第一章 6~7
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プリシラの依頼は、トリンカーマスターが立会人となって正式に受諾した。冒険者の店を通さない依頼は、完了後に冒険者記録帳に載せるための手続きが面倒なのでマスターに立ち会ってもらったのだ。立ち会い料金など差し引かれてしまうが、面倒な書類を書く手間を考えれば安いものだ。
そしてその後、散々酒を飲んで店を出ることにした。店を出ると、時刻はすっかり夜へとなっていた。
「夜は涼しいな~。そんじゃあ、これからどうしようか?」
レヴィーが伸びをしながらプリシラとパティに問いかける。
「あのあのっ、ここは港町だから夜は早いのです。もうすぐ他のお店も閉まってしまうのです」
時計台の時刻を見てパティが応える。時刻は夜の九時。一般的には店が閉まるには早すぎる時間だ。
「だけど、マスターがお土産にお摘みとお酒を持たせてくれたです」
「そりゃ良いや! じゃあ、俺たちの部屋で続きを話そうぜ」
「レヴィー、若いお嬢さん達を無闇に部屋に招待するものじゃないぞ」
セシルが窘めるが、プリシラが気にした風もなく微笑む。
「楽しそうじゃない。私実家に帰りづらいから。パティちゃんは?」
「え? わっワタシですか? ワタシはトリンカー冒険者店の二階で他の従業員の子達と住み込みだったのですが、こうしてパーティーに入れてもらったので、早めに出て行かないといけないです」
パティがあたふたと応える。今すぐ出て行かなければいけない訳では無いのだろうが、それだけ遠慮している所からして、二階の従業員部屋とやらは相当狭いのだろう。二人の返答を聞いてセシルが少し考え込む。
「ですが、二人部屋を一つしか取っていませんよ。今から追加で取れるかも分かりませんが問題ありませんか?」
「ベッドが二つあるなら、私はパティちゃんと寝るから問題ないわ。ね~、パティちゃん」
「プっプっプリシラ様とですか? 滅相もございません! ワタシは床で寝ますよ」
「様付けなんて余所余所しいわ。これから一緒に洞窟に行く仲間なんだから、私の事はプリシラって呼んでよ」
「流石に呼び捨てでは呼べませんですよ」
パティがぷるぷると首を横に振る。
「パティちゃんって何歳?」
「えーと、今年十三歳になりましたです」
「十三歳かぁ、そんなに小さいうちから冒険者になるなんて凄いね」
プリシラが感心したようにパティを見つめる。冒険者には何歳からでも志願できるが、通常は成人として扱われる十五歳以降に申し込むことが殆どだ。それに最近は十五歳を過ぎても直ぐに冒険者に志願せず、数年間は冒険者学校に通ったりするものも多い。従って若い冒険者はますます減っているのだ。
「でもでも、デビューするのには時間がかかってしまったのです。てへへ」
パティが笑うと、プリシラがパティを抱きしめる。
「ひゃあ、プリシラ様?」
「なんて可愛らしいの! いいこと? 今から私の事はプリシラお姉ちゃんって呼びなさい!」
「え?」
「私、一人っ子なのよ。こんなに可愛い妹が居たら嬉しいもの」
ぎゅーっと音が聞こえそうな程、強く抱きしめる。
「プリシラ様、苦しいです~」
「お姉ちゃんって呼ばないと放してあげないわよ」
「そっそんなぁ」
「私は本気よ?」
「プっプリシラお姉ちゃん! 放して~」
パティがそう叫ぶとプリシラがぱっとパティを放す。
「よろしい!」
そんな二人の様子を見てレヴィーとセシルが笑い出す。話も一区切りつき、行き先も決まったので四人は宿屋に向かって歩き始めた。
「お前ら面白いな」
「それだけ仲が良ければ同じベッドでも問題なさそうですね。それではレヴィーが床で寝ると言うことで」
「何でだよ、俺たちも一緒に寝れば良いだろ?」
「レヴィー寝相が悪いじゃないか」
「......へぇ、そういう関係なんだ」
プリシラが冷たい視線をレヴィーに向ける。
「いやっ! 普通、一緒に冒険してたら寝相位くらい分かるだろ? ほら、セシルも何か言ってくれよ」
