第三章 4
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「坊ちゃん、どうしたんですかい?」
ボロボロになりながら盗賊ギルドに戻ったレヴィーに、クレイグが駆け寄る。
「大丈夫だ。大した怪我じゃない」
「そんなわけ無いでしょうが、顔が真っ青ですよ。ケトラ、ちょっと来い」
クレイグが大きな声を出すと、奥の部屋から先ほどパティを預かった女盗賊が現れる。嫌がるレヴィーを捕まえて、テキパキと怪我の具合を調べる。
「ただの打撲ですね。痣が酷いから、一応特性の湿布を貼っておきますね」
「有難う。ケトラさんは薬師なのか?」
「まぁ、良い表現をすればそうなりますね」
「え?」
「薬って言うのは摂取の仕方で毒にもなるって事ですよ。例えば今貼った湿布に使った薬草だって葉の部分は打ち身、捻挫に効く薬になりますが、花は食べると酷い幻覚作用を起こすんですよ」
「そっか......」
レヴィーは少し考え込んでから、がばっと顔を上げる。
「なあ、意識を奪う薬草とかもあるのか?」
「急にどうしたんです?」
「良いから教えてくれ!」
「............」
ケトラはクレイグが頷くのを確認してから、説明を始める。
「ある事はありますが、そういう効果のものは意外と多いので、どの薬草を指しているのかは分かりかねます」
「何か、目は開いてるけど眠っているみたいで、決まった事以外話さないんだ」
「誘導効果を兼ねているという事ですね。それならユグルムの実かも知れませんね。かなり強く相手に言う事を聞かせることの出来る植物です。当然、栽培も採取、使用全て禁止されていますが、生命に害を及ぼす物ではなかった筈です」
「坊ちゃん、どうしたんですか? 一体、何があったのか今度はこちらの質問に答えてくださいな」
「ああ、すまない。実は......」
レヴィーが口を開きかけると、ドヤドヤと若い衆が戻ってくる。
「おい! お前らやかましいぞ!」
クレイグが怒鳴りつけると、一人の若い盗賊が前へ出る。
「親方申し訳ないっす。実は表の店で盗賊ギルドに入れてくれって大騒ぎするじいさんが居まして、これ以上騒がれても困るんで連れて来たところなんすよ」
そう言って後ろ手に縛った男性をクレイグの前へ出す。
「あんた、プリシラのとこの執事じゃないか!」
見覚えのある顔にレヴィーが立ち上がる。
「何だって? おい、放してやれ」
クレイグに言われて若い衆が慌てて縄を解く。
「あわわわわ、突然お邪魔しまして申し訳ありません。私、ヴィオレット家で執事頭を勤めさせていただいておりますセバスチャンと申します」
怯えてはいるものの流石伯爵家の執事頭だけあり、そのお辞儀は大変美しい。
「取り敢えず、セバスチャンさんもこちらに座ってください」
クレイグの勧めでセバスチャンは腰掛ける。
「それで、伯爵家の執事頭さんが盗賊ギルドに何用で?」
「はい、私はお嬢様の本当の婚約者であるレヴィー様にお話があって参りました。しかし、路上で話しかけるのは危険な状態であった為、こうして後を追わせていただいた次第であります」
「プリシラお嬢様は伯爵側近のメガスと結婚すると伺っていますが?」
セバスチャンの発言に驚いたクレイグが問いただす。
「はい。明日の正午前に挙式を行う予定です。急な話の為、近隣の有力者の方々には早馬を走らせています」
「だったら......」
「お嬢様はメガスに操られているのです!」
「......ああ、そう言う事ですか。ようやく話が繋がりました。坊ちゃんもプリシラお嬢様が心配で薬草の事を聞いていたのですね?」
レヴィーがそれを肯定するように頷いてから口を開く。
「俺もセバスチャンさんの意見には同感だ。だけど、俺が本当の婚約者ってどう言うことなんだ?」
「どうもこうもありません。お嬢様があんなに生き生きと自己主張されたのは初めてなのです」
