第11話「揺らぐ灯火①」
閲覧ありがとうございます!
※軽めの流血表現が含まれます。苦手な方はご注意下さい。
「いやー、もう夏だなー日向!」
「ですね……」
初夏の日差しが窓から差し込む6月の休日。
エレクが日向の部屋の窓から顔を出して外を眺めている。
日向は扇風機の風を受けながら、近々高校で行われる期末試験に向けて勉強を進めていた。
「にしても、なんなんだろうなー閻魔のやつ。あれからなんも言って来なかったのに急に呼び出してさ」
以前、コウルと名乗る青年の術によって日向は初めて閻魔と接触したのだが、それ以来閻魔の方から何の連絡の無いままだった。
それが突然、今日は2人共部屋にいるようにとエレクが連絡を受けたのだという。
詳細を聞かされないままかれこれ30分近くは経ち、エレクは落ち着かない様子で室内をふよふよと漂っている。
すると、日向の部屋の一角が青く光った。驚いて2人が見ると、何も無かった空間から突如、眠っている少女を横抱きに抱えた女性が現れた。
後ろで1つにまとめられた腰ほどまである長い茶の髪に、鳶色の瞳。細身の黒いパンツスーツが華奢な体格を強調している。
日本人離れした整った顔立ちをしており、モデルさながらな見た目の女性であったが、普通の人間とは大きく異なり、顔の側面に人間の耳がない。
その代わりに、頭頂部に近い場所から茶色の毛に覆われた犬の耳が生えていた。尾てい骨の辺りには犬の尻尾のようなものもある。
あまりの情報量の多さに日向は目を丸くして固まってしまった。
「うわっ!?な、なんだ!?」
「驚かせてすまない。私はアルディア。コウルと同じく、霊界にある地獄で仕事をしている者だ」
声を上げるエレクを諭すように、女性にしてはやや低い凛とした声で言う。
本人の説明と、エレクと同じように体が透けていることから、彼女も既に亡くなっていることが見て取れた。
「え、えっと、私は……」
「君達のことは既に知っている。日向にエレク、今日は二人に頼みがあって来た。この少女のことだ」
戸惑いつつも自己紹介をしようとした日向を制し、アルディアは2人の顔をまっすぐ見た後、抱き抱えている少女に視線を落とす。
ピクリとも動かずに眠っている少女も、アルディアやエレクと同じように体が透けていた。
蜜柑色の髪は肩にかかるほどの長さで、前髪の1部は緑色のヘアピンで留められている。
クリーム色のシンプルな半袖Tシャツにキュロットスカートを身に付けた夏らしい装いをしていた。
「こ、この子は……?」
「こことは遠く離れた別の街で昨夜亡くなり、浮遊霊となった中学生だ。そして……エレク、君と同様に現世に強い未練を残し、死因に関連した異能力を持ってしまった」
「ってことは……こいつも」
アルディアが静かに頷く。
「閻魔が彼女の記憶の1部を一時的に封印し、君達の仲間に加えることにした。従って、彼女の目が覚めるまでここに置いて様子を見てもらいたい」
「いーけど……てか、なんでこいつ寝てるんだ?」
「彼女に対して、君の時と同じ説明を閻魔がしたんだが、ひどく混乱してまともに取り合える状況ではなかった。記憶操作をした後もそれが変わらなくて、やむを得ず術で少し眠らせたんだ」
直に目を覚ますだろう、とアルディアが続ける。
「じ、じゃあえっと……協力してくれるかはまだ分からないんですね……」
「ああ、あくまで仕事の内容と君達の存在を一方的に伝えただけに過ぎない。全く聞く耳を持たなくて、閻魔も手を焼いていた」
「えっ、手!?それ絶対痛てぇじゃん!!」
「あ、あの、多分……対応に困ったって意味かと……」
驚愕するエレクに日向が言いづらそうに指摘した。
アルディアが軽く咳払いをして話を続ける。
「本来、彼女の反応が一般的だとは思う。エレクのようにすんなり受け入れるのは寧ろ例外だ」
