系のコントとかダンスは面白かったけど、文化系は説明ばっかりだったし」
「言っとくけど体育系は入らないからね」
「分かってるってー!日向は?気になるとこあった?」
苦い顔で忠告をする皐月に笑顔で返した後、笑那は日向に問いかける。
日向は先程体育館で行われた部活動紹介を思い返しながら口を開いた。
「えっと、私は……美術部とか、写真部……落ち着いてて、いいなって思いました……」
「お!じゃー今日はそこに乗り込みに行こー!!」
「言い方……」
2つとも部室は下の階ね、とプリントを見ながら皐月が言う。
階段を降りている途中で、他の上級生より一際大きな声で1年生に呼びかける少女の声が日向達の耳に届いた。
「ねえお願い!ボランティア部、入ってくれない!?」
日向達が降りて廊下を見ると、少し先で1人の少女が縋るように数人の1年生を引き止めているのが見えた。
1年生達は顔を見合せた後、気まずそうに口を開いた。
「いやーボラ部はなぁ……なんか地味だし」
「もういいですか?私達これから吹部見に行くんで」
そう言うと1年生達はそそくさと日向達の横を通り立ち去っていった。
「何あの2年生、必死すぎて引くわー」
「それな、うちらも話しかけられる前にもう行こ」
その様子を見ていた他の1年生達もヒソヒソと話しながらその少女から距離を取り、少女はその場にぽつんと立ち尽くしてしまった。
「……っ」
少女は唇をぎゅっと噛み締め、肩を震わせて俯いている。
「……あ、あの人、泣いてませんか……?」
「ほんとだ。ティッシュティッシュ……あ、無い気がする」
ただならぬ様子に声を出さずに見守っていた日向が口を開き、笑那がポケットを探り始めると横にいた皐月が自身のティッシュを笑那に手渡す。
「はい、笑那行ってきなよ。あたしあの空気の中話しかけるとか無理。しかも上級生だし」
「任された!!あのー!大丈夫ですか?これ使ってください!」
少女は突然駆け寄ってきた笑那の勢いに驚いて少し目を丸くした。
「あ……ご、ごめんねーありがとう!恥ずかしいとこ見られちゃったな、あはは……」
少女はティッシュを受け取り無理に押し出したような笑みを浮かべたものの、直後に涙が雨粒のようにこぼれ落ちた。
「とりあえず、ここじゃ目立っちゃうし後ろの空き教室入りましょうよ!良かったら話聞かせてください!」
「ちょ、笑那あんた……体験入部は」
「あっ、うーーん……今日は無しにしよ!だってほっとけないじゃん!日向もいい?」
「も、もちろんです……!」
「……まあ日向がいいならいいか」
日向がこくこくと頷くと、予定が崩れて納得のいっていない様子の皐月もやれやれとため息をついた。
♢ ♢ ♢
「――――なるほどー、部員不足で思うような活動が出来なくて、今年の入部者数次第では廃部に……。だから必死に勧誘してたんですね!」
人目に付かないように扉を閉めた空き教室で、日向達はボランティア部の部員である少女、中野 咲希から事情を聞いていた。
笑那がまとめた話に頷き、中野は話を続ける。
「今いる部員も、活動に対してやる気がなかったり元々サボり目的で入って幽霊部員になった子が多くて……。今の部長もそう。内申の為に顧問のいる時はいい顔してるけど、いない時はサボってばかり……。
私は、この町が好きで、町のために色んな活動がしたくてここに入ったの。このまま廃部になってほしくない……!」
涙を滲ませながらも、中野の目にはまだ強い力があった。
「あ、あの……今年どれくらい入部したら、部活を続けられるんですか……?」
「顧問からは最低でも5人って言われてるんだ」
日向がおずおずと尋ね、中野が答えた。まだ1人も勧誘出来てないんだけどね、と苦笑しながら付け足す。
「じゃーあと2人かー」
「は?待ってあんた何言ってんの?」
笑那の呟きに皐月が困惑したように声を上げる。
「え?だからー、私と皐月と日向で3人だからあと2人だねーって」
「いや、何勝手に入る前提で話進めてんの」
「!3人とも……もしかしてここに入ってくれるの!?」
二人の会話を聞いた中野がぱあっと顔を輝かせる。
「……そ、そうだ日向、日向はいいの?美術部とかじゃなくて」
皐月が中野の視線から逃げるように日向の方を向く。
「えっ……と、私は……皐月さんと笑那さんが一緒なら……それに、私もずっとこの町に住んでいるので、ここで何か恩返し出来るなら……廃部にしたくない……です……」
日向からも笑那に何か言ってやってくれ、というような表情を見せる皐月に心底申し訳なさを感じつつも、日向は自分の意見を伝えた。
気抜けした皐月とは対称的に中野の顔には喜色が表れていく。
「ありがとうっ!私、あなた達みたいな子を探してたんだ~!」
「で?皐月はどうする?」
笑那が言うと3人の視線が皐月に向き、数秒押し黙った後に皐月は深くため息を着いた。
「あーもー……分かった。別に他に興味ある部活も無かったし、ここまで話聞いて帰るのも後味悪いし……あたしも入る」
「……!!3人とも、ほんとにありがとね!!あとの2人は私が引き入れてみせるから任せて!体験入部期間は今日から1週間あるし、終わるまでに必ず集めるから!」
