第1話
秋もそろそろ終わりを迎える頃の夜に、鈴虫の鳴き声がより一層静けさを深くする。
秋に入り何度目かの満月の夜。
城下には多くの人が佇んでいた。
肌寒い風が吹き、満月が天の真上に上がった頃、天守閣の屋根に現れた影を人々は待ってましたとばかりに見上げる。
両手を天に上げ、まるで届かぬ月を掴もうと飛び跳ねたりうろついたりする姿は不出来な舞の様で滑稽で、ある者は腹を抱え、ある者は指を指し、ある者は動きを真似するなど様々だったが、総じて皆、笑っていた。
天守閣に現れた一匹の猿。
いつからか分からないが満月の登る夜に現れその月が沈むまで滑稽な舞を踊るようになっていた。それはいつのまにか城下町中の噂になり、人々はこの猿を月見猿と呼び、満月が登る夜はその姿を一目見ようと城の周りに人が集まって来るようになっていた。
ある日私は城に呼び出され番頭よりある命を受けた。月見猿の噂を知った殿が大層お冠で自分より高い場所で滑稽に踊る猿は自分を愚弄しているから直ちに捕まえろとの事らしくその役目が私に回ってきた。
その夜、家来に長梯子を用意させ、月見猿を待ち満月が天上に登る頃、猿は現れた。
その時初めて月見猿の舞を見た私は、なるほど確かに噂通りこれは滑稽で面白いと思った。
梯子をかけ屋根伝いに登って行き猿に近づくも猿は逃げることをせず踊り続けていたが、近づき見たその姿は、遠くから眺めて滑稽だと感じた舞とは全く違い、そこには鬼気迫る様な、苦しみにもがく様な姿で一心不乱に月に手を伸ばす猿の姿があった。
その猿の迫力に呆気を取られた私や家来たちが姿を眺めていると、次第に動きが鈍くなり遂にはその場に倒れこんでしまった。
近づいて見ると猿は死んでいた。
血の涙を流しながら眠るその表情には苦しみや悲しみを浮かべている様に感じた。
「あれは春の始めの頃です。家の外に出て見ると子連れの猿がおりまして、親猿がどうやら怪我をしておったようで、手当しエサを与えました。
エサを与えてた所為か近くに居着くようになったのですが、私も家内も子がおりませんで大層可愛がっておったのです。
ある日、小猿の方が全く動かなくなりましてどうやら死んでしまったようだったのですが親猿は気付いていないのか死んだ事を理解出来ていないのか、いつもの様に小猿の手を引き歩き回ったり、与えたエサを小猿の口に詰め込んだりしておりました。
その姿があまりに不憫で小猿の屍を何度か引き離そうとしたのですが、その度に親猿は私達に牙を剥いて唸りそれを許しませんでした。
次第に小猿の体は腐って姿を変えていくも親猿は手を離そうとしませんでした。
そんなある夜、いつもの様に私からエサを与えられた親猿は小猿の口にエサを詰め込もうとするのですが小猿の腐って脆くなっていた頰の肉は破れエサが溢れ、それを拾っては口に詰めを暫く繰り返していたました。その後エサを詰めるのをやめ、小猿が居なくなったと思ったのか小猿の骸から手を離し、小猿の姿を探しておったのでしょう、辺りをキョロキョロと見渡しましたが小猿の姿は見つからず、ウロウロと動き出しましたが急に動きが止まり上を暫く眺め、天を掴もうとするように必死に手をかざしておりました。
空には大きな満月が浮かぶ夜でした。
明け方になると親猿はどこかに消え小猿の変わり果てた骸だけがありました。」
月見猿の姿が気になった私は猿が死んだ後この猿がどこから来たのか探し回り、山に住む老人夫婦からそんな話を聞いた。
成る程、満月に我が子の姿を見て必死に抱こうとしたのかもしれない。
獣であっても親が子を想う気持ちは変わらないという事か。
その後、私は老人夫婦が建てた小猿の墓の横に月見猿の墓を建てさせた。
必死になって子を抱こうとした月見猿の願いがせめて死後に叶う事を願って。




