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前編

今回のお話は私的にはお初づくしだったりします。


『胡散臭い人。』

 頭に浮かんだ単語は、今思えば防衛本能瞬として脳が危険を訴えていたのかもしれない。 

出会って二年。

脳内で思い続けてたことを、まさか身をもって知ることになるなんて。

このときはまだ想像もできなかった。




「青葉さんを指導してくれる入社四年の木戸くんだよ。」

二週間の新人研修を終えて部署に配属された先で私の指導担当として紹介された男。

この会社では新人研修の後に正式な配属先が決定され、それぞれの部署で一人につき一人の指導者がつくことになっている。

今回この部署に配属されたのは私を含めて三人。

でっ、今目の前で紹介されたこの人が私を指導してくれる先輩になるらしい。


木戸陽平(きどようへい)です。よろしくお願いします。」

まさか新人の私にも敬語で返されるなんて思っていなかった。


青葉鈴音(あおばすずね)と申します。こちらこそご指導のほどよろしくお願いします。」

そう言って出された手を握り返した。


それが私の木戸さんとの出会いだった。



 しかし、これは表向きのもので、私のこの人に対する第一印象はというと。

はっきり言って『胡散臭い。』それ以外の単語が思いつかなかった。

だからって社会人として当然だけど、そんなことを言うつもりは毛頭なく、実際はスマートなやり取りが行われたのみ。

何度も何度も履歴書に貼る写真のため、面接のためにと鏡の前で練習した笑顔を浮かべてこの男の差し出した手を握り返した。



 まず目に付いたのが、胡散臭い敬語。

自己紹介のときにも面食らった敬語は敬語そのものに問題はない。

でも胡散臭さこの上ない。

自分より上の人間から年下の私にまでもその話し方は変わることはない。


「少しづつでいいので、仕事を覚えていってください。それから研修でも習ったとは思いますが、ホウレンソウだけは忘れないでください。」

指導係でもあるこの男の隣の席が今日から私の席ならしい。


 出会いから数時間。

向こうのデスクで先輩に教えてもらっている同期を羨んで逃げたくなった。

そんなことを帰りに同期に話せば返ってきた一言。

「贅沢。木戸さんかっこいいじゃん。私なんておっさんだよ、変わって欲しいくらいだよ。」

あなたが望むなら今すぐにでも変わってもらって!!

そう言ってやりたいのを堪えたのは、社会人一日目にして芽生えた意識だと思う。

木戸さんの胡散臭さを見抜けない彼女は隣でさらに『木戸さんかっこいい。彼女いるのかなぁ?』なんて暢気にホザイテル。

あ~思わず殺意を抱きそうになったのはご愛嬌だと思って許して欲しい。




 それからこれは先輩から聞いて後に知ったことだけど、この人は感情的に怒り狂うなんてことをしない人だそうだ。

先輩いわく、『もっと性質が悪い。』とのこと。

当時のことをよく知っている先輩はみんな口を揃えて言う一言。

『あれは今思い出しても本当に怖かった。』だとか。

いつもと同じ敬語には変わりはないのだけど、弁解の余地を与えない理路整然としたものに、状況には似つかわしくない笑顔を浮かべていたとか。


 数年前、木戸さんは当時新人として配属されてきた一人の新人君の指導担当としてついたときのこと。

その新人君は単なる鈍感だったのか、怖いもの知らずだったのかはなぞ。

でもその新人君は先輩がいくら注意をしても同じ失敗を繰り返すは、先輩の言うことを聞かないはで本当にひどかったらしい。

とうとうそんな新人君に先輩はきれてその新人君を一喝。

結局その新人君は次の日に会社を辞めたらしい。

とまぁこんなことがあったことも影響して、みんな木戸さんには一目置いているんだとか。 

あとはこのことを知らない他部署の女性社員には木戸さんは『かっこいい。』とか言われていて、独身女性の婚活の獲物だというのだから。

知らないっておそろしい。


 たしかに客観的に見れば木戸さんはイケメンなんだと思う。

身長も高いし。

私敵にはそれが高圧的に思えるだけだけど。

切れ長のその目で笑っていない笑顔と無表情なんかはありえないって思うわけで。

薄めの唇の形はたしかにきれいだと思うけど、その唇が笑顔をつくっていても浮かべているのは胡散臭い笑顔、おまけに辛辣な言葉ばかりだと思うと、いくらイケメンでも私にはノーサンキュウだなって思う。