「え、なんで?俺は自分のことほぼ分かんねぇけど……それでも誰かを助けられんなら断る理由ないじゃん」
不思議そうな顔をするエレクを見て、アルディアは目を伏せる。
「……そうか、君の場合は生前が……いや、すまない。何でもない」
その時、アルディアの腰に付けていた無線機からノイズ混じりに「至急戻って来てください!」と焦った様子の男性の声が聞こえてきた。
アルディアは無線機に向かって「今行く」と端的に答えた後、エレクと日向に視線を向ける。
「そういう訳で、我々から話すよりも同じ境遇の君達から説得する方がいいと閻魔が判断した。彼女が目を覚ましたら、仲間に引き入れられるように尽力してほしい。押し付ける形で申し訳ないが、これで失礼する」
アルディアは淡々と話し、眠っている少女をエレクへ受け渡す。
深くお辞儀をすると再び青い光に身を包み瞬く間に姿を消した。
エレクは少女をカーペットの上に寝かせ、ひとまずこのまま様子を見ることにした。
「まあたしかに、驚きはするよなー。俺も最初は、自分が幽霊になってるってことも信じられなかったし」
横たわる少女を見ながらエレクが呟く。
「話を聞いてくれるといいですね……」
2人が話していると少女の瞼が開き、炎のような橙色の瞳が日向とエレクを映した。
少女はそのまま数回まばたきをして2人を見つめると、はっと我に返り弾かれたように飛び起きた。
「……っ!!」
「あ!起きた!お前、大丈夫か?」
「……誰……!?」
エレクがしゃがんで少女の顔をのぞき込む。
少女は怯えた様子でエレクを凝視した。
「俺、エレク!俺も幽霊なんだ!で、こっちは日向!よろしくな!」
「……は……?」
曇りなく笑うエレクとは反対に、少女は置かれている状況が全く飲み込めていない様子で声を漏らす。
「す、すみません、まだよく分かりませんよね……。あの、名前……教えて貰えますか……?」
日向がおずおずと尋ねる。
「名前……あたしの、名前は……。……分かんない……そうだ、変な子供に、勝手に「ラン」って呼ばれて……」
少女は頭に手を当てて目を伏せながら、記憶を整理するように呟く。エレクと同じように、生前とは別の名前を付けられたようだった。
「……そうよ、全部あいつに……!名前も、家族のことも思い出せない!見た目だって絶対こんなんじゃなかった!あたし、あたしは……!!」
ランは次第に記憶が蘇ってきたようで、怒りや焦りを抑えきれない声色へと変わっていく。
「落ち着けって!そいつ言ってたろ、未練をしばらく思い出させないために……」
「意味わかんない!!何で!?何であたしがそんな事されなきゃいけないの!?あたし……ほんとに死んじゃったの……?何でなにも思い出せないのよ……!!」
ランはバッと立ち上がると、エレクの声を遮って声を上げる。
「大丈夫だって!俺らといれば……」
「やめてよっ!!」
ランが声高に叫んだ瞬間、ランの両手から赤色と青色の炎が勢いよく迸った。
その2色の炎は手から離れると、一直線に日向とエレクの方へと向かっていく。
「!?日向下がれ!」
エレクは驚くと同時に声を張り上げ、日向の前に飛び出して炎を一身に受けた。
「エレクさん!!」
日向が悲鳴に似た声を上げる。
突如生まれた炎は、数秒経つと何事もなかったかのように薄れて消えていった。
エレクは咳き込みながらその場にがくりと片膝をつく。
「な……なに、今の……あたし、何も……!!」
ランは声を震わせて、自身の手と目の前のエレクを交互に見る。
今にも泣き出しそうな顔になり、2人に背を向けると逃げるように部屋の窓から外へと飛び出して行った。
「あ……!」
(追いかけても、私じゃランさんに触れないから引き止められない……。こうなる前に私が何か出来ていれば……!)
