第4章 1~2
第四章
1
その日は朝から快晴だった。
レヴィーは盗賊ギルドから拝借した変装用の衣装に身を包む。若い貴族が好みそうな華やかな礼服に、金髪のカツラ。そして顔を隠す為の眼鏡。いつも背中に付けている剣を今日は腰に下げている。いつもは腰に盗賊の武器である短剣を仕舞っている為、あまり使わない伝説の件を背負っているのだが、今日は堂々と腰に下げる。いつも腰に下げている短剣は服の下に仕込んでいる。
「こういう格好はセシルの方が似合うんだよな~」
名前を出して一瞬森に置いてきた二人が心配になるが、先に行かせてくれた二人の為にもその気持ちをぐっと飲み込む。一緒に置いてきたコンラッドのことはすっかり忘れている。
「あいつなら殺しても死なないだろうしな。......それにしても、あんまり似合わないな」
すっかり貴族様になってしまった鏡の中の自分にレヴィーは苦笑する。似合わない以外に変な所が無いかを念入りに確認して外に出る。出て直ぐの所にたまたま盗賊ギルドの馬車が待機しているので、急いで乗り込む。レヴィーが搭乗すると馬車は出発した。
婚約発表と言う触れ込みだったイベントが直前に結婚式に変更されたこともあり、街中が浮き足立っている。結婚式だと訂正されたのが今朝早くだったらしく、婚約祝いの飾りつけを慌てて変更している店も少なくない。
そんな街中を馬車で駆け抜けてレヴィーは式場となる街の教会へと向かう。急な式だというのに、早馬を飛ばしたのか沢山の招待客が教会周辺に集まっていた。
もう少しで、セバスチャンが受付に来る時間なので、レヴィーはそのまま受付に向かう。有力な貴族だと専用の入り口から入るらしいが、レヴィーが変装した貴族はあまり有力ではないらしく、一般の出入り口を利用する事になっていた。
「うわっ、やば」
何と受付の一人は昨日の門番だった。昨日はっきりと顔を見られているし、こんな返送では気付かれるかも知れない。
レヴィーは暴れだしそうな心臓の音を抑え、極めて平静を装い受付の列に並ぶ。受付は列の後ろからはよく見えないが、どうやら用意された用紙にサインするという簡易なタイプのようだ。この式自体が急に決まった為、あまり凝った事は出来なかったのだろう。
もう少しでレヴィーの番というところで、受付の男がレヴィーに目を向ける。
「!」
露骨に目を逸らしても不自然なので、引きつった笑顔を向け軽く挨拶をする。
「本日はお招きいただきまして有難うございます」
普段使わない言葉遣いで舌を噛みそうになるが、強引に最後まで言い切る。すると受付の男も形式的な笑顔を向けてくる。
「こちらこそ、わざわざお越しいただきまして、主人に代わり御礼申し上げます」
きっと今日だけで何度も言っているだけあって、淀みない挨拶だ。レヴィーは素早く変装した男爵の名前を用紙に書き込む。
「ソキウス男爵でいらっしゃいますか。おや?」
顔をまじまじと見られそうになり、思わず下を向いてしまう。ドクドクと心臓の音が煩くなる。この受付一人くらいなら何とか出来るが、昨日の様に騒がれると面倒だ。
「そちらの剣は預からせて頂いても問題ありませんか?」
「これは式典用の剣です。鞘から出ない仕様になっています」
心拍数を抑えて極力あっさりと答える。
「触らせていただいても?」
「勿論です」
剣を受付に渡す。受付が何度か引っ張ってみるが、びくともしない。
「これなら持ち込んでいただいても結構です。......しかし、この剣どこかで......」
思わず目をぎゅっと瞑ると、脇から聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
「おや、男爵。いらっしゃっていたのですね。どうぞこちらへ」
会場から受付の様子見にきたセバスチャンが予定通り声をかけてきた。
「うむ」