「僕はレヴィーのホクロの数も知っていますよ」
「セシル! お前、洒落にならない嘘をつくな!」
「洒落じゃないのね......」
そんな様子を見ながらパティが三人に声をかける。
「そろそろ宿屋に行きましょうですぅ」
他愛も無い話をしながら狭い路地を曲がると突然レヴィーが足を止める。異変に気づいたセシルが耳打ちする。
「何人くらいだ?」
「この街は夜も音が多すぎて正確には分からないが......少ない人数じゃないと思う。右側からも一人来てるな」
「まずいね。投げナイフ二本しか持ってないよ」
「俺だってこいつだけだ」
レヴィーが背中の大剣に触れながら応える。足音が近づいてきて、二人は目を合わせる。
「ここは逃げた方が良いね」
「同感」
レヴィーは前を歩くプリシラとパティに声をかける。
「プリシラ、パティ、左側に走るんだ!」
「何? 急に?」
咄嗟のことにプリシラは反応できない。だが、パティは直ぐに顔つきを変える。
「プリシラお姉ちゃん、こっちですぅ!」
パティがプリシラの手を握って走り出す。その後ろをレヴィーとセシルが追いかけるように走る。
「どうだレヴィー?」
「駄目だ、ついて来ている」
街灯のない道なので、追いかけてくる者たちの様子は確認できない。しかし、足音で大体の人数は分かる。
「最低でも五人は居るな」
暫く路地を駆け抜けたが、人通りのある大通りには出られずに行き止まりに追い詰められてしまう。大通りに出る道をことごとく追っ手が封じていたのだ。
「足音からしてかなり近くまできてるな」
「はぁ、はぁ、行き止まりですぅ」
「パティ、この辺で抜け道は無いのか?」
「ここは完全に行き止まりです。裏の建物まで登れれば何とか......」
その言葉でレヴィーは行き止まりに立ちはだかる建物を見るが、二階建てだ。一階部分にならレヴィーは直ぐに上れるが、全員で逃げるのは時間的に考えて難しいだろう。その時、路地の向こうが強く光る。
「ちっ、魔法か。プリシラ、パティ伏せていろ!」
叫ぶのと同時に魔法が放たれる。眩しい光が四人の視界を奪う。攻撃魔法ではなく、探索の時に利用する光魔法を強化したもののようだ。
「まずい! 目くらましか」
「仕方ない」
そう言ってレヴィーが背中の剣を引き抜こうとするが、その時四人の背後にある建物の上から凛と透き通る声が響く。
「――一条の光よ、矢となれ!」
光の矢が数本レヴィー達をすり抜ける。
「ぐわっ!」
「今のは何だ?」
叫び声が聞こえる。どうやら、通りの向こうに居る何者達かに当たったようだ。
「くっ、あっちに魔道士が居るなんて聞いていないぞ!」
「ひとまず逃げるぞ!」
男たちが遠くへと逃げる音が聞こえる。その音が遠ざかった時に四人はようやくもとの視界を取り戻した。
「あいつら何だったんだ? それに後ろからも何かが......」
「追いかけて来た奴らは邪教徒だよ」
セシルが地面に落ちた物を拾い上げる。そこには邪教を崇める聖印が握られていた。宗教にはかなり寛容なお国柄だが、邪教に関しては厳しく取り締まっている。
邪教とはかつて封印された大魔王の復活の為に活動をしている団体だ。邪教は弱肉強食を基盤にした教えを説いていて、表には出る事はないが、裏ではかなりの信者を抱えている。
「何で邪教徒が......」
レヴィーがセシルの傍へ行こうとすると後ろから凛とした声が呼び止める。
「この程度で慌てるとは、修行が足りぬな」
「誰だ?」
レヴィーが振り返る。すると建物からゆっくりと落ちてくる人影。かなりの高さから落ちて来た筈なのに、足音を立てずに着地する。そこには透き通るような金髪のエルフが立っていた。
エルフは人間とかなり近い容姿をしているが、全体的に細身で背が高く、美しい者ばかりだ。そして耳が人間のものより随分長いことが特徴だ。あまりに整った容姿だと男か女か分からない。特にエルフは中性的なのでそれが顕著だ。