「あっつ、いってて……」
ランに向いていた日向の意識がエレクの声に引き戻される。
「エレクさん!大丈夫ですか……!?」
「あー……平気!一瞬だったし、思ってたよりは大丈夫!日向は?」
「わ、私は大丈夫ですけど……!」
そばに寄る日向にエレクはつとめて明るく振る舞うも、その笑顔はややぎこちない。
「あいつ、能力をコントロール出来てないんだ。普通の火も出てたからさ」
そう言ってエレクはカーペットに視線を向ける。端の方が少し焦げていた。
エレクが言うには、“霊力”という、死後の自分の中に備わっているものだけで発動した異能力は青色になるらしい。
そういえば、初めてエレクと会った時にエレクが落としていた雷も青みがかっていたと日向は思い返す。
あの時みたいに上手くコントロール出来ていれば、悪霊にだけ攻撃出来て、普通の人の目にも見えないんだとエレクが説明する。
反対に集中出来ていなかったり理性を失ったりしている状態だと、能力が暴走してしまい、現実世界の物にも影響を及ぼしてしまうのだそうだ。
だとすると、ランがあの状態のままなのは危険な状態であるということは明白だった。
「俺、あいつ探してくるよ!っい、……ってー」
そう言ってエレクは勢いよく立ち上がるが、足に力が入らずふらついた。
「あ、あのっ、休んでた方が……!」
「へーきへーき!待ってろ、ちゃんとあいつ連れて戻ってくるからさ!」
心配そうな日向にエレクは気丈に振る舞い、窓をすり抜けてランの後を追った。
♢ ♢ ♢
「なんなのよあれ、火が勝手に……!あたし、あたし何も悪くない……!」
ランは涙が滲みそうになるのを唇を噛んで堪えながら、行くあてもなく駆けていく。
いくら走っても息が上がらない。
胸に手を当ててみても、鼓動が聞こえることもなかった。
(なんで、どうして……!?あたしは死んでない、死んでるわけない……!!)
ランは自分に言い聞かせるように心の中で叫ぶ。
それでも、目を覚ましてから自身に突きつけられた数々の非現実的な事態に、心のどこかで分かっていた。
もう自分が、この世のものでは無くなったことを。
「……きゃっ!!」
前をよく見ずに走っていたランはいつの間にか人気の少ない薄暗い路地裏に入り込み、目の前に立っていた〝何か〟に勢いよくぶつかった。
ぐにゃ、と気味の悪い感触が伝わる。
ランは顔を上げる。
思わず息を呑んで目の前の〝それ〟を凝視した。
人間の形は保っているものの、その体は黒くスライムのようにぶよぶよとしていて、高さもランの身長の倍はあった。
目や鼻は無く口だけが大きく開いていて、人間の歯とはどこか違う牙がびっしりと並んでいる。
自我を失った浮遊霊の成れの果てである悪霊だった。
「は……、なに、これ……?」
「ア、ゥア……鬆シ繧?蜉ゥ縺代※縺上l縲り協縺励>繧薙□…」
単語が1つも拾えないような濁音を帯びた声を上げながら、目の前の悪霊はランの片腕を掴み引っ張りあげる。
「!?ちょっと、離しなさいよ!!」
言いようのない恐怖を感じ、ランは掴んでいる手を振り払おうともう片方の手をぶんと振る。
すると、先程日向の部屋で放った時と同じ炎が手から溢れ出し、悪霊の顔面に直撃した。
掴まれていた腕は離れたものの、悪霊は野太い叫び声を上げて暴れ始めた。
「ア゛ア゛ア゛!!逞帙>逞帙>逞帙>辭ア縺??縺!!」
その勢いのまま悪霊は不自然に伸びた長い腕を振り回し、獣のような鋭い爪でランの腕を力強く引っ掻いた。
「いっ……!!」
激しい痛みにランは顔を歪める。
裂傷からは赤い血が滴り、腕から離れるとすぐにその血は空気に溶けて消えていく。その現象にすらランは恐怖を覚えたが、同時に、今はそれどころではないということも分かっていた。
ランは悪霊から背を向けて走ろうとした。だが、震えた足は思うようには動かず、さほど悪霊から距離が離れないうちにもつれて転んでしまった。
悪霊が、ジリジリとランに近づく。
「やだ、やめて、来ないでよ……!!」
ランは後ずさりしながら、すがるように悪霊に向かって言うものの、その声が届くことは無い。
「谿コ縺吶?∵ョコ縺励※繧?k……」
悪霊はブツブツと何かを呟きながら歯ぎしりをして、長い腕を振り上げる。
「誰かっ……!!」
ランの絞り出すような悲痛な声も虚しく、悪霊はランの頭めがけて、勢いよく腕を振り下ろした。
最後までお読み下さりありがとうございます!




