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その勇者、盗賊につき  作者: かんな らね
7/14

第二章 3(2/2)

「じゃあ、みんなしっかり休んででね!」

 最初の見張りはレヴィーとプリシラだ。見張りといっても焚き火を絶やさないようにするのが一番の仕事なので、燃えやすい枯れ木などを放りながら話をして時間をつぶすくらいしかない。焚き火の傍らでお湯を沸かしながら二人は紅茶をすする。コンラッドとメガスたちのパーティーはかなり距離を開けてキャンプをはったらしい。森の中で十七人がキャンプをはれる様な場所はなかなか無いのだ。何となく遠くに明かりが見えるが、その様子を確認することは出来ない。

「見張りって言うのも結構退屈なのね」

 初めこそはしゃいでいたプリシラであったが、すっかり退屈してしまったらしい。冒険に慣れていないことも重なって少し眠そうだ。

「見張りなんてこんなもんだぞ。寝てても構わないぞ」

「駄目よ、見張りなんだから!」

 紅茶を飲んで目を覚ます。それを見てレヴィーが不思議そうな顔をする。

「お前、変わってるな」

「どうして?」

「貴族って偉そうな奴が多いだろ?」

「私も昔はそうだったわ。自分が恵まれてるって知らなかったし、周りに特別扱いされるのは当たり前だと思ってた。だけど、修道院でお世話になって少しだけ世の中の事が分かったわ」

 森の夜は静かで、会話が途切れると焚き火のパチパチと言う音だけが耳に入る。プリシラはその火を眺めていた瞳を一度ゆっくと閉じ、目を開けると再び話し始めた。

「レヴィーは食べるのに困ったことある?」

「いや、冒険中に腹が減る事とかはあるけど、何日も食べれないとかそう言うのは無いな」

「私も無いわ。だけど、修道院に来る人たちの中には本当に何日も食べられなくて、炊き出しのスープを泣きながら飲む人たちが居るの。夫の暴力から逃げて安心して眠れることを小さな子供と抱き合って喜ぶ人、字を覚えて生活できるだけのお金を稼げるようになった人......。そんな人たちを見ていてのんびりと花嫁修業なんて出来なかったわ。それで私は院長様に無理を言って神聖魔法の修行をさせて貰ったの。剣術だって学んだし、自分の力を活かして世界中を旅して沢山の人の役に立ちたいの。......貴族がこんな事言っても偽善にしか聞こえないかな」

 えへへ、と自嘲的に微笑むプリシラの方を向き、レヴィーが首を振る。

「そんなこと無いさ。俺は自分の事ばっかりだしな」

「え? でも......」

 プリシラが反論しかけた時、勢い余って薬缶を腕に引っ掛けてしまう。薬缶のお湯が焚き火に零れて水蒸気のせいで一瞬火が強くなる。

「危ない!」

 パチっと大きな音を立て、プリシラに向かって飛んできた火の粉をレヴィーが腕を伸ばして防ぐ。

「レヴィー! 大丈夫?」

 火はすぐに弱くなり、また元通りに穏やかな音を立てながら燃え始める。一度火が消えると点けるのが大変なのでレヴィーはほっとため息をつく。しかし、そんな余裕のレヴィーとは裏腹にプリシラは慌てて傍に移動する。

「大したこと無いさ。皆起きちまうから大声出すなって」

「でも......」

 レヴィーの腕にはしっかりと火傷の痕がある。

「腕貸して」

「何だよ」

「いいから!」

 と、プリシラが強引に腕を掴むと目を瞑り詠唱を始める。

 

「――水の女神ユミディナに願う。我が友に癒しの奇跡を」


 するとプリシラが手を当てている火傷の痕が光を放ち、徐々に周りの皮膚との差が無くなっていく。

「すげえな! もう痛くないぞ。サンキュ。神聖魔法って間近で始めて見たよ」

「意外と使う人少ないもんね。神聖魔法って世界中に存在する精霊神やその眷属の力を借りる魔法なのよ。と言っても、まだ精霊神の声は聞こえないけどね。女神様が声を聞かせてくれるだけでも有難いわ」