目の前のエルフも一見どちらか分からなかったが、先ほどの声からして女性のようだ。
「誰だとは命の恩人に向かって随分な言い草だな」
すらりとした肢体。長い足でつかつかと四人に近づく。身長はレヴィーよりやや高い。エルフ族とはいえ女性ではかなり大きな方だろう。レヴィーの顔を覗き込む瞳は深緑色に光っている。年齢は二十代前半に見えるが、エルフ族はとにかく長命だ。若い姿の時期が長いので本当の年齢は分からない。見かけの年齢の五倍程度でも珍しくはない。
「お前は?」
レヴィーが大剣に手をかけたまま尋ねる。
「まず尋ねた方から名乗るべきだと思うがまあ良い。自分はシェリー=グリューン。君達だけでは心もとない。自分は君たちと共に行動しよう」
「シェリーさん、どういう事ですか?」
余りに唐突な申し出にセシルが驚きを隠せずに声を上げる。
「言葉通りの意味だ。この街は君たちが考えているよりずっと邪教徒に支配されている。奴らの中には魔法に長けているものもいる。私を連れて行ったほうが安全だと言っているのだ」
「そんな事、急に言われても......」
「どうして助けてくれたんだ?」
レヴィーが尋ねる。
「酒場で君たちの近くの席に居たんだ。初々しい冒険者たちを見るのは好ましいからな。そうしたら試練の洞窟に行くというから、自分も付いていきたいと声を掛けようとしたが、酒場内では機会を逃してしまった。そこで、君たちを追いかけたら邪教徒に襲われているから、咄嗟に助けたまでだ」
「............」
レヴィーがシェリーの深緑色に光る瞳を見つめる。ほんの十数秒であったが、真っ直ぐに見つめていたレヴィーは不意に納得したように頷く。
「成程。いいんじゃないか。一緒に来てもらおう」
「レヴィー! その調子で今日だけで二人も仲間を増やしているんだよ。この調子で増やしたら来月には百人パーティーになるよ」
「それならそれで面白いんじゃないか?」
声を荒げかけるセシルの言葉をレヴィーが頭を掻きながら遮る。
「僕たちには使命があるんだよ?」
セシルがレヴィーにしか聞こえないように囁く。しかし、レヴィーは気にした風もなくニヤリと笑う。
「だから尚更さ」
「尚更って」
「大変な使命があるからこそ、一緒に乗り越える仲間が必要なんだよ。仲間になってから良いか悪いか考えればいいだろ?」
「......分かったよ。お前がそういう奴だと言うことは昔から分かっているさ」
観念したようにセシルはため息を吐く。
「話はついたようだな」
シェリーがプリシラとパティと共に二人に近づく。レヴィーとセシルが話をしていた間に三人も其々自己紹介をしていたらしい。
「シェリーも貴方たちと同じヒュッテの宿屋に泊まっているんですって。早く行きましょうよ!」
三人はすっかり意気投合したらしく、仲良く並んで宿屋に向かって歩き出す。
「ほら、セシル行くぞ」
セシルの肩を軽くたたいてから、レヴィーは女性三人に笑顔を向ける。
「おう! 丁度、酒も摘みもあるし、みんなで飲みなおそうぜ!」
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「プリシラお嬢様、お待ちしていましたよ」
宿屋に戻ると店主がかけよってくる。
「どうしたの?」
「御年輩の執事さんがこれを渡すようにと。おや? お召し物が汚れておりますが、どうかされましたか?」
「ええ、ちょっとね」
説明するのが面倒だったのか、プリシラは先ほどの出来事をはぐらかす。
「そう言えば、執事ってセバスチャンの事かしら? 一体、何を届けて来たの?」
「そうでした、そうでした。これを」
そう言って店主は大きな袋を差し出す。
「随分大きい袋ね。何かしら......あっ!」
中には女性用の白いパーツタイプのプレートメイルとプリシラに似合いそうなお洒落なアンダーウェアーに小型の盾やマント。それに高そうなレイピアが収められていた。
「これを?」
軽く体に当ててみる。どれもプリシラにピッタリのサイズだ。
「おっ、似合うじゃないか」
