第二章 5~第三章 1
5
翌朝、急に人数が減ったことに驚くメガスに、コンラッドの護衛が裏切り者だったと説明した。
「またいつ狙われるか分かりません。人数も減ってしまったことですし、なるべく離れずに歩いた方が良さそうですね」
メガスの提案もあり、レヴィーたち五人とコンラッド、それにメガスたち六人は昨日までと比べて距離を開けることなく、森を歩くことになった。
半日ほど歩くと女神の洞窟の前に辿り着くことが出来た。
「思ったより随分簡単に着いたな」
レヴィーが短剣をしまいながら呟く。
「この辺りは普段もう少し危険なはずだが......」
「動物も少ないみたいですぅ」
シェリーとパティも首を傾げる。
「でも、まぁ進むしか無いわよね」
「心配ばかりしても仕方ないだろう」
考え込む四人にプリシラとコンラッドが軽く声をかける。
「それもそうだな」
レヴィーも納得したように頷き、そのまま予定通り洞窟に入ることにする。
洞窟の入り口は蔦でやや隠れており、場所を知らないものだったら気付かないほどひっそりとしている。中はやや暗かったので、シェリーが光魔法で回りを明るく照らす。通路は緩やかな下り坂で狭く二人並んで歩くのがやっとな程度だ。天井もあまり高くない。
石で出来た床を歩きながらレヴィーは隣に居るプリシラに話しかける。
「なあ、この洞窟にはモンスターとかいないんだろ?」
「そうよ。水の女神様の力なのか、この洞窟には魔物が住み着かないのよね。それにここは儀式で定期的に人が入るから山賊達も住処にもしないしね」
「それにしても、何で大切な水の女神像をこんな辺鄙なところに設置してるんだ?」
「あっ、それは僕も気になっていました」
前を歩いていたセシルも振り返る。
「実はね、暗黒時代はこの洞窟がハーフェンの隠れ里だったの」
「え? そうなのか?」
レヴィーが驚いて回りを見回す。
「うん。でもここはただの通路よ。暮らすには流石に狭いでしょ。奥にかなり広い空間があってね、そこでまだ村という規模だったハーフェンの人たちが暮らしていたんだって」
「何でわざわざ洞窟に暮らしてたんだ?」
「レヴィーは聞いたこと無い? 暗黒時代の末期は本当に酷い時代で、目立つ町や村は軒並み魔王軍に襲撃されたのよ」
「そう言えばいまだに頑丈な城壁に守られてる町も結構あるもんな」
「ええ。ハーフェンも規模こそまだ小さかったけど、豊かな漁港のある村で、狙われる危険があったの。そこで、当時の村長がこの洞窟に村人達を移住させたの。それで、村長の息子が洞窟の奥で取れる美しい石で村人の安全を祈願して水の女神像を彫ったんですって。やがて水の女神像の噂を聞きつけた伝説の勇者様も打倒大魔王の為に祈りを捧げにきたの。それがきっかけで、世界が平和になって村を元の場所に戻した後も成人の儀式として水の女神像に祈りを捧げる風習が残っているの」
「伝説の勇者も祈りを捧げた像なのか」
レヴィーの背中で剣がカシャンと音を立てた。
「うわっ、すげーな」
数時間歩くと突然景色が広がったのでレヴィーが思わず声を上げる。そこは広間と呼んでも差し支えない位の空間だ。その昔は村として使っていた場所だと言うが、今ではすっかりその面影は無くなってしまっている。
広間の真ん中には水が流れていてまるで小さな川のようになっている。その中心に丸い池があり、そこに美しい女神像が鎮座していた。
「透明な像......美しいな」
洞窟の奥で取れる石で彫られたと言うその女神像のあまりの美しさに全員が息を呑む。うまく言葉で言える感動ではないが、何とかセシルが口を開いて感想を漏らす。セシルの言う通り女神像は透明な石で作られている。
「ほら、プリシラ」
「うっうん」