「そうだな。それですっかり痛く無くなったしな」

「だけどそれは元々私のせいだし」

「だって守る約束したじゃね~か」

 当たり前のようにレヴィーが応える。

「!」

 するとプリシラが急に抱きついてきた。

「なっなんだ?」

「うるさいわね。少しこのまま居させなさい」

「............」

 そう言われたらどうしようも無く、暫くレヴィーはそのままの姿勢でプリシラの美しい青銀髪をそっと撫でる。

「!」

 するとプリシラの手がより強くレヴィーを掴む。やがて小さな嗚咽がレヴィーの耳に届く。どうしていいか分からなかったが、昼間プリシラがパティにしていたように背中をトントンと叩く。

「大丈夫、大丈夫だ」

 そして同じように耳元で囁く。プリシラは顔を上げる事無く、更に強くレヴィーの服を掴んだ。



 少ししてレヴィーは自分の心臓の音に追い立てられて口を開く。

「あっ、そう言えば話していなかったか。俺も水の女神像に用があるんだ」

「用って?」

 不思議そうに問い返すプリシラにレヴィーは背中の剣を鞘ごと外して見せる。

「この剣、盗賊が持つには大きすぎるだろ」

 盗賊はそのスピードが命だ。よって装備も極力軽量な物を選ぶ。戦闘も攻撃よりは回避して逃げきる方に力を入れるので、武器はナイフ等の小さな物が好まれる。大きくて軽量な武器もあるが、大きい物は隠密行動中に音を立てる危険性があるので避けられている。

「そう言えば大きいわね。でも、かなり良い品に思えるけど」

「目利きも出来るのか?」

「まさか、ただ綺麗な剣だと思っただけよ」

「これ、伝説の剣なんだって言ったらどうする?」

「どう言う事?」

「そのまんまさ。この剣が三百年前に大魔王を封印した伝説の勇者が持っていた剣なんだよ」

「そうなんだ......って、え?」

 あんまりさらりと言うので、プリシラは一瞬聞き流しそうになったようだ。飲んでいた紅茶で咽そうになるのを何とか堪える。

「そんなに驚くなよ」

「驚くわよ! じゃあ、レヴィーは勇者の末裔なの?」

「調べてないけど、別に子孫って訳じゃないと思うぞ。剣を継いだだけだ」

 焚き火の明かりを受けて剣が赤く光る。

「剣を継いだ?」

「ああ、言い伝え聞いたこと無いか?」

 レヴィーが何百万回聞いたか分からない一節を暗唱する。


――世界が闇に覆われし時

 七色に輝く勇者が現れ

 光を取り戻すであろう


「それ三百年前の勇者の伝説でしょ」

「で、これが七色の正体らしいぞ」

 そう言ってレヴィーは剣の柄を指ではじく。

「剣が光るの?」

「そういうことらしい」

「持ち主なのに自信が無さそうな言い回しね」

「仕方ないさ。俺は七色に光ったところを見たこと無いんだから」

「え? じゃあどうして?」

「知ってるか? 大魔王の封印って定期的にかけなおさないと危ないそうだ」

 レヴィーの話そうとしてる事が伝わらないらしく、プリシラが小首をかしげる。その様子を見てレヴィーはどう説明しようか一瞬悩み、頭を掻く。

「えーと、つまり定期的に再封印しないとまた暗黒時代が始まっちまうんだよ。それを防ぐ為に、剣を継いだ者が剣の光の源である精霊の力を集めて、大魔王が力を取り戻しそうになるとまた封印するんだそうだ」

「精霊の力で光っているの?」

「ああ、世界中に沢山の精霊が居るが、この剣は最大で七つの精霊の力を借りることが出来る」

「だから七色に光るのね」

「そういう事らしい。長い時間かけて精霊の力を集め、七つ揃えて大魔王の力が高まりそうなタイミングで再封印を繰り返している。大体、七十年に一度くらいのタイミングで再封印をしているそうだ。だから単純計算で十年につき一体の精霊と契約できれば上々なんだ」

 それを聞きながらプリシラが剣をまじまじと見つめる。剣は鞘に収まっているので柄の部分しか見えないが、とてもしっかりとした造りをしており、柄の中央には透明な硝子の様な石が納められている。剣を見せながらレヴィーが更に話を続ける。

「それにな。この剣、俺にしか抜けないんだぜ」

「そうなの?」

「ああ。剣に選ばれた勇者にしか抜けないんだ」

「へぇ。試してみても良い?」

「良いけど、無理に引っ張って肩とか外すなよ」

「そんなに力無いって」

 レヴィーは軽くと剣を受け渡すが、受け取ったプリシラにとっては予想以上に重かったらしく、慌てて両手で支える。

「うわっ、結構重いのね」

「そりゃあ伝説の剣だからな」

「それもそうね。じゃあ、抜いてみるね。えいっ!」


 ――スポッ!