「プリシラお姉ちゃん、可愛い!」
「執事さんが怪我をされては困るから、しっかり装備してほしいと仰っていましたよ」
「全く、セバスチャンったら余計な事をして」
口ではそう言ったが、プリシラは嬉しそうに袋を抱きかかえた。
装備を袋に仕舞ってから、一行はレヴィーたちの部屋に移って飲みなおす事にした。
「シェリーは長いこと冒険者をしているの?」
「そうだ。従って新米冒険者を見つけるとつい世話を焼いてしまうのだ」
シェリーは同じフロアの別の部屋を取っていたそうだ。
パティは酒を一口飲んだ途端に眠ってしまっている。近くにあった誰かのマントに包まりすっかり夢の中だ。
その脇でプリシラとシェリーが話に華を咲かせている。シェリーは一人で旅をする冒険者で、魔法に関しては随分な使い手らしい。基本は一人で依頼をこなして生計を立てているが、たまに気が向いた時などは不慣れな冒険者の手伝いに精を出すとの事だ。
頼もしいシェリーがすっかり気に入ったプリシラは、シェリーがパーティーに加わった事もあり、報酬を上乗せする約束をしている。
「貰った報酬の分、しっかり働かせてもらうぞ」
「よろしくね」
プリシラとシェリーが握手を交わす。それを見ながらレヴィーがけらけらと笑う。
「ふぅん、シェリーは随分お節介なんだな」
レヴィーの言葉に今度はシェリーがくすっと笑う。シェリーは表情が豊かでは無いが、そのあまりに綺麗な微笑みにレヴィーは一瞬目を奪われてしまう。しかも運の悪いことにプリシラに気づかれてしまう。
「ちょっとレヴィー。私と言うこんなに可愛い婚約者が居るって言うのに、今シェリーに見惚れてたでしょ?」
「婚約者って言うな! 全く、お前相当酔っ払ってるんじゃないのか? ガキは早く寝ろ」
「ガキじゃないわよ。年だって一つしか違わな......」
そう言いながらもプリシラはもう限界だったらしく、パティの横にコテンと体を倒しそのままスヤスヤと寝息を立てる。
「ぷっ、マジかよ。喋りながら寝やがった」
面白そうにプリシラの寝顔を覗き込もうとすると、それよりも早くシェリーは自分のマントをプリシラにかけてしまう。
「無闇に女性の寝顔を覗くものではないぞ。例え婚約者でもな」
「それは誤解なんだってば」
「まぁ、そんなに慌てて否定しなくても何となく察しがつくから問題ない。それにしても、先ほどは本当に危なかったぞ。夜の行動を控えるか、きちんと武器の携帯をするか、とにかく気をつけるべきだな」
「いやぁ、うっかりしちまったな。やっぱり、大都市は危ないんだな」
「それだけではないぞ。全く、最近の若い者は......」
シェリーの年寄りモードにスイッチが入ってしまったらしく、その後延々と説教が繰り広げられていた。
数時間後にはシェリー以外全員がつぶれていた。
「なんだ、最近の若い者は酒もロクに飲めないのか。さて、女の子をこんな床で寝かせるわけにもいくまい」
ため息を吐き、プリシラとパティを抱える。流石に持ち上げるには至らないが、引きずって自室に運ぶつもりらしい。
「セシル殿、この娘たちを私の部屋に運ぶのを手伝ってくれないか?」
声をかけられるとセシルは寝息を止めて起き上がる。
「起きていると気づいていましたか」
「そんなに警戒心を出して寝る人間はいないぞ」
「そりゃあ警戒もするでしょう。......貴女、一体何者なんですか?」
セシルが眼鏡をかけなおす。弱いモンスターなら尻尾を巻いて逃げ出す程度の殺気を放つがシェリーは全く気にせずに話を続ける。
「詳しい説明は難しいが、味方だとだけ言っておこう」
「それで信じろと?」
「そうだ。彼が背負ってる使命の役に立つとでも言えば信じてもらえるか」
鼓動の高まりを抑え、セシルは口を開く。
「貴女はどこまで知っているのですか?」
「さぁな」
「とぼけないで、答えてください」
「若者よ、そんなに熱くなるな。それよりもほら運ぶぞ」
驚きを隠せないセシルをシェリーが軽くあしらい、眠る少女達を運び始めた。