いや、私がノーサンキュウなように木戸さんも私みたいなのはノーサンキュウだって思ってることはわかってるけどね。



 次に目に付いたのが胡散臭い笑顔と普段の無表情の使い分け。

唇が笑顔を作っていても目はまったく笑っていないそんな笑顔で話される日々。

たまーに同僚との談笑に笑顔を貼り付けているかと思えば、次の瞬間には何を考えているのかわからない無表情になっているのは見慣れた光景。

そうそう、私もすぐにその無表情での注意を受けましたとも。


「青葉さん。ここの数字間違ってましたよ。」

この声のトーンは多分無表情だと推測。

隣の席から間違った箇所を指しながら書類を差し出される。

当然目線は怖くてヤツではなく、ヤツが指した位置に固定。


「すみません、今すぐ修正します。」

書類を受け取ろうと手を伸ばすと、引っ込められた。


「その必要はありません。こちらで修正しておきましたので。まぁこのようなミスは新人にはありがちなものですから。それほど気に病む必要はありません。次からは気をつけてくださいね。」

「はい、すみませんでした。」

さすがにヤツの顔を見て謝罪をすれば、案の定無表情。

これで新人の私にフォローしているのかと聞きたくなるような目つきに台詞。

それでもって意図的に浮かべられたいつもの胡散臭い笑顔。

私はそんな笑顔にだまされるもんか。

『あんた絶対思ってないでしょ。』

この言葉を真に受けるほどお気楽な性格じゃない。

『気に病む必要はありません。』じゃなくて、絶対絶対気に病めって言ってるのがわかる。

それでもって、その胡散臭い笑顔には次ミスったら『どうなるか覚えておけよ。』

漫画のようにヤツのバックに吹き出しををつけるなら、絶対絶対そんな台詞が吐かれていると思う。



 そうそう、この頃からだったと思う。

木戸さんが私の心の中ではヤツになったのは。

もちろんと言うか、何が何でもだけど、このことは絶対に木戸さんには恐ろしくて言えないけど。

脳内でどう思うかは自由でしょ!!ってことで、いつの間にか木戸さんはヤツになってたってわけ。

 


 仕事に慣れてきた5月。

世に言う5月病のこの季節。

自分で言うのもなんだけど、図太い神経でよかったと思う。

じゃなきゃこの胡散臭い教育担当の下、勤務時間の大半を隣の席になんているなんて、地獄としか言いようがないから。

そんな毎日を過ごしていたとき、少しだけ気を抜いたのがいけなかったらしい。

金曜ということで、ヤツに開放される二日間に彼との久しぶりのデート。

メールや電話でのやり取りばかりでお互い就職してからは会うのは久しぶりだったことも会って少しだけ浮かれてたのがいけなかったらしい。

ヤツに頼まれていた資料を作成するのをすっかり忘れてしまっていた。

しかもそのことをヤツの指摘によって思い出すと言う二重の痛手を負うことになる。


「青葉さん。先週頼んでいた資料はできましたか?」

隣からの声に反応してキーボードを打つ手を止めて考えること数秒。

『忘れてた。』

やばい。

やばいなんてものじゃない。

恐る恐る左隣を見れば、ヤツお得意の無表情。

その顔を見た瞬間頭の中が真っ白になったうえに単語が飛んでいった。


「どうしました?まさかできていないなんて言いませんよね?」

顔にはどうみたって笑っていない笑顔を貼り付けて、右手はマウスの上にありながら、苛立ちを表すかのように薬指がリズムを刻んでいる。


 当然だけど、やつに言い訳なんて通じない。

むしろそんなものを述べようものなら、『見苦しい言い訳は結構です。』とばっさり一喝されることは付き合いの長さなんて関係ないくらいにわかりきっている。

恐ろしくてヤツの目を直視はできないので、鼻の辺りに視線を流しつつ素直に白状するのが身のためだと思い、重い口を開いた。


「すみません、できていません。」

するとヤツはわざとらしくフーっとため息をついた。


「勘違いしないでくさい。なにもミスをした青葉さんだけを責めているわけでも、青葉さんだけに責任を押し付けて非難しているわけではありません。青葉さんの指導を任されながら青葉さんをきちんと指導しきれない私の力量不足なのでしょう。ねぇ、青葉さん。あなたもこの件に関してはそうは思いませんか?」