「きゃっ!」

 抜けないと聞いていたので、勢いよく引っ張ってしまった為、プリシラは剣を持ったまま後ろへ倒れそうになる。

「おっと」

 反射的にレヴィーはプリシラの背中に手を回し、その体を支える。

「有難う。でも、これ抜けないって言ったじゃないの」

 何とか体勢を立て直してプリシラが恨めしそうにレヴィーを見つめる。

「あれ? おっかしいなぁ。セシルだって抜けなかったし、うちの家族だって全滅だったのになあ......」

 レヴィーが首を傾げていると背後で物音がする。

「!」

 咄嗟に二人が振り向くとそこには目を擦るパティが立っていた。

「喉が渇いてしまったのです......あれ? 二人は仲良しさんですか?」

「ん?」

 言っている意味が分からず二人は一瞬首をひねるが、すぐにレヴィーの手がプリシラの背中に回ったままだという事を思い出す。レヴィーは大慌てでその手を外す。

「ちっ違うんだぞ、これはだなぁ......」

「あっ、パティちゃん。この剣抜いてみてくれる?」

 咄嗟にプリシラが話を逸らし、鞘に戻した剣をパティに渡す。

「抜けばいいのですか?」

「そうよ」

 プリシラに言われてパティは受け取った剣を抜いてみようと力を入れる。

「......うんしょ、うんしょ。あれれ? 抜けないのです」

 しかし、剣が鞘から抜ける気配は全く無い。

「ほらな」

「本当みたいね。......パティちゃん有難う。もう良いわよ」

「固い剣なのです」

「こっちだ」

 そう言って鞘に収まったままの剣をレヴィーに渡す。

「そうそう、喉が渇いていたのよね? 紅茶で良いかしら?」

「はいなのです」

 パティは猫舌らしく、ふぅーふぅーと紅茶を冷ましてから一気に飲み干した。


「おやおやパティ殿。目が覚めてしまったのか?」

 テントの中からシェリーが出てきて声をかける。

「はいなのです」

「それでは、自分と見回りでも行かないか? セシル殿もどうだ? どうせ起きているのだろう?」

 するともう一つのテントから、セシルが眼鏡をかけながら顔を出す。

「貴女はどうして何時も僕が起きていると決めつけるんですか」

「実際に起きているではないか。それにこれ以上ここで可愛らしい会話を聞いてしまっては申し訳ない」

 シェリーがくすっと笑う。

「え?」

 レヴィーとプリシラが顔を赤くする。

「安心しろ、たき火の音ではっきり聞こえたわけではない。さて、セシル殿、パティ殿、夜の見回りに行くぞ。パティ殿の腕も見れるし、楽しみだな」

「頑張るのです!」

「全く。......レヴィー、くれぐれも護衛対象に手を出すなよ」

「こんだけからかわれて出せるか!」

「からかわなきゃ出すのか?」

「うっ! ちっ違うぞ!」

「はいはい、じゃあごゆっくり」



「............」

「............」

 セシルたち三人を見送ると気まずい沈黙が場を支配する。

「それにしても、何で私も剣が抜けたんだろうね? 私も勇者だったりして」

 プリシラが不自然に話題を戻したが、レヴィーもその話に乗ることにする。そうしないときまず過ぎてとても耐えられそうになかったのだ。

「う~ん」

「そう言えばこの剣、今は何色に光るの?」

 考えても分からなさそうだったので、プリシラが話題を変える。

「一色だ。それも俺が精霊の力を借りる契約をした訳じゃない。先代が契約したものを引き継いだだけだ」

「お父さん?」

「いや、剣は血縁で継ぐ類のものでは無いらしい。基準が俺には分からないが、剣が持ち主を選ぶんだ。剣の持ち主に選ばれたら最低でも一つの精霊から力を借りる契約をしてから次の世代に引き継ぐ決まりなんだ」

