竜狩り 後半
(これを使うのは久しぶりですね)
頭の中に直接声が聞こえてくる。
その声が聞こえるたびに両腕の銃は蒼く瞬く。
(スイが間に合ってくれて助かった。さっきのが当たっていたらただじゃあすまなかった。)
フリッツも声には出さず頭の中だけで話しかける。
さっきの火球が当たる直前、左方向にスイの姿が見えた。
走ってきているスイと目が合う。
視線だけでだけで言いたいことが分かった二人はお互いに頷いた。
普段、精霊とその契約者は見えない契約の糸でつながっている。
契約者はその糸を使い、精霊に一定の魔力を送り続けなければならないことになっている。
極限の状態の中で二人が起こした行動はそれと全く逆。
そう、精霊から契約者へと魔力を送り込んだのだ。
流れ込んできた魔力を使い、フリッツは既にすぐ傍まで接近していた火球を寸前のところで撃ち抜く。
その衝撃で少しだけ後ろに吹っ飛んだものの、精霊の魔力で放たれた水球は火球を完全に撃ち砕いた。
こうして危機一髪で窮地を逃れたフリッツは、再び竜と対峙している
…のだが、お怒り気味の精霊様をなだめていた。
(それにしても、私が間に合わなかったらどうするつもりだったんですか)
語尾の口調が少し強い。
頭の中から聞こえてくる声は不機嫌だが、自分を心配してくれてるものであるので嬉しい。
(間に合ったんだからいいじゃん。当たってたとしてもスイが来るまでの時間は稼げるって)
だからそんなに怒るなよ、と言ってみるが機嫌は直らないようだ。
スイの魔力を借りている状態ではスイが実体化できないため、顔をうかがうことができない。
なので、どういう言葉をかければいいかが難しいのだ。
(そんなこと言って主人はいつも無茶ばかりしてるんですからね。少しは心配するこちらの身にもなってください)
まだ少々怒り気味なスイ。
(悪い悪い、まっ、その話は後にして速いとこ倒しちゃおうぜ)
(分かりました。でも、後でちゃんとお説教はしますからね)
(好きなだけさせてやるよ。行くぞ!)
銃を構え、水弾を連続で撃ち出す。
その弾は竜の体表に当たるごとにその鱗を飛ばしていく。
竜も負けじと火球を放つが、スイの魔力で強化しているフリッツの身体には一発も当らない。
一方的すぎる攻撃が竜を襲い、瞬く間に竜は満身創痍の状態になってしまった。
(もうすぐ力尽きるな)
(逃げられる前にとどめを刺しましょう)
スイの予想通りに、竜は巨大な翼を広げ上空に飛び立とうとした。
足を引きずりながら背を向けるその姿に初めの勢いはなく、逃げるので精いっぱいという様子だ。
フリッツはその背中に向けて二丁の銃を構える。
「「これで終わりだ」」
竜は二本の足に力を入れ、飛ぼうとする。
しかし、その足が地面を離れたとたんに二本の水の線が背中を貫いた。
「グギャアアアオオォォ」
竜はうめき声をあげながら横に倒れた。
しばらくの間は立ち上がろうともがいていたが、数十秒後には動かなくなった。
フリッツは竜が完全に息絶えたのを確認すると、銃を纏っていた蒼い光を消す。
その直後、フリッツの後ろに実体化をしたスイが姿を現した。
「主人、お疲れ様です」
スイはにっこりとほほ笑みフリッツにねぎらいの言葉をかける。
「おう、ちょっと疲れたな」
そう言い、フリッツはその場に座り込む。
スイもフリッツに魔力を送り込んだので疲れているはずなのだが、余裕そうな表情をしている。
さすがは精霊だな。
「それじゃあ、そろそろ帰るか」
数分休憩した後、フリッツは帰る準備をするために馬車の方へと向かう。
その前に、竜の鱗や角を何本か剥ぎ取っておく
これが、竜を討伐した証になるからだ。
「このぐらいあれば大丈夫かなあ」
手に持った麻の袋を掲げ、スイに見せる。
「ギルドの方はそれぐらいで大丈夫でしょう。後は私たち個人の分で何か取っておきましょう」
竜から剥ぎ取れる物は希少なものが多く、高値で売れることが多い。
なので、旅をしている二人としてはこの上ないチャンスである。
フリッツはギルドへ出す半分ほどの量を持ち帰ることにした。
「これでいいか。スイ、そろそろ帰るぞ」
「分かりました。あっ、主人、馬車はそっちじゃないですよ。こっちです」
スイは馬車の方向と真逆に歩いて行こうとする主人を慌てて止めた。
まあ、馬車を泊めたのは自分なので仕方ないことなのだが。
「まったく、馬車を泊めた私より先に行ってどうするんですか」
それでも、フリッツの少し抜けた行動に苦笑する。
戦闘ではものすごく頭が切れるのに、日常生活ではところどころで間の抜けたところがあるのは契約して1年弱たった今でも呆れてしまう。
「あはは、そうだった。」
そして、肩をすくめて笑う彼を見て自分も微笑んでしまうのである。
先ほどアコルの外壁の中に入った。
この調子でいけば、後20分ほどでギルドに着くことができるだろう。
陽は半分ぐらい落ちている。
夕日の赤に輝く街はまだまだ活気が失われることはない。
大通りは昼間とほとんど人数は変わっていなかった。
「そう言えば、主人」
馬車の後ろで暇を持て余していたスイが何かを思い出したようでフリッツに話しかけた。
「どうした?」
「行きの馬車でミルファーの街に会いたい人がいるって言ってましたけど、どんな方なんですか」
それって言わなかったっけ、と言いかけたが、すぐに竜が馬車を襲い言いそびれたことを思い出した。
ああー、そういえば言ってなかったな、と呟いてから。
「あそこにはな、俺がお世話になった学校があるんだ」
と感慨深そうに言った。
意外な回答にスイは少し驚いて、自分の主人はあまり学校でのことを話さないことを思い出した。
毎回その話題に触れると、はぐらかされるのだ。
「その学校にその会いたい人がいるんですか」
まあ、学校に着いたら何かわかるだろうと自分で納得させて、今の一番の質問であることを再び聞く。
「ああ、その時の俺の担任で、俺の体術や銃技の師匠がいるんだ」
スイは先生がいるんじゃないかなあ、とは想像していたのであまり驚かなかったが、後半の体術と銃技の先生がいるというのに驚いた。
もっとそのことについて聞こうと思ったのだが、フリッツはそれ以上何も話そうとはしなかった。