第5話「千代に八千代に、思い思われ②」
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「いやー、ばあちゃんの言ってた通り頑固だなーあのじいさん」
日向は勢いよく閉められた扉の前で立ち尽くしていた。
孝介とのやり取りを傍で見ていたエレクが腕を組んで唸る。
「す、すみません……私のせいです……」
「日向ちゃんのせいじゃないわよ〜。あの人は元々ああだからねぇ」
しゅんとする日向に幸はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。
「何か別の方法を考えねぇとなー、とりあえずさっきの公園に戻って出直そうぜ!ここで待ち伏せしてたらさらに怒らせそうだし」
「そう、ですね……」
♢ ♢ ♢
「何かねぇかなー、これを見せたら信じる!みたいな物」
公園へと続く並木道を歩きながら、エレクがぼやく。
「そうねぇ……あれがあればまだ……いや、きっともう無いわねぇ……」
「ん、何かあるのか?ばあちゃん」
意味ありげな幸の発言にエレクが反応する。
「いや……学生の頃にねぇ、孝介さんと2人でこの公園にタイムカプセルを埋めたことがあるの。でも、もうずっと昔の話。結局そのままにしていたし……どの辺りに埋めたのかも定かじゃないのよ」
「でもさ!それってばあちゃんとじいさんしか知らないことなんだろ?それを見つけてじいさんに渡せば!」
「幸さんの存在を、信じてもらえるかも……!」
エレクがパッと目を輝かせ、日向もわずかな希望を抱く。
そのタイムカプセルについてなんでもいいから手がかりが欲しいとエレクが言ったところ、幸はたしか木の根元に埋めたはずだと口にした。
「木か……埋めた頃から結構経ってるし、大きくなってるはずだよな。
よし!俺は上から見てでかい木探すからさ、日向は俺の言った木の根元を探していってくれ!」
「分かりました……!」
言うと同時にエレクは空高く飛び、日向は砂場に置いてあった小さなスコップを手にする。
日向はエレクの選んだ木の周りを掘り起こしては元に戻すのを繰り返した。
その途方もない作業を始めて数時間後。
「あーっ全然見つからねー!!休憩!ちょっと休もうぜ!!」
タイムカプセルを見つけられないまま、辺りはだんだん夕暮れに染まっていっていた。
エレクは疲れきった様子で地面に降り立ちそのまま座り込む。幽霊とはいえ、長く浮遊するのは体力を使うそうだ。日向も一度スコップを置き額の汗を拭った。
「日向ちゃん、えれく君……ごめんねぇ、迷惑かけて……」
幸の言葉に日向は静かに首を振る。
「……これは、見つけなきゃいけないものですから……!」
そう言って再びスコップを手にした日向を見て、エレクも起き上がる。
「日向が真面目にやってんのに、俺が休むわけにはいかねぇよな!あっちにもう一本、ボロボロだけどでかい木あったんだ!」
日向はエレクの示した木の周りを注意深く掘り起こしていく。
すると―――カツン、と何か固いものに当たった音が日向の耳に届いた。
周りの土をよけると、中からラムネ瓶のような透明の小瓶が出てきた。
「……幸さん、これ……!」
日向が小瓶を取り出して幸に見せると幸は驚きと喜びが混じった表情で、たしかにそれが当時埋めたものだと話す。瓶の中身も無事なようだった。
「よし、それじゃ……リベンジ開始だ!」
自信に満ちた表情でエレクが宣言した。
♢ ♢ ♢
「……またお嬢さんか。もう話すことは―――……!それ、は……」
再び孝介の家を訪ねた日向達。日向の顔を見るなり露骨に顔をしかめた孝介だったが、日向の持っている小瓶を見て目を見開く。
「幸さんが、教えてくれました。お二人の、大切なものですよね……?」
そう言って日向は孝介に小瓶をそっと手渡した。
「……本当に、いるのか。幸が、近くに」
手元の小瓶を見つめたまま、呆然とした様子で孝介が言う。
先程追い返された時とは違う感触を掴んだのを日向は感じた。
「信じてもらえますか……?」
