第四章 3~5
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「メガス、貴様この私を騙したのか?」
「騙したとは心外です。今までも貴方の下で精一杯働かせて頂いていたではありませんか。ただ、私が邪教と呼ばれる教えに惹かれ、大魔王様による暗黒時代の再来を願っているだけですよ」
「貴様!」
ヴィオレット伯爵が腰に下げていた式典用の剣でメガスに切りかかる。
「――鉄槌となりて打ち滅ばせ」
「ぐはっ!」
衝撃波によりヴィオレット伯爵が吹き飛ばされてしまう。
「お父様!」
「さて、本当なら世間知らずのお嬢様と結婚して、街の実権を握ってから大魔王様復活のために活動する予定でしたが、こんなに大っぴらにばれてしまっては仕方ありませんね。命乞いして私の下につこうという者以外は皆殺しにしますよ! こんな事もあろうかと部下達を忍ばせておいた甲斐がありました。さあ、始めましょう!」
メガスの掛け声と同時に客席から何名もが同時に立ち上がる。服を破り捨て、その下に着込んだ邪教徒を示すローブを露にした。それだけではなく、警備兵達の中にも鎧の上から邪教を示す腕章を巻く者が現れる。
「きゃあああ!」
「逃げろ~~!」
「出入り口はあそこだ!」
爆発したように会場が混乱に包まれる。招待客たちが出入り口に殺到するが、それを邪教徒達が魔法で弾き飛ばす。
「逃げる者には容赦しませんよ」
メガスが大声で言い放つ。招待客の中に怪我人が出た事により、その場はますます混乱する。
「では、最初に君の始末からしましょうか。レヴィー君」
壇上に上ってきた十名近い邪教徒とメガスに囲まれたレヴィーは、自分の背中にプリシラを隠し、剣を構える。
「盗賊のくせに随分と立派な剣をお持ちですね。何処の家からの頂き物ですか?」
メガスが鼻で笑う。
「邪教徒のくせに何にも知らないんだな。これはお前らが大好きな大魔王様を封印した伝説の精霊剣だよ!」
「何を言っているのだ。バカも休み休み言い給え」
「なら、その体で確認するんだな!」
レヴィーの返事を聞いてメガスが声を殺して不気味に笑う。
「くっくっく。もしそれが本当ならば、それはこの上なく丁度いい。大魔王様を封印する勇者を倒し、復活に必要な聖女を手に入れる事が一度に済むなんて。まず勇者は死ぬがいい!
――高慢なる王オディウム。我に力を。混沌をもたらすその一撃は、鉄槌となり全てを打ち滅ばせ」
メガスの魔法発動に合わせて、他の邪教徒たちも一斉に衝撃波を放つ。何とか武器は持ち込めたが、防具は何も持ち込めなかった。攻撃を避ける事は出来るかも知れないが、そうするとプリシラが衝撃波を受けてしまう。
レヴィーが目を瞑り、衝撃波を受ける覚悟したその時――
「――拒絶の波動よ、我が周りに集い拒絶の壁となれ」
凛とした女性の声が会場に響く。
するとレヴィーたちの周りを半球形の風が囲み、全ての衝撃波を弾き飛ばす。
「え?」
覚悟していた衝撃を受ける事が無かったので、レヴィーが恐る恐る目を開き、声のした方へ視線を向ける。視線の先は教会の出入り口で、堅く閉ざされた筈の扉がいつの間にか開いていた。そしてそこには――
「セシル! パティにシェリーも!」
ここに居る筈の無い仲間達が立っていたのだ。
「ワタシを置いていくなんて酷いのです」
「勇者たるもの、この程度は一人で対応してもらわねば先が思いやられるぞ」
「ヒーロー登場には丁度良いタイミングだったね」
三人が好き勝手に言い放つのでレヴィーは呆れてため息をつく。
「どう見てもちょっと遅いだろ! どうせ来るならもっと早く来い!」
「このオレが連れてきたのに、それは無いだろう」
扉の影からもう一人青年が現れる。
「コンラッドじゃないか!」
「コンラッドさんが戦闘で力を使い切った僕たちを、邪教徒たちが隠し持っていた馬で連れてきてくれたんだよ」
セシルがコンラッドの肩を叩く。
「受けた恩は返す。それが一流の貴族ってものだ」
「貴様らいい加減にしろ!」