レヴィーに声をかけられたプリシラが意を決して女神像のところへ歩み寄る。そして女神像の前にある台座の前に跪き、よく通る声で文字を読みあげる。
「水の加護を受けし愛しき子供たち。我は汝らに力を授けよう。我に祈りを捧げよ」
広い空間にプリシラの声が響く。続けて女神に祈りを捧げる。この文言を覚えてハーフェンに戻れば成人の儀式もクリアだ。祈り終えたプリシラが立ち上がろうとすると突然女神像が輝きだす。
「なんだありゃ?」
少し離れた所で儀式を見守っていたレヴィー達が駆け寄ろうとするが、女神像の光が収縮してプリシラに取り込まれてしまう。光を受け止めたプリシラはその場に倒れこむ。
「プリシラ!」
「プリシラお姉ちゃん!」
足の速いレヴィーとパティがいち早く駆け出したが、プリシラ直ぐに起き上がる。しかし、ほっとしたのも束の間、四人はプリシラの表情を見て呆然とする。
「誰だ? お前?」
レヴィーが問いただす。目の前に立つプリシラは先ほどまでとは打って変わって見たことも無い程威厳のある表情で四人を見つめていた。一度全員を観察するように見てからレヴィーに向けて視線を固定する。
「エールデ! やっと話ができるな。久しぶり......」
言いかけてもう一度まじまじとレヴィーを見つめる。
「おや、そなたはエールデでは無いのか?」
その名前には聞き覚えあるが、該当する人物は一人しか居ない。
「エールデだって? ......伝説の勇者の名前じゃないか」
「なんだ、あいつはそんな風に呼ばれているのか。確かにいい男ではあったが......。では、始めましてだな。妾は水の女神ユミディナだ」
「女神だって?」
「まさかプリシラ殿に乗り移るとは!」
セシルとシェリーが声を上げるが、レヴィーは気にした風も無く女神に声をかける。
「女神様、そいつに体を返してやってくれよ」
すると女神が酷くつまらなそうな顔を向ける。
「折角、精霊と人間を繋ぐ聖女に会えたんだ。もう少し堪能させてくれても良かろう」
「聖女だって?」
「最近の勇者は無知なのだな。いいか、聖女というのはだな......」
そこまで言うと、突然光る矢がプリシラの体に突き刺さる。
「!」
余りに突然な出来事に、その場に居た誰も一歩たりとも動けなかった。
プリシラの体がゆっくりと後ろに倒れるが、地面につく前に刺さった光の矢ごと浮かび上がる。
「おい!」
咄嗟にレヴィーが捕まえようと走るが、それよりも速く体は浮いたまま広間の出入り口へと移動する。
目を向けるとそこにはいつの間にか追いついたメガスたちが立っていた。運ばれたプリシラを抱きかかえるためにメガスが前へ出る。
「メガス! お前!」
「この三流貴族! プリシラさんを離せ!」
出入り口の一番近くにいたコンラッドがメガスに掴みかかろうとする。
「家柄以外取り柄のないボンボンがっ! 主がボンクラだと部下も使えないな」
何時も穏やかなメガスの顔が邪悪に歪む。
「貴様の仕業だったのか!」
掴みかかろうとするコンラッドの腕を逆に掴み、そのまま投げ飛ばす。
「ぐはっ!」
投げ飛ばして倒れ込んだところに、膝から飛び降り、全体重をみぞおちにかける。
「!!」
あまりの衝撃に声を発することも出来ず、コンラッドは意識を失ってしまう。
「おっと、危ない」
メガスはその位置で立ち上がり、宙に浮かぶプリシラを捕まえる。
「君たち、聖女をここまで連れてきてくれて感謝するよ。やはりこの娘が聖女だったか」
「何なんだよ! どういう事だ?」
出入り口へ駆け出そうとするとメガスの護衛たちが一斉にレヴィーに右手を向ける。
「レヴィー」
セシルが首を振る。レヴィー自身もあの量の魔法攻撃を一度に避けられない事は分かっているので、それ以上前に進む事が出来ない。