「自己主張した事が無いのか?」
信じられないという顔でレヴィーはセバスチャンを見つめる。ここ数日のプリシラは何時だって楽しそうに自分の意見を言っていた。どちらかと言うと我侭な程だ。
「お疑いのようですが、その通りです。ヴィオレット伯爵夫人、プリシラお嬢様のお母上はお嬢様を産んですぐにお亡くなりになりました。お館様はその悲しみを紛らわすために領主としての職務に尽力されました。しかし、お嬢様に殆ど接することなく、たまにお声をかけても何かの指示しかされないと言う状況でした。お嬢様は好き勝手言っているような印象を与えますが、ああ見えてかなり控えめなのです。肝心な所では何時も自分の意見を飲み込んでいらっしゃいました。やがて成長したお嬢様を持て余されたお館様は、お嬢様を修道院へと預けました。そして、今度は結婚のためにお嬢様の意見を聞く事無く、呼び戻されたのです」
「酷い話だな」
レヴィーが呟くとセバスチャンは首を振る。
「そう思われるのも無理はありませんが、お館様はお嬢様を愛しておられるのです。ただ、接し方が分からないだけなのです。周りの大反対を押し切って偏狭の雪国出身の奥様との結婚した為、親族にも頼りづらかったのでしょう」
「もしや偏狭の雪国って、もしやアルザ村じゃないですか?」
「そうです。どうして貴方が?」
クレイグの質問にセバスチャンが質問を返す。
クレイグは一度深いため息をついてから、レヴィーとセバスチャンとケトラを奥の部屋に案内する。ここでは話せない内容だと言う事だ。部屋を移動すると四人は其々席に着く。クレイグが軽く咳払いをして仕切りなおしをする。
「これから話す内容はかなり危険な情報を含んでいる。大都市の盗賊ギルドではこう言った事に関わったときの為に特別に情報が与えられているんだ。取り扱いは各自に任せるが、無闇に口外しないように、口外する場合は情報元を明かさないようにご注意願いたい」
盗賊にとっては常識であるが、素人が居ると言うことで改めて念を押したようだ。三人は理解できたと頷く。
「まず、話は三百年前の暗黒時代に遡る」
クレイグが話し始める。
三百年前に大魔王を封印した伝説の勇者は、精霊剣と聖なる血を持って封印を成功させたのだ。封印を重ねるだけなら精霊剣だけで足りるが、新たに封印を施す際には聖なる血も必要になる。そして、封印を解くにも聖なる血が必要なのだ。
勇者は世界を救った後、偏狭の雪国であるアルザ村でとある女性との間に女児をもうけた。勇者は女児に聖なる力を受け渡した。以来、その家で最初に産まれた女児に代々聖なる血、聖女としての力が引き継がれることになった。
しかし、暗黒時代が終わって三百年。最近では聖女の血筋が曖昧になっていた。聖女たちの住むアルザ村には厳しい戒律があり、男性は一週間以上、村に滞在することが出来ない。しかも一度村に来たら、次は一年後しか訪れることが出来ない。また、女性は基本村から出ることが出来ない。厳しすぎる戒律ではあるが、それが聖女の血筋を守る為に必要だとされてきた。
外部から見ると家族構成も曖昧になる為、村の女たち以外では誰が聖女なのか分からないようになっているのだ。
そのアルザ村に、今から十七年前に一人の裕福な青年が訪れた。青年は村の美しい娘と恋に落ちた。そして青年が村を去った時、娘も姿を消した。方々で探し回ったが、その美しい青銀色の髪をした娘は見つからなかったそうだ。その時の村の女たちの慌て様は尋常ではなかったらしい。
青銀色という髪はとても珍しい。一時期、あまり人前に出たがらないヴィオレット伯爵夫人の髪の色が青銀色だと言う事が、一部の冒険者や盗賊達の間で話題になっていた。けれど、伯爵夫人の名前と逃げ出した娘の名前が違う事と、伯爵家を敵に回しかねないという理由から、その話題は自然消滅していた。
クレイグが話し終えるとレヴィーが恐る恐る口を開く。
「つまり、プリシラの母ちゃんが元々聖女で、その一人娘のプリシラが今の聖女って事か?」