口から漏れそうな安堵のため息をぐっと堪えて、打ち合わせ通りの台詞を口にする。
「失礼いたしました。お返しします」
丁重にお辞儀をされて剣を受け取り、何とか会場に入る事に成功した。
「申し訳ありません。様子見に向かう途中で呼び止められてしまいまして......」
「いや、かなりドキドキしたけど、大丈夫でしたから」
会場に入って直ぐの物陰で頭を下げるセバスチャンを何とか押し留める。何がきっかけで目立ってしまうか分からないので、迂闊な行動は厳禁なのだ。
「では、お席をご案内しますね。移動しやすいように端の席を手配しました」
「助かります」
「式が始まると中央のバージンロードを通って式台に上がって進行して、帰りも同じ道を通って行きます」
簡単に式の段取りを説明してもらい、レヴィーは頷く。
「それではご武運を」
「有難うございます」
これ以上物陰で話していても怪しまれてしまう恐れがあるので、お互いに目で合図をしてその場を後にする。
2
随分早く会場に入ってしまったらしく、式典の開始まで一時間ほどその場で待機する事になった。
気持ちばかりが焦ってしまうが、待つしかない時間と言うのは辛いものだ。この式を歓迎しているわけでは決してないのだが、開会のファンファーレを聴いて不覚にも安堵した自身に、レヴィーは心の中で叱咤する。
大きな扉が開くとそこにはウエディングドレスを纏ったプリシラと、腕を組むメガスが並んで立っていた。レヴィーの故郷では最初に父親が花嫁の手を引き、途中で花婿と交代する流れになっているが、どうやらこの地方では最初から花婿が花嫁をエスコートするらしい。
「チッ」
思わず舌打ちをしてしまい、隣の席の婦人に訝しげに見られてしまう。
「歯に何か挟まっているなぁ」
かなり苦しい言い訳で何とかその場を取り繕う。レヴィーは通路側では無い端の席なので、入場中はプリシラ奪還のチャンスが無く、様子を伺う事しか出来ない。
ヴェール越しではっきりは見えないが、メガスの腕を取りながら歩くプリシラは、やはりまだ意識が無いようだ。歩き方がぎこちなく、まるで人形のように見える。
「まぁ、なんて美しいんでしょう」
「メガスさん......メガス様だって素敵よ」
「いやぁ、正に美男美女ですなあ」
しかし他の人間はそんなプリシラの様子には気付かないのか、会場からは感嘆の声が次々と上がる。
盛大な拍手を受け二人は壇上に上がると、そこには神父が控えていた。神父が招待客の方を向き、メガスとプリシラは背中を向ける形で式が進む。
「汝クリフォード=メガスは、この女を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約を大いなる精霊神のもとに、誓いますか?」
神父の厳かな声が響く。その言葉にメガスが一度頷くと誓いの言葉を繋げる。
「私クリフォード=メガスは、この女を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約を大いなる精霊神のもとに誓います」
メガスの宣誓を聞くと、神父は次にプリシラの方を向く。
「汝プリシラ=ヴィオレットは、この男を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約を大いなる精霊神のもとに、誓いますか?」
「............」
すぐに宣誓をしないプリシラの様子に会場がざわめく。
「プリシラさん」
メガスがそっとプリシラの腕を握る。するとプリシラが抑揚の無い声で宣誓を始める。
「私プリシラ=ヴィオレットは......」
「くそっ! もう見ていられるか!」
我慢の限界を超えてしまったレヴィーが立ち上がり、羽織っていた豪奢な上着とカツラを脱ぎ捨てる。
「曲者だ! 警備隊!」