「まあ何にせよ、君たちが知る必要はないさ」
そう言うと、メガスは護衛の一人に眼で合図をする。するとその護衛は懐から巻物を取り出し呪文を唱える。
「移動魔法の巻物か!」
シェリーが気付き、とっさに魔法を妨害するために炎魔法を唱えるが、火の玉が当たる前にメガスとプリシラ、そして護衛たちは姿を消してしまった。
第三章
1
洞窟の奥で取り残される五人。
「消えたぞ? どう言う事だ?」
一瞬前までメガスたちが居た場所にレヴィーは走るが、跡形も無い。
「移動魔法の巻物を使われたのだ。奴らは今頃この洞窟の外に居る」
「洞窟の入り口からここまで来るのに数時間かかっています。もしシェリーさんの言う通りなら追いかけるのはかなり難しいですね」
シェリーの言葉を聞いたセシルが顎に手を当てる。
「くそっ! 守ってやるなんて言っておいて何も出来なかったじゃないか!」
レヴィーが地面に座り込み拳を叩きつける。そんなレヴィーの肩にシェリーがそっと手を乗せる。
「プリシラ殿を助けたいか?」
「ああ」
一瞬の迷いも無く応える。出会ってからまだ殆ど時間は経っていない。しかし、レヴィー自身が驚くほどにプリシラの存在が大きくなっていた。
「いい眼だ。では立つがいい。セシル殿とパティ殿もこちらへ。あと、ここに置いておくのも気の毒だからコンラッド殿も」
シェリーが全員を自分の周りに呼び寄せる。セシルがコンラッドを抱えている。
「一体、何をするつもりですか?」
「セシル殿は心配性だな。何度も言っているだろう、自分は味方だ」
「だから、それが信用出来ないと言っているんですよ」
レヴィーたちを守るようにセシルがシェリーとの間に立つ。
「......全く、最近の若者は疑り深くていかんな。自分はかつて伝説の勇者と共に大魔王を封印した魔導師の末裔だ。末裔と言っても孫だがな。そして我が家は代々剣に選ばれた勇者の成長を見守り、勇者が道を外しかけた時は教育するようにという使命を担っている」
「後見人って事ですか」
「そう言う事だ。納得していただけたかな?」
セシルが頷くのを確認すると、シェリーは深呼吸を一つして詠唱を始める。
「――時の門よ、開きて我らを誓いの地へと導け」
シェリーを中心に現れた大きな光が四人を包む。
「うわっ」
「にゃっ」
余りの眩しさに思わずレヴィー達は思わず目を瞑ってしまう。体に感じる重力が強くなったり、弱くなる感覚に気分が悪くなるがそれもすぐに治まった。
――次に目を開けるとレヴィー達は洞窟の前に立っていた。
「何が起こったんだ?」
レヴィーが周りをキョロキョと見回す。
「なあに、こちらも移動魔法を使ったまでさ。印を付けておいた場所へ移動出来るだけだ。騒ぐほどでも無い」
「確か術者に負担がある魔法だった筈では?」
「セシル殿、そなたは戦士にしておくには惜しい博識だな。どうだ、自分の弟子にでもなるか?」
シェリーが冗談交じりに応えるが、言い終わるのと同時に膝をついてしまう。
「シェリーさん?」
「魔力を使い過ぎてしまっただけだ。少し休んでいれば回復する」
「どうやらのんびり回復させてもらえなさそうですよ」
セシルが剣を抜き、前を見つめる。そこには昨日取り逃がしたコンラッドの護衛たちが待ち構えていた。その胸には邪教を崇める聖印が下げられている。先日、街で襲われた後に手に入れたものと同じ模様だ。
「やはり邪教絡みでしたか」
苦々しくセシルが呟く。
「おや、随分早く出てきたな」
「だが、お前たちもここまでさ」
コンラッドの護衛......邪教徒たちがレヴィー達を囲みだす。目立たないようにシェリーがパティの服の裾を掴み小声で尋ねる。
「パティ殿、此処にはもうプリシラ殿は居ないのか?」
「はいなのです。お姉ちゃんの匂いは街の方へ消えていっていますです」