「そういう事になりますな。坊ちゃんが話してくださった通り、水の女神に一度意識を乗っ取られたことも加味して、可能性は高いと思いますぞ」
「俺とプリシラが居れば例え大魔王が復活しても封印できるって事か」
「え?」
レヴィーの発言にセバスチャンとケトラが驚く。
「ああ、俺が今の勇者なんだ。これがさっきから話に出てる精霊剣」
くるっと背中にある剣を見せる。
「おや、坊ちゃんてっきり隠しているのかと思いましたよ」
「あんまり言いふらすことじゃないけど、プリシラだけ言われちゃ不公平だからな。まあ、何で盗賊が勇者なのかとか気になる事は有るだろうけど、今は取り敢えず納得してくれ」
「はぁ......」
セバスチャンが曖昧に頷く。
「それで、話は最初に戻るんだが、セバスチャンさんは何を頼みに来たんですかい?」
話も一段落したので、クレイグは話を戻す。セバスチャンはまだ頭が整理できていないようだったが、取り敢えず色々と棚上げして意を決し、レヴィーに目を向ける。
「レヴィー様、お嬢様を助けてください。この結婚はお嬢様の望んだものではない筈です」
「セバスチャンさん......。安心してください。俺もそのつもりです」
レヴィーがセバスチャンの深く皺の刻まれた手を強く握り締める。するとセバスチャンはハンカチで顔を覆い泣き始めてしまう。レヴィーはそっとハンカチを握っていない方の手を離すとケトラに尋ねる。
「ユグルムの実の効果を打ち消す薬とか無いのか?」
「ある事はあるんだけど......」
「なんだよ、言いかけて止めるなよ」
「これはユグルムの根を原料にした解呪のポーションです」
ケトラは懐から小指ほどの瓶を取り出すとレヴィーの前にそっと置く。
「何だ、持ってるなら良かった」
「さっきも言いましたけど、ユグルムは栽培も採取、使用が禁じられています。この事はどうかご内密に」
「分かってる」
「あと、プリシラ様の催眠がユグルムの実に拠るものでは無かった時は効き目はありませんから、お気をつけください」
「了解した。この量のポーションじゃあ失敗できないな。......どの道、明日会場に乗り込む必要があるな」
「坊ちゃん、良いですか?」
顎に手を当てて悩むレヴィーに、クレイグが声をかける。
「どうした?」
「盗賊ギルドはこれ以上この件に関して協力できないですぞ。ヴィオレット伯爵家はこの地域で一番のスポンサー。敵に廻すことは出来ません」
「何ですって?」
「セバスチャンさん落ち着けって。おっちゃん、それは分かっているよ。ここまで情報をくれただけですっげー感謝してるよ」
レヴィーが深々と頭を下げ、再びセバスチャンに視線を戻す。
「で、セバスチャンさん。明日式場に乗り込みたいんだが、何とか席は用意できないか?」
「そうですね。......確か、街外れの男爵が一人、体調不良で欠席との連絡が入っています。まだお若いのですが病弱であまり表に出ない方なので、上手く変装出来れば後は私が受付でタイミングを図り、潜り込ませる事が出来ると思います」
「変装か......。宿屋に少しまともな服なら置いてあるけど、男爵の格好か......」
レヴィーが頭を抱えると横で大きな咳払いが起こる。
「あー、隣の部屋にたまたま各種変装用の衣装が置いてあるなあ。別に今は使う用事も無いし、暫くあの部屋には入らないだろうなあ。それに、明日は朝から馬車で街中を循環して買出しに行く予定でたまたま教会の前を通る予定だったか。なあ、ケトラ」
「え? あっ、そうね。そう言えばたまたまだけど、若い貴族のお坊ちゃまが式典で着るのに丁度いい衣装が箪笥の一番上に入っていた気がするわ。使う機会もないし、無くなっても困らないわね。確か近くにカツラもあったわね。馬車は午前中に出発だから私も早めに寝ないと」
二人の不自然な会話にレヴィーが黙って頭を下げ、隣の部屋に向かった。