「わかりやすい負けフラグ……」
「こら。じゃー咲希先輩っ、あと頑張ってくださいね!」
中野の後にぽそりと呟いた皐月の頭を笑那が小突き、咲希にエールを送る。
部活として活動するのは体験入部期間が終わってからとのことだったので、日向達は今日のところは部屋を後にした。
他の部活と迷う余地もなく決まりはしたものの、初めて部活に入部することに日向は心の中で期待を高めていた。
ところが……
「どっ、どうしようみんなぁ~~!!」
1週間後。放課後たまたま教室に残って勉強をしていた日向達の元に中野が駆け込んできた。
同じく残っていたクラスメイトの数人も不審げに中野を見る。
「……先輩、まさかとは思いますが」
「部員、あと1人集まらなかった~~!」
涙声で告げられた中野の言葉に、やはりか、と皐月が大きなため息をひとつ吐く。
「えっ……き、今日、体験入部最終日ですよね……?もう17時ですし……」
現時点ではもうほとんどの1年生がそれぞれの部活を決めており、時間が時間なだけに、校舎内に残っている1年生も僅かだった。
皐月が中野に呆れと苛立ちを混ぜた冷ややかな眼差しを向けて口を開く。
「てっきりもう集めたものだと……何でもっと早くあたし達に言わなかったんですか。こっちだって今更他の部活探すとか無理ですよ。入部届だって出してるし」
「勧誘は私の仕事だったし、入ってくれたばっかりの皆に迷惑かけたくなくて……うぅ、ごめんねぇ~~~」
「あー皐月が先輩泣かしたー。大丈夫ですよ先輩!まだ時間ありますし!こういう壁に当たった方が燃えてきませんか!?」
笑那はいたっていつも通りのおどけた口調で、皐月を冷やかした後に中野を勇気づける。
「ほんと能天気……もうどうしようも無いでしょ」
吐き捨てるような皐月の不機嫌な声に、空気はさらに重くなる。
どうにか状況を打破しようと日向も頭をめぐらせるものの、八方塞がりのように思えた。
会話が途切れ、居心地の悪い沈黙が流れる。
その時、教室の扉の方から青年の声が聞こえた。
『なーそれ、俺が入ってやってもいいけど?』
4人が顔を向けると、以前日向達に声をかけてきた竹田が扉にもたれかかるようにして立っている。
「あ……」
「あー!!あんたこの前の!昔日向いじめてた粘着質男!!」
あなたは、と日向が口を開くよりも先に笑那が大声を上げて指さした。
「竹田!竹田 春樹!!ったく……一応俺、隣のクラスなんだけど」
竹田は不服そうに口を尖らせて言った。
「今取り込み中なの。邪魔しに来たなら帰って」
皐月が日向を隠すように背に回して竹田を睨みつける。
「いやちげーって!お前ら今部員足りなくて困ってんだろ?俺さぁ、進学のために勉強しなきゃなんねぇんだよ。だから運動部は時間的にキツいんだけどさすがに帰宅部ってのもマズイしさ。俺がそこ入ればお互いwin-winじゃね?」
竹田は面倒臭そうに頭をガシガシと掻きながら話す。
皐月はまだ信用ならないようで険しい表情を崩さない。
「わ、私としては入ってくれると凄く嬉しいけど……!3人はそれで大丈夫?何かあったみたいだけど」
中野が戸惑いながら日向達の顔を伺う。竹田の申し出は嬉しいが3人の空気を察して素直に喜べないといった様子だった。
(笑那さんと皐月さんは、私のことを気にして迷っているんだ……たしかにまだ苦手だけど、せっかく部活が存続できるチャンスを、私だけの問題で無くす訳には……)
「はい、大丈夫です!入れましょう!」
日向が悶々と考えている最中に笑那がはつらつとした声で中野に答えた。
「は!?ちょっと笑那、そんな簡単に」
「ただし」
語気を荒げる皐月を手振りで制し、笑那は竹田の目の前に立つ。
「勉強と部活、ちゃんと両立させて活動サボったりしないで!それから他部員……特に日向に、絶対嫌がらせとかしないこと!トラブルを起こさないこと!もし破ったら顧問と担任に報告する。進学目指してるなら、分かるよね?」
日向達からは表情は見えないものの、相手の胸にしっかり打ち込むように話す笑那に、小柄ながらも頼もしさを感じた。
「わ、分かってるよ!てかあれは嫌がらせっつか……やっぱなんでもねぇ!ま、お前ら俺に感謝しろよな!じゃ、入部届は明日出すから」
言い淀んだあとに早口で告げると竹田は踵を返して去っていった。
「ねっ、皐月も日向もこれで安心でしょ?」
笑那がくるりと振り返って笑顔を見せる。
「まあ……あの様子なら。基本的にあたし達もそばにいれるし」
「はい、大丈夫です……!私も、あの頃の自分より、変わっていきたいので……」
「は~~~~~推しが……今日も尊い……。でも何かあったらすぐ言ってね、いい?」
「は、はい……!」
「あ~~良かった~~!これで何とかボラ部続けられるよ~~~~~!皆、ほんっとにありがとう~~~!」
余程安心したのか、中野は床にへたり込むとポロポロと涙をこぼし始めた。
「さっきから泣き過ぎですって!まあこれでとりあえずスタート地点に立てたってことで!頼りにしてますよー先輩!」
「うんっ……もちろん!任せて!」
袖で涙を拭い意気込む中野の表情は、明るい期待に彩られていた。
最後までお読み下さりありがとうございます!