第3話「すべきことは」
閲覧ありがとうございます!
「おい、これでいいのかよ閻魔。例の人間、断って帰ってくぞ」
死後の世界 霊界では、1羽のカラスが、閻魔と呼ばれた少年の真上を旋回しながら、低い掠れ声で人と同じ言語を話している。
閻魔は自身の手元で浮かぶ小さな水晶から目を離し、うんざりした様子で頭上のカラスを見やる。
「も~~~さっきからうるさいなぁコウル。そんなに心配なら現世行ってどっちかに話しかけてきたら?」
「ハッ、心配なんてするわけねーだろ。事の進みが遅せぇから腹たってるだけだ。とっととガキ共が連携してくれねーとこっちだって動けねぇだろ」
「じゃー大人しくここで見てて」
翼を大きく広げ抗議するカラスに対し、閻魔はそっけなく言い放つ。
カラスは渋々口を閉ざし、閻魔の前にある大きな机の上に降り立った。
「あはっ、楽しみだなぁ。この子が必ずしもボクの予知通りに動くとは限らないからね」
閻魔はまるで映画でも見ているかのように好奇心に溢れた目で、自らの手の上で浮かぶ水晶を見つめる。
そこには沈んだ表情で歩く日向と、悔しげに顔を歪める幽霊の青年が映し出されていた。
♢ ♢ ♢
「ただいま……」
「おかえりー!どうだったー入学式、友達出来た?」
日向が家に帰ると、リビングの方から日向の母 香織がひょいと顔を出した。
「あれっ、なんか顔色悪くない?……学校で何かあった?」
小、中学校で周囲に上手く馴染めずにいた日向のことを誰よりも気にかけていたのは香織だった。
いつもは陽気な香織だが、日向のただならぬ様子を見て心配そうに首を傾げる。
「……お母さん、さっきね――――――」
日向は、先程起こった出来事を全て香織に話した。
全て聞き終えた後、香織は深くため息をつく。
「はーーそっかー……。変だと思ったんだよね……引き継ぎにはアテがあるなんて言ってたけど……それが日向だったなんて……」
「え……?お母さん、それってどういう……」
疑問符を投げる日向に対し、香織は「あっちでゆっくり話そっか」と言ってリビングのテーブルを指し示した。
♢ ♢ ♢
日向は制服のまま、食卓テーブルの椅子に腰かける。香織は日向と向かい合わせになるように反対側の椅子に座った。
「日向、お母さんも前まで幽霊が見えてたっていうのは知ってるよね?」
「うん、もちろん……お母さんだけが、私が幽霊見えること信じてくれてたし……」
自分の持っている霊視能力は、元々は祖母からの遺伝であると、日向は幼少期に香織から聞かされていた。その頃は自分の能力が特別なものだと思わず、周りにも話してしまっていたため、香織から注意を受ける事も度々あった。
「まあ、今はもう見えなくなっちゃったけどね!私も日向くらいの歳の時には、同じように幽霊ともよく関わってたの」
香織は陽気に笑った後、どこか昔を懐かしむような微笑を浮かべて言う。
「それで……もうだいぶ前かな。私の所にも、日向が会った男の子と同じことを頼んできた幽霊が現れてね。その時はなんにも考えないですぐOKしちゃったのよ!」
「え、えぇ……」
香織は今の日向とは真逆で、楽観的で竹を割ったような性格である。とはいえさすがにそれはどうなんだと思いつつも、日向は話の先を促す。
「そういう存在に自分から関わることで、危険なことも沢山あったよ。でも、そこで出逢う人達の思いとか、葛藤とか……そういうのを知って、力になりたいって思うようになったんだよね」
(知らなかった……お母さんが、私やお父さんに隠れてそんなことをしていたなんて……)
日向の心を読み取ったように、香織は自分の顔の前でぱちんと両手を合わせて頭を下げた。
「今まで黙っててほんっとごめん!もっと早く日向には言おうと思ってた。……でも、あの人との事もあったし……日向のことも巻き込みたくなかったんだよね。まさか、私の次に日向が選ばれるなんて思ってなかったし」
「あ、謝らないで……。お母さんが、私を思ってのことなんだし……。でも、選ばれたって……私はこれからどうすればいいの?」
「んー、こうなった以上は……その男の子に協力してあげてほしい。
その子がここにいるってことは、この町のどこかに、心残りを抱えた幽霊がいるってことだから。
それで、どうしても自分には出来ないって思ったら、その時はその時で……私が何とかしてみる!でも、一度やってみてから決めてもいいんじゃない?ねっ、物は試しだよ!きっと悪いようにはならないから!」
後半にかけてやや強引に勧められた気もしたが、香織の言葉に頷き、日向は椅子から立ち上がった。
「……分かった。お母さん、私、戻ってあの男の子探してみる……!」
日向は言いながら、急ぎ足で玄関へ向かう。
「お、行っといで!気をつけてね!
……意思が固まったらすぐ行動出来るところは、昔から変わらないよなぁ。……頑張れ日向、きっと上手くやれるよ」
日向が外に出るのを見送った後、香織は笑みを浮かべて小さく呟いた。
♢ ♢ ♢
(勢いで出てきちゃったけど、あれから時間経っちゃってるし、もう居ないかもしれないな……いなかったらどうしよう、名前も分からないのにもう一度会えるのかな……?)
不安を抱えながらも、今行かなければならないという思いに突き動かされ、日向は先程の場所へと足を動かす。
程なくしてその場所に着いたものの、辺りを見渡してもあの青年は見当たらない。
(やっぱり、私がモタモタしてたからもう……)
『 え?だーから断られたから1回そっち戻るんだって!何でここで待機しなきゃなんねぇ……って、切りやがった!ったく閻魔のやつ……! 』
諦めかけたその時、頭上から聞き覚えのある声が日向の耳に届いた。
「!」
驚いて声のする方を見上げると、日向が探していた幽霊の青年が木の幹に腰掛けて、見慣れない形をした携帯を耳に当てている。
「あっ……あの!」
「え、あ、お前!戻ってきたのか!?」
日向が声をかけると、青年は驚いた様子で日向の方を見て、慌てた様子で木から飛び、音もなく日向の前に降り立った。
「あ、あのっ私……さっきは断ってしまったんですけど……
私に、手伝わせてください……!
続けられるかは、まだ分からないんですけど……そ、それでも、いいですか……?」
「……!」
日向は緊張で顔を赤くしながら青年に言うと、青年の表情がみるみる明るくなる。
「ほんとか!?良かった……!ありがとな、一緒に頑張ろうぜ!あ、俺はエレクっていうんだ!カタカナでエレク!閻魔から付けられた名前だけど、カッコイイだろ?お前の名前は?」
「あ、えっと、草野 日向です……!エレクさん、よろしくお願いします……!」
エレクと名乗る青年に対し、日向も慌てて名を名乗りぺこりと頭を下げる。
「おう!よろしくな、日向!」
エレクは満面の笑みで日向に向かって右手を差し出す。数秒固まってから、「あ、触れないんだった!」と手を引っ込め、日向はその様子に思わず苦笑をこぼす。
この二人の出逢いが全ての始まりであることを、
霊界の王ただ一人を除いて、まだ誰も知らない。
最後までお読みいただきありがとうございます!