「そうか。ところで、パティ殿はもう獣化は出来るのか?」
「え? 少しの時間なら出来ますですけど......」
「では獣化してこの二人を街まで運ぶんだ」
「シェリー、お前はどうするんだ?」
レヴィーが回りに悟られないように口を挟む。
「あんな小童ども自分一人で充分だ。さあ、パティ殿!」
「......はいなのです!」
パティは掌を胸の前で合わせて大きく息を吸う。そして、ガルルルルと小さな体には似合わない低い音を喉から出す。その声が合図になって体が急激に変化し、巨大な赤い虎になる。
「獣族だ!」
「蛮族め!」
「こっ殺せっ」
邪教徒達が口々に罵りながら魔法や矢を放つ。
「――拒絶の波動よ、我が周りに集い拒絶の壁となれ」
咄嗟にシェリーが障壁魔法を発動し、それらを全て防ぐ。しかし、限界まで魔力を使ったというのに、更に力を酷使したので、その負荷が体にかかってしまう。
「ごほっ」
「シェリー!」
吐血したシェリーをレヴィーが抱き上げようとするが拒絶される。
「自分の事は置いていくが良い」
「だけど......」
困惑するレヴィーの肩をセシルがぐいっと引っ張る。そして強引に虎となったパティの背中に乗せる。
「僕が残るよ。パティさん、早く行ってくれ」
「え? セシル、ちょっと......」
「さあ早く!」
セシルが大声を出すとそれを合図にパティが駆け出す。
「必ず後で追いついて来いよ!」
パティの背中に乗ったレヴィーの声はあっという間にその姿は遠くなってしまう。
シェリーは訝しげにセシルに目を向ける。
「どうしてそなたまで」
「女性一人残していけないでしょう? それに、僕もレヴィーが無事に勇者の使命を全う出来るように全力を尽くすと言う誓いを立てていますから。貴女とは言わば同志ですね」
「ほぅ、その話、先日も聞きかけたな。誓いとは興味深い」
「別にそんなにいい話ではありませんよ」
「いい話かどうかは聞いた後に判断してやるぞ」
「......昔、強い剣士を目指す少年がいました」
そこまで言うと何本かの矢が二人めがけて飛んでくる。セシルはそれを大きな盾で受け止め続きを話し始める。
「ある日、その少年の住む村に、年老いた勇者が後継者を探しにやってきました」
死角と思われる場所から魔法を放とうとした邪教徒目がけ、セシルはナイフを投げる。邪教徒の一人はそのまま後ろへ倒れ、他の者たちもその様子に驚愕して一歩退く。
「少年は張り切って課題をこなそうとしましたが、張り切りすぎて危険な目に遭ってしまいました。そして、その時に少年を庇ったバカな友人が間違って次の勇者に選ばれてしまいました」
言いながらセシルは盾を地面に突き立てシェリーをその陰に隠し、ついでにずっと背負っていたコンラッドも隣へと下ろす。そして腰の裏の金具を外し、鎧を脱ぎ捨てる。普通の重鎧であったら着るのも脱ぐのも時間がかかるが、シェリーは脱いだ鎧の内側の刻印を見て魔力のかかっている品だと見抜く。
「そのバカには立派な盗賊になると言う夢があったのに、勇者になってしまいました。そして、使命を終えるまで家業を継げなくなってしまいました。......だからその時、僕はあいつの盾になる事を誓ったのです」
セシルは盾の裏に仕込んであった二本の小剣を取り出す。
「しかし、今は誓った相手もいませんし、存分に戦うことにしましょうか。折角、騎士団に入って剣と盾の腕を磨きましたが......。一応、盗賊の隠れ里出身なので、こっちの方が得意なんですよね」
両手に小剣を構えて不適に微笑む。
「悪いけど、小剣だと手加減できないんで、死にたくなかったら逃げてくださいね」
その言葉を聞いた邪教徒たちが一斉にセシル目掛けて攻撃を開始した。