レヴィー達が勝手に会話を続けるので、メガスが痺れを切らせて怒鳴りつける。するとセシルが不敵に笑う。
「そっちは子分が随分居る様ですね。三下共は僕達が相手してあげましょう。まとめて掛かって来なさい」
「――全てを照らす光よ、幾多の矢となり我が敵に降り注げ!」
セシルの威嚇に合わせてシェリーが魔法を放つ。おびただしい数の光の矢が邪教徒たち目掛けて飛んでいく。単体魔法より威力は劣るものの、邪教徒達を舞台から引き摺り下ろす事には成功した。
パティとセシルが混乱する場内を駆け抜けて舞台から引き摺り下ろされた邪教徒達に攻撃を仕掛ける。
「もたもたしていると巻き込まれるぞ! 早く逃げるんだ!」
混乱する招待客をコンラッドが誘導する。その甲斐あってか、殆どの招待客が逃げることが出来た。押し合いへし合いではあるが、何とか外には出れたようだ。脱げた靴や取れたアクセサリー、それにマント等がそこらじゅうに落ちている。
客席にはセシル、パティ、シェリーと邪教徒達。それから何人かの招待客と警備兵達。気を失っているヴィオレット伯爵と傍で介抱するセバスチャンの姿も確認できる。
そして、舞台の上にはレヴィーとプリシラ、そしてメガスの三人だけ。
「さあ、決着を付けよう」
レヴィーがメガスを睨みつけると、それを鼻で笑い飛ばされる。
「勇者と勝負できるとは光栄だ。全力でお相手しよう」
不気味に微笑むと、メガスは自分の首に掛けてあったネックレスを引きちぎる。そしてそのロケット部分を飲み込んで見せた。
4
クリフォード=メガスは貴族と言っても名ばかりな田舎で、しかも貧乏貴族の家に三男として生を受けた。
三男という事もあり、家を継げる可能性は全く無かった。跡を継げない者は縁談が無いと一生部屋住みの可能性もある。それを恐れたメガスは幼い頃から勉学や剣術等、何に対しても全力で努力してきた。
努力の甲斐あって直ぐに頭角を現し、何の分野においても長男や次男に負けない力を身に付けた。しかしそれでも尚、上の二人以上に評価される事が無かった。
「どう考えても兄上たちより僕の方が優秀です。それなのにどうして次期当主は長男と決まっているのですか?」
ある日、意を決し父親に疑問をぶつけた。しかし......
「愚か者! お前は次期当主になる事など考える立場ではない! 長男には次期当主として学ぶ責務が、そしてその弟たちは当主を支える責務があるのだ! その事を理解している分だけ二人の兄の方がお前より遥かに優秀だ」
父親に一喝されてしまう。
以来、その疑問を口にする事無く、黙々と勉学や剣術、更に魔術の分野にも精を出した。元々の才能も相まって奨学金で通った上級学校を卒業する頃には、その優秀さが近隣随一の貴族であるヴィオレット伯爵の耳にも届く程となり、卒業と同時にヴィオレット伯爵家に仕える事になった。
伯爵家の仕事はハードだった。しかしそれにも耐え、初めての休暇の際にハーフェンで沢山の土産を買って実家のある小さな町へ凱旋した。
しかし、帰った日が悪かった。
その日は長男に初めての子供が生まれる日だったのだ。義姉が臨月だという事は文で知っていたが、まさか自分が凱旋するその日に生まれるとは思いもしなかったのだ。更に運の悪い事に、その子供は男の子であった。
自分には向けた事も無い優しい顔で孫を抱く父親。メガスは何も告げずに町から去った。それ以来、両親や兄弟から何度も文は届いたが一度も開封していない。風の噂で最後に会ってから数年後に父親が亡くなったと耳にしたが、葬式に行くことも無かった。
順調に思えた仕事でも、側近として公の場に出る度に貧乏貴族の生まれという事で、言われ無き屈辱を受け続けた。
どうして実力だけで評価しないんだ。
どうして優れている者が上に立てないのだ。
いつしかメガスの中で子供の頃からの疑問が深く、そして黒く渦巻くようになった。そんな時に図書館で文献を探していたメガスは持ち出し禁止の棚から邪教の聖典を見つける。弱肉強食を根源にしているその教えに、メガスは瞬間的に心を奪われた。そして街に潜む邪教の信者となった。