「……叶うのなら、私は幸ともう一度、あの公園で話がしたい。まだ、完全に信じている訳では無いが……お嬢さんのことを、信じてみようと思う」
「ありがとうございます……!」
「よっしゃ!」
エレクは孝介に見えないのをいいことに目の前でガッツポーズをして幸と元気よくハイタッチをしている。
日向もほっと胸をなでおろした。
こうして日向は孝介と共に思い出の公園へと向かった。
♢ ◆ ♢
一度こちらから突き返したにも関わらず、女学生は私の頼みを快く引き受けてくれた。
少し待って下さいね、と言った女学生に頷き、私は公園を見渡す。
この公園に足を踏み入れるのもいつぶりだろう。
幸と初めて話した場所も、付き合いを始めて最初に二人で出かけた場所も、この公園だった。
幸と二人でベンチに腰掛けて、取り留めのない話をしながら時が流れていく。あの時間が好きだった。
横に座っている女学生を見ると、何やら誰かと話しているように視線や口を動かしているが、視線の先には何も見えない。少なくとも、私には。
やがて、女学生は私の方を見て言った。
「すみません、お待たせしました……。えっと……それじゃあ、幸さんに代わりますね」
そう言ってベンチに背を預け、女学生は目を閉じた。数秒後、事切れたようにがくんと頭が下がる。
「お、おい……大丈夫なのか」
思わず女学生の肩を揺する。すると女学生はゆっくりと顔を上げて私を見て、優しく微笑んだ。それは、私がいつも見ていたあの幸の笑顔を思い起こさせた。
「幸……?幸なのか……?」
思わず声をかける。
「ええ、そうですよ。……ここであなたと話していると、まるであの時に戻ったみたいですねぇ。私、あの時間が大好きでしたよ」
見た目や声は女学生のままだ。だが、表情や話し方、声の調子すべてが、今まで寄り添ってきた幸そのものだった。
今目の前にいるのは幸だと確信するほどに。
「幸……!すまなかった、私は、お前に何もしてやれないまま……」
私は声を頼りなく震わせながら幸に謝罪の言葉を述べる。
幸は首を横に振り、私が持っていた小瓶を指さして言った。
「孝介さん。その中に……私が昔書いた手紙が入っているはずです。読んでいただけませんか」
「手紙……」
言われるままに瓶に手をかけ栓を抜く。乾いた音と共に、中から折りたたまれた小さな紙が出てきた。
そうだ。この小瓶を埋める時に幸は、未来のお互いに向けた手紙を入れたいと言っていた。
だが小瓶の中には幸の書いた手紙しか入っていない。
性にあわないからと言って私は手紙を書いていなかったのだ。あの頃から私は、そんな人間だった。
手紙には、学生の頃の私との思い出話が達筆な字で書かれていて、最後にはこう綴られていた。
〝あなたと一緒にいられて、私は本当に幸せ者です。どうかこれからも、よろしくお願い致します。〟
私が読み終えたのを確認して、幸が口を開く。
「私の気持ちは、あの時から変わっていません。貧しくても、忙しくても、あなたのそばに居られればそれで十分幸せでした」
幸は続けて言う。
「あなたは忘れているのかも知れませんが……貧しい家に生まれていじめを受けていた私に、〝言いたい奴には勝手に言わせておけ。お前のことをちゃんと見てくれる奴は必ずいる〟と言ってくれましたね。ぶっきらぼうでありながら真っ直ぐなところに私は何度も救われました」
「だからもう自分を責めないで。これから先も、あなたが元気でいてくださることが、私の幸せです」
気がついたら、涙が頬を伝っていた。
幸はいつもこうして私に温かい言葉をかけてくれていたのだ。
それがいつからか普通のことだと、幸がいることが当たり前だと勘違いしていた。
いなくなってからやっと、幸の存在がいかに大きかったかが分かったのだ。
自分が情けない。
でも、これ以上悔やんでも幸は戻ってこない。
だから伝えたい。死んでからも私の身を案じてくれていた幸に、今度こそ。
「……ありがとう、幸。私は……今も昔も、お前に心配をかけてばかりだ。私も、お前と一緒に歳を重ねることが出来て、幸せだった。……私はもう、大丈夫だ。お前は、ゆっくり休んでほしい」