 そんなことを言われても当然答えられるわけもなく。

というよりも、この件は私が全面的に悪いことはわかっているから反論しようなんて考えていない。

というのは心の中の建前で。


『あんたに反論なんてできるわけないでしょう!!』

というのが心の中の本音だったりする。


「いえ、あの。」

心の声は当然外に漏れることはない。

だから口から出てくるのはシドロモドロの台詞しかでてこない。


「青葉さん。今こうしている間の時間も無駄なものでしかありません。今すぐ資料作成に取り掛かってください。」

「は、はい。あの、本当にすみませんでした。」

今度こそ頭を下げて謝罪をする。

「謝罪の言葉は資料がきちんと出来次第にいただきます。」

やつはその一言を言うと、こちらには目もくれず自分の仕事をはじめた。


『く~や~し~いー。』

あーどうしてこんなミスをしたんだ私。

ヤツ監視下にあるうちは絶対気を抜くまいとがんばってきたというのに。

あー戻れるものならせめて昨日に戻りたいなんて、非現実的なことまで脳裏をよぎる始末。

しかし時間もヤツも当然待ってはくれない。


「タイムリミットが月曜の朝一でよかったですね。」

最後に励ましなのか、嫌味なのかわからないような言葉を残してヤツは帰っていった。


 人は失敗から多くを学ぶというのは本当だった。

この失敗の後、絶対に失敗しないようにと努力した甲斐もあってヤツに隙を見せる事もなくなった。

そして、一年後新人を卒業するころ。

それまでの労をねぎらうかのように渡されたモノ。

ヤツの唯一のやさしさの形として、コーヒーショップのキャラメルラテトールサイズだったのも今ではいい思い出になろうとしている。



 それから正式にヤツの監視下の指導も無事に終わりを告げ、席もヤツの隣から解放された。

だからと言って部署まで変わるわけじゃないから今もヤツは視界の片隅には存在している。

なんだかんだとありながらもなんとか乗り切った社会人一年目。

新しく人も入ってきて新人枠を抜け出せたまではよかった。

そんなとき予期せぬ出来事というか、大学から続いていた私の恋も終わりを告げた。

それからはあっという間だったと思う。

彼と別れたことを知った先輩や、友人が企画してくれた合コンに参加。

私自身そこまで出会いが欲しかったわけじゃなくても、周りはほおって置いてくれることなく。


「青葉さん、今日も飲み会行くでしょ。」

「先輩、私今日はちょっと、パスしたいなって。」

「なにいってるのよ。青葉さんまだお一人様でしょ。早く次ぎゲットしなきゃダメよ。」

「はあ~そうですね。」

ついつい気のない返事になってしまう。


『そういうあなたもお一人様ですよね。』

悪い先輩じゃないから嫌いじゃないけど。

たまには早く帰ってのんびりしたい。

スッピンにビール片手に楽な家着で映画を見たい。

それが本音だったりするけど。


多分流され体質なのがいけないんだと思う。

自分の意見を言えないとかじゃない。

先輩や友人が私のために企画してくれたのを無碍に断るなんてできなくて、参加し続けていた結果断らせてもらえなくなったという本末転倒的なものだと思う。


『これが終わったら化粧室で化粧を直してと。』

資料片手に自席を立ち、フロアーの片隅に置かれたコピー機のところに行く。

これが終われば今日の仕事も終了。

コピー用紙が規則正しく排出されるのを見ていたせいでヤツが後ろに居ることにまった気づかなかった。


「青葉さん。」

振り返らなくてもわかるヤツの声。


「お疲れ様です。」

定型通りの一言を返す。


その間もコピー機の排出されるスピードは変わることなく動いているはずなのにさっきよりも遅くなっような気がしてしまう。

『もっとスピード速くならないかな。』

ついつい無意味なことを思ってしまう。


「青葉さんはもう業務終了ですか?」

「はいそうです。」


隣でヤツがコピー機をセットしているのが見える。


「ところで、青葉さん。あなたは今日もまた夜な夜なゴーコン三昧というところですか?」

「はっ?」

「おかしいですね。聞こえませんでしたか?ではもう一度言いましょうか。青葉さんは今夜もゴーコン三昧ですか?とお聞きしたのですが。」


『聞こえてますよ!!』

そうじゃなくて。

なんでヤツがそんなこと知ってるのよ!とか、なんでヤツに嫌味っぽくそんなことを言われなきゃいけないのよ!とか突っ込みどころが多すぎてどれを一番に聞けばいいのかわからなくて、そのまま驚きに絶句していた。

もしかしてこの人の目には私がゴーコン中毒を患ってると思われてるのだろうかと思ったとき。


「青葉さん、そろそろゴーコン卒業する気はありませんか?」


えっ。

どういう意味?

『ソロソロゴーコンヲソツギョウスルキハアリマセンカ?』

はっ?

えっ?

なに?どういうこと?

瞬きするのも忘れて木戸さんを凝視。


「青葉さん先ほどの提案考えておいてくださいね。それでは。」

そう言って何事もなかったように木戸さんは資料を持って歩き出した。

そして数歩歩くとこちらを振り返り、


「青葉さん。」

「はっ、はい。」

「そちらの印刷終了していますよ。」

そう言うと、今度こそ木戸さんはこちらを見ることなく自席についた。


 それから数秒。

はっと我に返り印刷した資料を片手に席に戻り早々に会社を後にして向かったゴーコンは三山たるものだったのは言うまでもない。



『あんもぅ。明日どんな顔して木戸さんに会えばいいの~。』

ただでさえ週末開けの月曜はちょっぴり憂鬱になるっていうのに。




こうして一人考えを巡らせている間にも月曜の朝を迎えたのだった。

後編は木戸さん視点でおおくりします。

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