メガスは瞬く間に頭角を現す。大魔王復活の為に聖女の事を調べていた際に伯爵令嬢であるプリシラにその可能性がある事を知った。そこでメガスはプリシラの婿となり、ハーフェンの街を表と裏両面から支配して、ここを拠点に活動をしていく今回の計画を立てた。
娘との接し方が分からず困っていた伯爵を説得するのは簡単だった。それだけの信用は今までの仕事の中で充分に得ていた。変なボンボンが邪魔に入ったが、大した敵では無かった。周りも自分を推している。
もう少しで全て上手くいくという時に、父親に反発したことの無い伯爵令嬢が始めて反発して家を飛び出した。そこから全ての計画が狂い始めたのだ。
5
ロケットを飲み込んだメガスの体に変化はすぐ現れた。体中の筋肉が盛り上がり元々はスリムだった体が屈強な戦士の様になってしまった。
「どういう事なんだ?」
「なに、筋力と魔力を一時的に体の限界まで上昇させただけだ。ほら、この様に」
足元に転がっていた警備兵が落としたと見られる剣を拾い上げてダーツを投げるように軽く投げる。
――バスッ
軽く投げたとは思えない音を立ててレヴィー達の脇をすり抜け、背後の壁に突き刺さる。
「実力の無い奴は優秀な者に従ってさえいれば良いんですよ」
メガスの笑い声が響く。そんなメガスをレヴィーは真っ直ぐ見つめ、疑問を口にする。
「お前の言う実力って何の事だ? 何の能力を基準に順番をつけるんだ?」
「貴様こそ何を言っているんだ? 優秀な者は何においても優秀なんだ!」
「そうか? 例えばあそこで戦っているセシルは仲間内で一番性格が悪い。その後ろに居るシェリーは一番説教が多い。そんで、パティはパーティーの可愛いマスコットだ! それからプリシラは......」
そこで一瞬考え込む。プリシラも思わず息を呑む。続きを話し始める。
「一番我侭だ!」
余りの言い様にメガスが低く笑う。
「あまり良い仲間に聞こえないな」
「そんな事は無い。最高の奴らだ」
「それで貴様は何が一番なんだ?」
からかうようにメガスが問うと、レヴィーが当たり前のように答える。
「一番強いに決まってるだろ!」
「あははは、お前面白いな」
後ろから声が聞こえたので、レヴィーが思わず振り返るとプリシラが腹を抱えて笑っている。しかし、様子がおかしい。
「プリシラ?」
「聖女ではない。妾が少し体を借りた」
「女神様!」
「ほぅ。意外と理解力があるのだな」
プリシラの体を借りた女神がケラケラと笑う。
「さて、お主があんまり面白かったので妾の力を貸す事にした。契約してやるから剣をこちらに向けるのだ」
「敵に背中を向けるとは余裕ですね!
――高慢なる王オディウム......」
メガスが詠唱を始める。
「早く剣をこちらへ向けろ!」
「あっああ」
水の女神に言われるがまま剣を差し出すと、女神がその剣先に口付けをする。
「うわっ!」
その途端に剣が青く輝き、レヴィーの体に力が漲る。
「――我に力を。混沌をもたらすその一撃は、鉄槌となり全てを打ち滅ばせ」
それとほぼ同時にメガスが詠唱を終え、凄まじい衝撃波がレヴィー達に向けて放たれる。しかし、それはレヴィーたちの体に辿り着く前に弾けてしまう。ほぼ透明なので、はっきりは見えないが、どうやら二枚の盾が空中に浮かび、レヴィーたちを守ってくれたようだ。
「聖水の盾だ。邪教徒の魔法には格別な防御力を発揮するぞ」
「なっ!」
余りの事にメガスが言葉を失う。
「さて、勇者殿。勿論、契約は次に魔王を封印するまで続くが、お主への強化と盾は長持ちしない。一撃で仕留めるのだ」
「チャンスは一回か、そういう単純なの嫌いじゃないぜ」
レヴィーがにやっと笑い、メガスに向き合う。
「さあ、決着をつけようぜ」
「かかって来るが良い」
レヴィーは軸足に力を入れて一瞬で最大速度まで加速する。
「――高慢なる王オディウム。我に力を。混沌をもたらすその一撃は、鉄槌となり全てを打ち滅ばせ」
放たれた魔法はレヴィーの目の前で交差し、その衝撃を防いだ。盾に薄っすらとひびが入るが、意に返すことも無くそのまま突っ込む。
「ぬおぉぉぉぉぉぉ!」