「レヴィーはいつ引き継いだの?」

「七年前。たまたま俺が住んでいた村に流れ着いた旅の戦士がこの剣を持っていた先代だった。で、何かの間違いで俺が選ばれてしまったわけだ。けど、流石に七歳じゃ直ぐにはどうしようもなくって、盗賊家業の訓練の傍らで剣の修行もかなりさせられたよ。で、旅に出たのは最近だ。早く精霊の力を借りて次の世代に引き継ぎたいと思ってる」

「どうして? まだ若いんだし、もっと精霊を開放してから次に引き継いだほうが良いんじゃないの?」

 プリシラが首を傾げる。

「俺んち大きな盗賊団なんだ。あんまり褒められた家業じゃないかもしれないが、盗賊団を継ぐのが俺の夢なんだ」

「家業を継ぐのが夢......。私と逆だね」

「え?」

「私は家業を継ぐより皆に喜んでもらえるような仕事がしたい。で、レヴィーは勇者より盗賊団の親分になりたい」

「そうだな。本当だ、逆だな」

「でしょ。世の中上手くいかないね」

「そうだな」

 ふたりはくすくすと笑う。また焚き火がパチリと小さな音を立てた。



「だから夜の森では月の見れる場所が大切にされているのです」

 森の中で見回りをする三人。パティが得意げに説明する姿をセシルとシェリーが見つめる。

「あの二人、放っておいて大丈夫でしょうか?」

「セシル殿はとことん過保護なのだな。プリシラ殿かどうかはさておき、将来レヴィー殿に伴侶が出来た時に小姑になってしまいそうで心配だな」

 シェリーが本当に心配そうな表情をするので、セシルは面白くないと顔を背ける。

「余計なお世話ですよ。それに、レヴィーはまだまだ子供です。当分そんな心配無いですよ」

「確か二人は同い年では無かったか? まぁ、セシル殿の方が年上に見えるがな」

「誕生日だって僕の方が早いですから」

「では......」

「え?」

 シェリーが急に顔を近づける。

「セシル殿が先に伴侶を見つけた時のレヴィー殿の反応が楽しみだな」

「なっ」

 目の前にある緑色の瞳を何とか離し、セシルは慌てた顔を何とか何時も通りの表情に戻す。

「からかわないで下さい。悪趣味ですよ」

「いやぁすまん。セシル殿もあの中では大人に見えるが、まだまだ子供だな」

「シェリーさん!」


「二人とも、ちゃんと聞いていましたですか?」


「え?」

 振り返るとパティが頬を膨らませている。

「ええ、聞いていましたよ」

 セシルが苦しい返答をしていると、シェリーが足下の草を一本毟る。

「パティ殿、この珍しい草は何と言う名前なのだ?」

「あれれ? これはユグルムです」

「ユグルム?」

 ベテラン冒険者のシェリーも聞いたことのない草のようだ。

「はいなのです。これはまだ花も咲いていませんが、ユグルムの実には幻覚や催眠作用があって、栽培も禁止されている怖い草なのです」

「では、これは天然物か?」

「確かにこの地域で生息している草なのですが......。本来はもっと日当たりの良い場所にまとまって生えてるものなんですよ」

「確かにまばらに生えているな」

「そうですね」

 セシルも他の二人と一緒に周りを見つめる。確かに、目立たないように少しずつしか生えていない。


――がさっ


「!?」

 微かだが草を踏む音が聞こえ、三人に緊張が走る。

「シェリーさんとパティさんは僕の後ろへ」

 二人をそっと自分の影に入れ、セシルは音のした方へ声をかける。

「誰ですか?」


――がさがさっ


「すっ、すみません」

「貴方は......」

 草の陰から姿を現したのはメガスだった。

「こんな時間にどうしたんですか?」

 セシルが尋ねる。

「ええ、私たちのテントとお嬢様のテントと少し距離があるので、こうして見張りをしているのです。少しでもお役に立ちたくて......」

 頬を赤らめてメガスが答える。

「今、テントに行ったら卒倒するかもな」

「シェリーさん! それはそうと、護衛もつけずに無用心ですよ。テントまでお送りしますよ」

「いえ、皆様にはお嬢様のお傍で活躍していただきたいので、私は一人で戻れますから」

「そうですか?」

「ええ、それではそろそろ戻ります」

 そう言ってメガスは闇へと姿を消した。

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