「……はい、分かりましたよ。」
私の言葉を噛み締めるように、幸はゆっくり頷いた。
すると、幸―――正確には女学生の体が、淡い青色に光り始めた。
別れの時間だと告げるように。
「……もう、時間みたいねぇ。日向ちゃんに返してあげなきゃ」
幸が寂しそうに微笑み、私の方を真っ直ぐ見つめる。
「それじゃあ、孝介さん。お元気で。……またいつか同じ時代に生まれ変わったら、私を迎えに来てください」
「ああ……また、一緒に生きよう」
これが今度こそ、私と幸の本当の最後の会話となった。
女学生が目を閉じると、光の粒が女学生の体から離れて舞い上がっていった。
どうしてそれが私にも見えたのかは分からない。私はただ静かに、空へと溶けていく光を見ていた。
どれくらいそうしていただろう。いや、実際にはほんの数分しか経っていないのだろうが、あまりに現実とはかけ離れた出来事を経験したからかとても長い時間を過ごしたように思えた。
幸がもうこの世に居ないことに変わりはない。でも、あの空っぽな日々を過ごしていた時とは違う満ち足りた気持ちが、私の心にじんわりと広がっていった。
♢ ◆ ♢
「本当に、お嬢さんには世話になった。ありがとう」
孝介は公園で深々と日向に頭を下げる。
「いえ……!お二人でお話出来て、よかったです」
元に戻った日向はあわあわとしながら孝介に頭を上げるように促す。
「幸と話せて、思いを伝えることができて……本当によかった。これからは、残りの時間を大切に過ごそうと思う。いつか私もあっちに行った時……胸を張って幸に会えるようにな」
「はい……!」
そう言って孝介は曇りのない笑顔を浮かべた。
♢ ♢ ♢
「いやー最初はどうなるかと思ったけど、サンキューな日向!お前がいなかったら解決しなかったぜ!」
「い、いえそんな……!」
あたりは薄暗くなり、日向は帰路についていた。エレクもその横をついて歩いている。ふいにエレクが「あ」と呟いて止まった。それにつられて日向も歩みを止める。
「で、お前これからどーする?昨日、続けるかは分からないって言ってただろ」
「……私、このままお手伝い続けてみようと思います。こんな私でも誰かの役に立てるなら……幸さん達みたいな人の力になりたいんです」
エレクは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そっか、お前ならそう言ってくれるって思ってたぜ!改めてこれからよろしくな!」
「そーいや、このこと閻魔に報告しなきゃな。俺、元々あいつに言われてこの町に来たからさ」
エレクが口にした直後、やや強い風が吹き二人の前に背の高い青年が現れた。
『報告なんていらねーよ』
青年は気だるげな様子で言う。
「あーお前!!日向、こいつだよ!朝話したコウルって奴!!」
エレクが青年を見るなり声を上げた。
「えっ……」
思わず日向はエレクの背に隠れるようにして目の前の男―――コウルを見上げる。
黒いスーツを身にまとい、つり上がった目もあちこちにはねた髪も闇夜のように黒く、体全体はエレクと同じように透けている。
コウルは不機嫌そうに舌打ちをし、日向を睨みつけた。
「あーめんどくせぇ……おい、お前ら来い。うちのチビがお呼びなんだよ」
そう言ってコウルは有無を言わせずパチンと指を鳴らした。
「わっ……!?」
その瞬間、辺りの景色が瞬く間にうつり変わっていき、日向とエレクは広い洋室に立っていた。
「こ、ここは……」
「あ!俺、前にここに連れてこられたんだよ!ってことは、あっちに……!」
エレクは離れた場所にある玉座を見る。
そこには、白いフードを被った銀髪の少年が足を組んで座っていた。
「……もしかして、あなたが……?」
少年は日向を見て世慣れた笑みを浮かべる。
「当たりだよ、日向ちゃん」
少年はぴょんと玉座から降り、軽い足取りで日向の目の前までやってくる。
不思議な光沢をもった瞳が日向を捉えた。
「ようこそ、閻魔の世界に!」
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