少女は努力を怠った
努力が足りなかったんだろう。私はそう思う。
「努力が足りないんですよ」
そんなことをテレビで聞いた。確か喋っていた人は頬周りに波打つような肉があり、腕もも体も常人以上にしっかりとした如何にもな努力成功者だった。らしい。彼の着るスーツというものは彼が着るからか少し窮屈そうだったけど、きっと私の着てる布きれ何て数十枚も買えるくらいに高いんだろう。そして腕には時計が輝いてた。ケータイで時間が見れる世の中、必要なんだろうか。手首に巻いてたら、そのうち巻いている手が窒息死してしまいそうだ。きっと努力したから窒息しなくなったんだろうか。私はあんなものをつけたら窒息して、多分死んじゃう。
九歳の時、母親が死んだ。きっと努力が足りなかったんだろう。生きるという努力が。その後、父親との二人暮らしになった。
その日から学校に行かなくなった。お金の無駄だそうだ。
その次の週から食べるモノが減った。お金の無駄だそうだ。
その次の月から食事の回数が減った。お金の無駄だそうだ。
その次の年からベッドの上に縛られた。動くのは無駄だそうだ。
その頃から時間が分からなくなっていた。一日中寝ているんだから、しょうがないと思う。私はあの時何歳だったんだろう。私はあの時、何歳の時、父親が私の体の中に入ってきたのだろう。そんな事、本当にあったのだろうか。思い出せないのか、思い出したくないのか、どちら何だろう。やっぱり、私は努力が足りないんだろう。
多分数年後、父親が逮捕された。何の罪だったんだろうか。あの人は家族の為を想ってした行動と言っていたのに。何の罪だったんだろうか。罪って、何なんだろうか。私は施設と言う所に入れられた。
「辛かったでしょうね。ここにはね、あなたの事を想ってくれる人が沢山いるから。それに友達になってくれる子も沢山いるから。少しずつでいいのよ。少しずつ、話し合っていきましょう」
シワが印象的なおばさんが優しく声をかけてくれたのは、嬉しかった。気持ち悪かった。父親はあんな言葉は吐かないから、そんな言葉を初めて聞いたから。だから私は逃げた。歩くのはとても疲れたし、坂道何てあがろうとすると転がっちゃって止まれないし、その時の私の体たらく。人じゃなかっただろう。努力が足りなかったんだろう。
それから努力をした。
男の人というのは私の体を買ってくれるから。だから生きる努力は出来た。お金が稼げた。けど私は人間じゃなくて、何だか道路工事の標識の人形みたいになっていった。男が来る、案内する、道をゆかせる、最後にお金を貰う。ああ、そうだ。人形なんだろう。だって、彼らは、私の上を通り過ぎていった人たちはみんな何も見ていなかった。標識を見る程度の目で、腰だけ動かして、私は道具だったんだ。私は人間でいる為の努力を劣っていたんだ。
道具は何も思わない。
私は道具だけれども何かを思ってしまう。
思ってしまった。
ただ、道具だったら、まだ良かったんだろう。
「努力が足りないんですよ」
方程式という謎の言葉を知りたかった。
英語を知りたかった。
化学や歴史も知りたかった。
それが分からなくっても。
私は努力が足りなかったんだろう。
電車の音が聞こえる。
そして私は消えた。