一番早く駆けつけてきた警備兵の顔めがけ変装用の眼鏡を投げつける。
「くっ!」
眼鏡が丁度顔の中心に直撃した為、警備兵は思わず顔を抑えその場に膝をつく。
その隙にレヴィーが椅子の上に立ち、そのまま座席の背もたれの上を渡って瞬く間に壇上に飛び乗る。
既にプリシラの周りに数名の警備兵が居たが、そのまま突進する。
「正面から来るとは愚かな!」
屈強な警備兵達が仁王立ちでプリシラを守る。その真正面めがけてレヴィーは走るが、警備兵の目の前まで着くとふっと姿を消す。
「むっ! どこだ?」
「下だ!」
警備兵達が気付いた時には既に手遅れで、レヴィーは警備兵の間をスライディングで抜け、そのままプリシラの腰を抱えて壇上の端まで移動する。
「何をしている! 早く花嫁を取り戻せ!」
メガスが叫ぶがレヴィーに完全に抱えられている為、警備兵達も迂闊に手を出せずにいる。招待客たちは何が起こったのか理解できないらしく、殆どのものがその場を動かずにいる。
「プリシラ! 目を覚ませ!」
レヴィーが大声で名を呼ぶが、プリシラはまだぼんやりと目を見開いたまま何も答えない。
「おい! いい加減にしろ!」
頬を数回平手で打つ。プリシラの頬がヴェール越しに薄っすら赤く染まるが効果は全く無い。レヴィーが花嫁を平手打ちした事により警備兵達を刺激してしまう。
「貴様、花嫁に何と言う無礼を!」
「とにかくあの男を取り押さえろ!」
武器を構えなおし警備兵達が向かってくる。
「全然目を覚まさないじゃないか! やっぱりこれを使うしかないのかっ」
レヴィーは乱暴にプリシラのヴェールを取る。そして懐から取り出した解呪のポーションの栓を開け口に含む。
「プリシラ、目を覚ましてくれ」
そしてそのままプリシラの口へと運ぶ。
どれ位そうしていたか分からない。
レヴィーはすごく長く感じたが、本当は短かったのかもしれない。
「プリシラ......」
全てのポーションを流し込むと、レヴィーは唇をプリシラから離す。すると何も映していなかったプリシラの瞳が光を取り戻し、そして――
――バチーン!
景気の良い平手打ちの音が会場に響き渡る。あまりに突然の出来事だったので、警備兵たちも動きを止めていたのだ。
「お嬢様!」
「私は彼と話があるのです! 下がりなさい!」
やっと動き出し、駆け寄ろうとする警備兵をプリシラが一喝する。
警備兵を下がらせると、そのままプリシラは自分を抱きかかえているレヴィーに強い視線を向ける。
「貴方、自分が何したか分かってるの?」
「プリシラ、目が覚めたのか!」
嬉しさのあまりレヴィーが更に強くプリシラを抱きしめる。
「ちょっと、何言っているのよ? あんな事しておいて......」
そこまで言いかけてプリシラは驚いて回りを見渡す。
「え? そう言えばここ何処なの?」
「お前、メガスに操られていたんだよ。もう少しで結婚するところだったんだぞ」
「あっ、さっきまでそういう夢を見ていたの。......でも、夢ではなかったという事ね。じゃあ、メガスは邪教......」
「そういう事だ。だから......」
レヴィーが説明しかけると警備兵を掻き分けヴィオレット伯爵が二人の前に駆け寄る。
「貴様! うちの娘の結婚式を邪魔しおって!」
ヴィオレット伯爵がレヴィーに掴みかかる。
「お父様、違うのよ」
「プリシラ、お前は黙っていなさい! さあ、貴様が説明したまえ!」
「だから......むぐっ」
言いかけたレヴィーの口をプリシラが強引に塞ぐ。
「私が説明します。お父様、メガスは邪教徒なんです!」
「なっなんだと?」
プリシラの宣言により、メガスを守る為に近くに居た警備兵達が一斉に距離を開ける。
「くっくっく......」
そこには先ほどまでの好青年という仮面を外し、邪悪という名に相応しい表情を浮かべるメガスが立っていた。




